第84話

みわ「あたし、負けた。」

僕 「負けた?」

みわ「うん、きっと、田中先生に、負けた。」



僕は即座に言った。



僕 「違うよ」

みわ「じゃ、何?」

僕 「みわちゃんは、自分に負けたんだよ。

   自分の欲とかにね。」



かなり冷たい一言だった。


しかし、これだけ自分のことばかりで加熱するみわちゃんには

それくらいの冷たい対応をしないと、

みわちゃんは永遠にダメになってしまう。

自分事しか目の行かない人になってしまう。

そう思った僕は、あえて冷たく、そう言った。


それに対し、みわちゃんは、何も答えなかった。

それはそうだろう。

だってみわちゃんはまだ、わかっていないのだから。


でも、わかっていなくても、言わなければならないことはある。

それに、きょう役に立たなくても、

あす、あさって、いや、1年後、5年後、10年後に

ようやく役に立つようなことを言ってあげないと、人間は必ずダメになる。


人生は学校のドリルとは違い、

今日勉強したから、明日100点がとれるなどという

即効性のあるものばかりではない。

むしろ即効性のないものがほとんどだ。


でも、今の世の中、とりわけ、みわちゃんのような人は

即効性、つまり、自分の欲をすぐに確実に満たしてくれるものばかり捜す。

だからうまくいかないのだ、と僕は思う。


僕のこの一言が、いつかみわちゃんの役に立ってくれるように。

僕はそう願い、

みわちゃんと、みわちゃんの両親が乗ったタクシーを見送った。



タクシーの近く、そして僕の家の周りには、

私服の警察関係者と思われる視線の鋭い男が何人もいた。


タクシーがいなくなると、その男たちもそそくさと去った。

 











翌日。


新聞各紙は

「山河不動産社長 きょう事情聴取」

「強制捜査へ」

の見出しを打った。


昼過ぎには、ニュース速報で

「山河不動産本社などを家宅捜索 粉飾決算の疑いで」

という一報が流れた。


そして夕方には

「山河不動産社長など逮捕 粉飾決算の疑いで」

というニュース速報も流れた。



坂の上テレビの受付には、みわちゃんの姿はなかった。

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