第九十二話【みんなで、撃退です】
逃げ遅れた少女に、野盗の一人が走り寄っていくわ。理由は明白。人質よ!
「不味い!」
「どどどどどうしましょう!?」
私はアタマが真っ白になって、ブルーにしがみついてしまったの。
「レッドに助けさせましょう!」
「それよ! レッド!」
「おう!」
私の位置からだと、声が聞こえるか怪しい距離だったのに、レッドはあっさりと返事をすると、頭領を投げ捨て、大地を切り裂く勢いで少女の元へと全力疾走したわ。
「なぁばばばばばばばばばば!?」
あと一歩で泣き叫ぶ少女を掴むところだった野盗が、赤い弾丸となったレッドの蹴りを受けて、何十メートルも横に転がっていったわ。
あれは手加減を最小限にしているわね。きっと全身の骨にヒビくらい入っていると思うわ。
うん。自業自得ね。
降伏してくれれば、治癒してあげるわよ?
「大丈夫か? お嬢ちゃん」
「うわわーん! お姉ちゃん怖かったよぉ!」
「もう大丈夫だ。しっかりしがみついてろよ」
「うん」
レッドは片手で少女を抱っこすると、右手で剣を構えたわ。
「退け! 全員撤退! 5隊に分ける! A3、B4、F1、F3、G2を使え! 急げ!」
てっきり気絶しているかと思った野盗の頭領が、2足トカゲにまたがって、撤退の指示を出したわ。
思ったより丈夫な頭領ね。
「しまった!」
レッドがそれに気付いて、少女を抱えたまま走り出そうとしたの。
「ミレーヌ! 深追いをやめさせろ!」
「わかったわ! レッド! その子の安全を最優先よ!」
「……くそっ!」
走りかけたレッドはすぐにその場に留まり、5隊に別れて走り去る野盗を睨み付けたわ。
「お姉ちゃん怖い……」
「あ……すまない。これでどうだ?」
レッドがにぃーっと笑顔を作ると、釣られて少女も笑い出したわ。
うん。メイドには笑顔が一番よ。
「もうグリーン。一人で飛び出したときはびっくりしたわ」
「ごめんなさい~。畑を荒らしそうだったので~、つい~」
「そうですよグリーン。貴女はメイドの中で最も戦闘が苦手なのですよ? ミレーヌ様のお命を守るとき以外に無理をする事はありません」
「それはそれで反応に困っちゃうわ、ブルー」
「最優先事項ですので」
「気をつけます~」
ティグレさんが頭を掻きながら「緑の姉ちゃんですらあの強さだったのかよ……」なんて呟いていたわ。
ティグレさんだってあのくらいは簡単に出来るでしょう?
「ミレ……お嬢様、こっちの保護したお嬢さんはどうしたらいい?」
「こんにちは、お嬢さん。お怪我は無ぁい?」
「ん……大丈夫。赤いお姉ちゃんが助けてくれたから……」
「そう。良かったわ。帰るお家はわかる?」
「うん。新しく出来た、綺麗なお部屋に住んでるの」
きっと増設しまくっている集合住宅のどこかね。
その時、門の方から全力疾走してくる男性がいたわ。
「ビルケぇーーーーー!!」
「お父さん!」
走り込んできたのは、服装からグリーン農場の雇われ農夫ね。
「おおおおおん! 良かった! 無事で良かった!」
「お父さんーー!」
一瞬、ブルーとレッドが農夫に攻撃態勢を取りかけていたけれど、私が止めると、大人しく見ていたわ。
「お前なんであんなところにいたんだ!?」
「だって……またあの美味しいお昼ご飯を分けてもらおうと思って……」
「たしかにここの飯は滅茶苦茶美味いが……家で留守番してろってあれほど!」
「でもっ!」
おかしいわね、今の炊き出しはオレンジやブルーが作っているわけじゃ無いのに。
「ミレーヌ。あの二人に直接指導された雇われ料理人たちな、驚くほど腕を上げてるからな」
「そうなの?」
「ああ、元々選抜の時点でそれなりの腕を持っている奴しか取ってないし、二人とも教え上手だからな」
そう言えばプラッツ君の村でも、みんな覚えが早かったわね。
「皆様の努力の結果です。私どもはちょっとお手伝いしただけですよ」
「謙遜だな。まぁ料理人たちの大半は、お前たちの作った料理に感動したんだろ。出回っている同じ食材でここまで味が変わるのかってな」
「料理は愛情です」
「ははは! 美味いは正義だな!」
希望者を集めて、お料理教室とかやっても良いかもしれないわね。
食材の無駄を省き、より美味しく食べられるようになれば、食生活が豊かになるものね。それに大豆を初めとした、まだこのデュクスブルクに馴染みの薄い食材の料理法を広めるチャンスでもあるわね。
「ねえビルケさんで良いのかな?」
「ん。そうです」
「ビルケさんは、料理を教えてくれるって言ったら、興味あるかな?」
「うん! あります!」
義務教育の無い帝国だから、きっとこの歳でいろんなお手伝いをしているはずだから、子供たちに料理を広めるのは手よね。
「ティグレさん、手配できますか?」
「場所の確保と食材の確保、それと告知なら問題無いが、教える中身には手が出せないぜ?」
「それはブルーとオレンジにやってもらうわ」
「なら問題ねぇよ。それより……」
最後は小声だったわ。
「ええ、わかっているわ。野盗の事よね」
「ああ。シノブに情報収集させた方が良い」
「すぐに向かってもらうわ。それにレッドに警備を強化してもらいましょう」
「それは良いんだが、一つ注意がある」
「何かしら?」
「俺たちが借りている土地、グリーン農場や、契約しているイソボン農場の防衛なら問題ねぇが、街の防衛には出すなよ」
「え?」
「オレンジ門も、実質は俺たちが管理している状況だが、あくまでこの街の所有物だ。下手をすると内政干渉になりかねん」
「あ、そうね。でも……」
「ああ。お前の事だ。誰も怪我人を出したくないって気持ちもわかるが、今は一国の女王だ。目の前で誰かが死んでも我慢しなきゃならん時もあるぞ」
「……」
助けられる人を助けない。
私にそんなことが出来るのかしら?
ブルーから料理教室の話を聞いて、無邪気に喜んでいる、ビルケさんの笑顔が眩しく輝いていたわ。
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