第62話

みわちゃんの顔はみるみる赤くなり、夜叉のような表情になった。

そして、みわちゃんはクッションを、思い切り床に叩きつけた。

クッションの中の白い羽毛が飛び出してきて、華やかに乾いた空気の部屋に散る。


僕 「ええ、どうしたの?」

みわ「ゆうべ、LINEくれなかったでしょ!」



僕はそこで初めて「しまった」と思った。

毎朝毎晩「おはよう・おやすみなさいLINE」を、

僕たちは欠かさず交換してきた。

同じ家の中で、隣にいるときも送りあっていた。


しかし、今朝僕が気付いたように、

ゆうべから、みわちゃんにはまったくLINEを送っていない。

これは、付き合い始めてから、初めてのことだった。


みわ「なんで送ってくれなかったのよ!すごい心配したのよ!」

僕 「いや、ごめん。本当にごめん。」


僕は必死で謝った。


実は、今までも、LINEを忘れそうになったことはあったが、

エレベーターに乗ったときとか、

隙間隙間の時間でスマホを見てばかりだったので、

スマホを見て思い出す、ということで危機は救われてきた。


ところが今回の箱根では、ロマンスカーで佳子さんに会って以来、

実はまったくスマホを見ていない。佳子さんの方ばかり見ていた。

帰りの電車の中では落胆して、スマホを見る気力がなかった。


それに、なんだか腑抜けてしまって、眠かった。

こんなに長い時間スマホを見なかったのは、

6年前にスマホを買ってから初めてだ。


みわ「すごい心配して、いっぱい送ったのに!」

僕 「いや、ほんとごめん」


僕があわててポケットの中からスマホを取り出し見ると、

画面は通知の嵐だった。

LINEの通知が30件、電話の着信通知が5件あった。


僕 「あの、電話もしてくれたんだ」

みわ「そうよ!メールもいっぱい送ったんだからね」


見ると、みわちゃんからのメールは10通来ていた。


僕 「いや、いや、ほんとごめんなさい」


僕は誠心誠意謝った。しかし、みわちゃんは許してくれなかった。


みわ「だって、約束したでしょ。

   おはようLINEとおやすみLINEは必ず送るって!

   約束破る人、キライ!」


みわちゃんは、僕が今まで見たことなかったような、怒り方をしていた。

僕はさらに謝った。


僕 「本当にごめんなさい。僕が悪かったです」


スマホを見るヒマがなかった、というのは言い訳になるし、

実際にはヒマはあったので、それを言うのはやめた。


僕 「みわちゃんを心配させて、本当に悪かったです」

みわ「本当にそう思ってるの?」

僕 「うん。思ってる」


僕は本当にみわちゃんを心配させて申し訳ないと思っていた。


みわちゃんは、小学生のときはポケベル、中学生のときはPHS、

高校生・大学生のときは携帯、社会人になってからはスマホと、

物心ついた時から、

誰かと個別につながった道具に浸かって生きてきた。


特にみわちゃんは、こういう道具が大好き、というか

ないと生きていけないと思っているようで、

主要な人から連絡がないと、耐えられない、ということは前から知っていた。


だから僕も連絡は絶やさないようにやってきたけど、

それは結構負担のかかる話で、

たとえば同じ家の同じ部屋で、コタツに一緒に入っているのに

なんでLINEを送らせようとするのか、など疑問に思うところはあった。


ただ、そんなみわちゃん相手に

連絡を1日以上絶やしてしまった僕は、確かに悪い。


僕はなおも謝った。


僕 「いや、ほんとにごめんなさい。申し訳ないです」

みわ「じゃ、なんで連絡くれなかったの?」

  「変でしょ」

  「変態!」


そう言われて、僕は少しひっかかった。

いや、確かに1日以上連絡を絶やした僕は悪い。


でも、「変態」とまで言われる筋合いはあるのか。

僕はちょっといらっとした。

そこで、みわちゃんに対抗するために、あえて嘘を混ぜた。

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