第九章

第九十五話【びっくり、野盗団です】


「報告でござる」


 野盗襲撃から1週間。偵察に出ていたシノブが戻って来たわ。

 ちょうど夕食時だったので、全員を集めて報告をしてもらったわ。

 そして、全てを聞き終わって、私たちはため息を吐くしかなかったの。


「困ったわね……」

「厄介だな」

「どうすればいいんでしょう?」


 レイムさん、それ私が知りたいわ。


「とりあえず、シュトラウスさんに連絡ね」

「じゃあ俺が行ってくるよ」

「レッドが?」

「伝言くらいできるよ」


 どことなく不満げに唇を尖らしたわ。


「ごめんね、そういう意味じゃ無かったの」

「レッド。ミレーヌ様はシュトラウス様の家で、酒精を頂いてこないかを心配しています」

「う」


 う。って……。


「レッド……」

「だ! 大丈夫だって! 行ってきまーす!」


 私の返事を待たずにレッドは飛び出してしまったわ。

 もちろん今からでも私が一声かければ、レッドは止まるんだけれど、彼女の自主性を尊重したいわ。


「それにしても困ったわねぇ」

「シュトラウスに連絡せず、知らない顔をしておく手もあったんだがな」

「そういう訳にはいかないわよ」

「わかってる。しかし厄介だな」

「ええ……。まさか、野盗が滅んだ小国の遺児だったなんてね」


 そう、数十年前に、帝国に滅ぼされた小国の王子が生き残っていて、盗賊の頭領になっているなんてね。


「さて、それじゃあどうやったら、国際問題にならないようにするか、全員の意見を聞かせてくれ」


 ◆


「若、再出撃の準備が整いました」

「バッハフント。俺はもうすぐ50歳だぞ? いつまで若と呼ばれなければならないんだ」

「これは失敬。頭領」

「ふん」


 いつものやり取りを終えると、若と呼ばれた男が立ち上がる。

 薄暗い廃砦の中、ぎらぎらとした目つきの男たちも一斉に立ち上がる。


 この内の1割が若……ウンゲドゥル・ネーベルがネーベル王国の王子だった頃の兵士であり、残りのうち7割が元ネーベル王国の国民だ。


 長年放置された山頂の廃砦から出てきた野党たちが見つめるのは、元ネーベル王国。

 つまり、現在のデュクスブルクであった。


 前回は運悪く、腕の良い魔導士貴族の滞在とかち合ってしまった。

 流石帝国だ。あれほどの魔導士をいまだ隠し持っていたとは。

 飛び出して来た赤いメイドも相当な力量と見た。

 恐らく帝国最高の魔導士……つまり皇帝の親族がたまたまいたのであろう。

 空を飛ぶ魔法……たしか皇帝が使ったという逸話を聞いた事があった。

 なぜ皇帝の親族がこんな地方の都市にいるのかはわからないが、前回の襲撃から1週間経ったのだ。とっくに避難しているだろう。

 これが男の親族であれば、残っている可能性もあっただろうが、有能な女魔導士を鉄火場に残すなどあり得ない。

 だから再襲撃を決めたのだが、ウンゲドゥルには一つ気がかりがあった。


 デュクスブルクに潜入させていた部下も、街を外から見晴らせていた部下も戻ってこないことだ。

 先の襲撃で、徹底的な調査がされたのだろうとは思うが、それにしても一人も戻ってこないというのは気になるところだ。


 だが、これ以上引き延ばせない事情もあった。

 ネーベル王国再興をうたって早20年。

 生き残った兵士達をかき集め、デュクスブルクに残されたネーベル王国民を探しては慎重に声を掛け、仲間にしていったのだ。


 そして帝国とガルドラゴン王国との停戦から1年。

 大幅な軍縮によって、デュクスブルクの常駐軍は激減した。


 今彼らの士気は最高潮なのだ。

 ネーベル王国を取り戻せ! と。

 実際、前回の襲撃失敗があったにも関わらず士気はほとんど落ちていなかった。

 元々前回の襲撃は、不足していた食糧を調達しようという程度の話だったので、失敗したところで、そこまでショックでもない。


 その後、偶然食糧を運んでいたキャラバンとかち合ったという幸運があり、むしろ波が来ていると皆は思い込んでいた。


 もしこのタイミングを逃したら、この野盗団はバラバラになるだろう。

 だから、今攻めるしかないのだ。


 ウンゲドゥルは2足トカゲに飛び乗ると、剣を翳した。


「行くぞ! 目標はデュクスブルク! ……いや! 新生ネーベル王国だ!!」

「「「うををををををを!!!」」」


 ネーベル野盗団は地煙を上げて、進軍を始めたのだ。


 ◆


「……どうだ? 前回の魔導士やメイドはいるか?」

「ここからでは見えませんね」

「やはり避難しているか」


 もし、戦果を上げたいのであれば、あんな少数のゴミの様な正規軍を巡回させるだけと言うことはあるまい。

 ウンゲドゥルはそう判断した。


「雇われの冒険者どもが、少し離れた農場に集められているようですな」

「それが奴らの切り札か? 人数はどのくらいだ?」

「それが200人はいるという話です」

「多いな……。冒険者による背後からの挟撃。それが狙いだろう」

「おそらく」

「だが、農場は襲撃予定地点の逆側だ。冒険者どもが合流する前に城に入ってしまえばこちらの勝ちよ」

「その通りです。若」

「若はやめろ」


 ウンゲドゥルは苦笑して、地図を確認する。


「……背後の警戒に兵は裂けん。最小限の監視員のみ残し、残りは全軍、北門を攻める」

「新しく出来た西門を攻めるのでは?」

「ダメだ。未知数過ぎる。まったく……、ようやく城壁が崩れたと思ったのに、まさか1ヶ月もしないで修復されるとはな」

「すぐ外に実験農場が出来ていましたからね。恐らく皇族が陣頭指揮する農業改革でも行っていたのでしょう」

「ああ、信じられんが、実験農場は緑が広がっていたからな」

「大規模な井戸も掘られていたようです」

「……ふん。緑溢れるこのネーベル王国を滅ぼし、不毛の地に変えた帝国が、今更何をと言うほか無い」

「ええ。我らの鉄槌こそが正義だとみせつけてやりましょうぞ」

「うむ。それでは夜明けと共に襲撃を開始するぞ!」

「「「おお!!」」」

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