第75話

早稲田の法律の授業で習ったが、確かに、妻や子への相続とは別に

「遺贈」と言って、第三者に財産を無償で与えることができる制度がある。

おそらく、佳子さんの話は、この遺贈のことを言っているのだろう。


しかし、それにしても。僕が坂の上テレビの社長の息子?財産?

亡くなった父や母は、実は他人?

僕は想像を絶する話が続いていて、もう倒れそうだった。


でも、佳子さんがあまりにも淡々と話すので、

僕はなんとかついていくことにした。


また、あまりにも話が大きすぎて、

僕が消化しきれていなかったから、かえってついていけた、というのもあった。



僕 「でも、なんで佳子さんがこんなに詳しく知ってるの?」

佳子「みわちゃんに教えてもらったの」

僕 「みわちゃんに?」 

佳子「そう。みわちゃん、受付をやってて、

   役員室とか、秘書室とかよく行っているから、

   そこで流れていた噂をつかんでいたのね。

   それで、言い方は悪いけど、

   ワンコちゃんだったら、財産も将来もらえそうだし、

   悪い人でもなさそうだから、ターゲットに絞った、というわけ。

   ターゲットって言うと、ちょっと変だけど。ごめんね、言い方が悪くて」



ターゲットに絞った。

僕は、みわちゃんが急に遠くなってしまったような気がした。



佳子「もちろん、みわちゃんだって、

   最初は悪気があってそんなことをしたんじゃないと思うよ」

僕 「そうなの?」

佳子「うん、だって、もう二度と結婚で失敗したくないから、

   財産的にも、性格的にも間違いのない人にしたいって言うのは、

   女だったら、やっぱり考えるのよね。

   まして、みわちゃんの家は不動産屋さんだから、土地の値段によって

   不安定になることがあるわけでしょ。

   そしたら、財産のない人よりある人の方がいいじゃない」



そういうもんなのか。



佳子「でもね、みわちゃんはワンコちゃんと付き合い始めてしばらくしたら、

   ちょっおかしくなって、

   財産の話ばかり、あたしにしてくるようになったのよね」

僕 「え、なんで」

佳子「あたしに調べてほしかったんでしょ。

   もらえる財産規模がどれくらいとか」

僕 「でも、佳子さん、そんなことできるの?」

佳子「簡単よ。だって大観光は、

   坂の上テレビのスポンサーをかなりやってるから、

   いつもうちは坂の上テレビの役員さんと交流があってね。

   みわちゃんも、あたしの家が大観光だって誰かに聞いたみたいで知ってて、

   それで何か情報がないかって聞いてくるようになったの」



みわちゃん、佳子さんにそんなことしてたんだ。



僕 「で、佳子さんはどうしたの?」

佳子「もちろん、答えなかったわ」



佳子さんは、珍しく視線を鋭くした。



佳子「あたし、誰かの力を借りるのは反対じゃないけど、

   その前に、まずワンコちゃんに、自分がどういうつもりでいるのかとか、

   つまびらかにすべきじゃないかって、思うの」

  「それに、ワンコちゃんが坂の上の社長の息子だってこと、  

   自分は知っているのに、ワンコちゃんには知らせずにいるわけでしょ。

   もちろん、こんな重い話を簡単には説明できないから、

   説明しなかったっていうことなのかもしれないけどね」   

  「でもね、核心部分がズレたままの男女は、絶対そのうち大きくズレて、

   決定的にうまくいかなくなるわ。

   みわちゃんは、それをズラしたまま、過ごそうとしていたから、

   あたし、だんだん許せなくなってきたの。

   それに、大事な人に、核心をきちんと打ち明けられないって、

   あたし、間違っていると思うの!」



佳子さんの口調は、熱を帯びた。

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