第百二話【びっくり、指揮官です】
「み! 見ろ! 敵が……敵が全員地面に倒れているぞ!」
「お……おおお!」
デュクスブルクの城主(名目)がおっかなびっくりと、胸壁の隙間から眼下を見下ろす。
絶対的な指揮官不足から、前線で指揮を執らざるを得なくなった城主(金で手に入れた)だった。
適当に部下に任せておけば良いと、執務室でふんぞり返っていたのは先ほどまで、城門が突破されそうという、冗談のような知らせに、いやいや確認しに来てみれば、リストラに次ぐリストラでまともな前線指揮官が払底。
現場の兵士に懇願されるような形で城主(たぶん)が指揮を執る事になったのだ。
だが、所詮小ずるい策謀のみで成り上がった小者だ。前線指揮など執れるわけも無く……。
意味不明の命令が飛び交い、それまで現場裁量の一点でギリギリ防衛を果たしていた防衛隊は、あっと言う間に瓦解寸前に陥った。
それでも元は砦である。立派な城壁があり、最低限の兵士がいるのだ。
なんとかかんとか、市内への侵入だけは、防いでいた。
城主(無能)は建城した職人とネーベル王国の国王に感謝するべきだろう。
城主(アホ)は正面門の防衛に人を集めては、左右の城壁をよじ登ってくる敵兵の防御が足りないと、集めた兵士を分散するように命じ、また正面門が危なくなれば、左右から兵をかき集めようとするのだ。
兵士曰く「やってられない」
そもそもプライドだけが高く、実力の無い兵士達にも問題があった。
誰も彼もが、自分が正しいと、命令違反のオンパレードだったのだ(結果的に、このおかげで、わずかばかりの時間稼ぎが出来ていた)
そして、いよいよ、城壁が突破されるという寸前だった。
突如敵の攻勢が緩み、その直後、大地に巨大な魔方陣が走ったのだ。
それだけでも現実離れした光景だというのに、その魔方陣から大量の輝く蔓が湧き出して敵の兵士を残らず地面に捕らえてしまったのだ。
全員ぽかーん。である。
数少ない実戦経験のある、部隊指揮官(普通の能力)が叫んだ。
「こ! この期を逃すな! 全員討ち取れぇ!」
「え? あ……う、うおおおおおお!!」
「「「「「うおおおおおおお!!!!」」」」」
勝ち鬨もどきを叫びながら、手際悪く城門を開けると、兵力をかき集めて隊列させる。……手間取っていたが。
本来戦場では致命的な行動の遅さと、無様な隊列でもって、ようやく城門を出ると、そこにズラリと冒険者たちが並んでいた。
最前列には赤い髪のメイドと、恐ろしく強そうな虎獣人。機敏そうな猫獣人。それとなぜかエルフの騎士というレア者が王国風の敬礼姿勢で直立不動していた。
そしてその背後に、数百人規模の冒険者だ。
新門から加勢してくれた冒険者がいたという情報は、部隊指揮官(まぁ無能では無い)も聞いていたが、それにしても数が多すぎるように感じた。
実はイソボン農場を守っていた冒険者が合流したのだが、その辺の事情はわかっていない。
理由は不明だが、味方だと思っていた奴らが目の前に対峙している。
困惑していると、がははと笑いながら城主(目立ちたがり)がやって来た。安全だと思ったのだろう。
(くそっ! 城内で待ってろと言ったのに!)
内心で悪態をつく部隊指揮官(代理前線指揮官をやっていた)。
「ぬ? おい部隊指揮官(名無し)。なぜ止まる? 早く野盗どもを皆殺しにするのだ!」
「いえ、城主(名無し)。それが見ての通りで」
まぁ見てもわからんだろうがな。とは続けなかった。
「あれはなんじゃ?」
「たぶん、実験農場の護衛に雇われている冒険者だと思うのですが」
「それがなんでこんな所に集まっている?」
「さあ?」
夫婦(?)漫才を演じていると、赤いメイドが、すうと大きく息を吸った。
「 聞 け え え い ! ! 」
天地を切り裂くような咆哮が、全軍を振るわせた。
気の弱い新兵など、その場にへたり込んだほどだ。
赤いメイド、レッドは風の魔法を使って声を増幅させているのだが、兵士達にはわからない。
「野盗を殺す事まかりならん! 無傷で捕らえよ! それが出来ぬ場合、我らに敵対するものと見なす!!!」
再度女の声が響き渡った。
「なに?」
「あいつは……あの七面倒な女魔導
「城主(ゴミ)、知っているのですか?」
「例の実験農場を指揮している女の子飼いだ」
「おお! あの立派な集合住宅を建築してくださった!」
もちろんこの街に住んでいて、ミレーヌ一行の事を知らぬ者など存在しない。
ただ部隊指揮官(軍事全般代行)は日々の激務であまり詳しい事を知らないのだ。裕福でない一部の親族が住宅をもらったというので、視察がてら一度足を運んだ事がある程度だ。
もちろん、外からは何度も見ている。
敵は拘束されていて、危険性は無い。
しかもこの街の恩人の頼みだ。断る理由は無い。
部隊指揮官(この戦争で経験値+3)は了承を告げようとした。
「断る!!!!」
……は?
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