第八十五話【みんなで、活動を開始します】
「井戸を掘ってくれるのなら、この一帯の土地を自由にして良いと、許可をもらってきたぞ!」
シュトラウスさんが、羊皮紙を渡してくれたわ。
そこには、大きく崩れた市壁の周辺が指定されていたの。
「これって、もしかして、ついでに市壁を封鎖しろって事かしら?」
「そこはハッキリ言っていなかったが、期待されている可能性はあるな」
「どうする? 俺がもう一度行って、再交渉してくるか?」
ティグレさんが小声で耳打ちしてきたわ。
「いえ。折角ですから、こちらをお借りしましょう」
「そうか。それで、その場所は?」
「こっちだ!」
シュトラウスさんの案内で、複雑な造りの街を進んだわ。
やはり元が砦だけあって、凄く入り組んでいるわね。
石造りの立体的な砦の中には、ところどころに住み着いてる人がいたわ。
みんな薄汚れた石畳の上に座り込み、興味なさげに暗い目を私たちにゆっくりと向けてくるの。
服装もズタボロの貫頭衣が多かったわ。
これじゃあジャングルに住んでた、ティグレさんたちの毛皮服の方がよっぽど清潔で丈夫だったわ。
何よりこんな状態じゃあ芸術どころじゃないじゃない!
もう戦争が終わったんだから、平和に幸せに芸術を楽しむ権利が彼らにはあるはずよ!
「しっかし、こりゃあひでぇな」
「ほとんどの国では、首都周辺意外なこんな感じですよ」
寂しそうにエルフのリンファさんが表情を暗くしたわ。
「この一帯を好きにしていいそうだ」
路地を抜けた先は、大きく崩れた城壁の周辺で、辺り一面に布と棒だけのテントが乱立していたわ。
濁った瞳が一斉に大声を上げたシュトラウスさんに向いたの。
「こいつは……」
「ミレーヌ様、私の後ろに」
「うを! こいつらって同じ街の人間なのに助け合ったりしないのか?」
「プラッツ、神聖王国だって巨大になってからは、全員仲良しって訳じゃねーだろ」
「それもそうか。どうしてもまだ村だった頃の感覚が抜けきらないな。むしろティグレは良く順応してるよなぁ」
「ふん。ミレーヌに色々教わってるならきっちりと吸収しろ」
「う……」
ほんとティグレさん凄いわよね。
体感してない出来事って、なかなか理解出来ないのに。
「なんか、ティグレとミケが睨まれてないか?」
「どうも住人に対して偏見があるようですね」
「そのようね」
「庶民の反応などこのようなものだろうよ。聞けぃおのれら! この場所は今より我らが使用することになった! 即刻退去したまえ!」
「ちょっ!?」
シュトラウスさんの爆弾発言で、住人たちの視線が鋭い物に変わったわ。
「ティグレ様。最悪の場合、私はミレーヌ様を抱えて逃げます」
「おう。そんときゃ任せる。さすがにこの人数は洒落にならねぇよ」
おそらく500人を越える、難民のような住人に、入り組んだ街。そして私たちはその街の構造を全く知らないのだから、ここの戦闘能力が高くても、戦闘になってしまったら、どうなるかわからないわ。
「ティグレさん、今から言うことを皆に伝えてください」
「おう?」
私はティグレさんに、伝えたいことを教えると、わかったと、声を張り上げたわ。
「聞けいぃ! 今の宣言は間違いである! 我らは汝らを全員雇用するべく参上した! 仕事を希望する者はここに並べぃ! もし怪我人や病人がいるのであれば、今より診療所を開設する! そちらに並べぃ!」
ティグレさんの街中に響き渡るような怒声を聞いて、意味を理解すると、住人たちはきょとんと目を丸くしたわ。
「あ……あの、貴族様、人間様のお言葉と、獣人の言葉、どちらが正しいので……」
「私の発言を獣人風情と同じと取るか!?」
「……ブルー」
「はい! シュトラウス様、しばらくこちらへ」
「おっ! おいメイド! なにを!?」
「お茶をお煎れしますので、どうぞごゆるりと」
「いや! しかし」
「これ以上、ミレーヌ様の邪魔をするようであれば……」
「うをおおおお!? たっ! たかがメイド風情にこの私が気圧されるだとぉ!?」
「おうシュトラウス。言っておくが、その青髪のメイドは俺より強いからな」
「……なんだって?」
ティグレさんが肩をすくめて伝えると、シュトラウスさんは二度、ブルーの顔を見直したわ。
「……お茶を……もらおうか」
「はい。ではどうぞこちらへ」
そう言ってシュトラウスさんは連行されてしまったわ。
「さすが姉御にゃ」
姉御?
「大丈夫よ。その虎獣人さんは顔は怖いけど、本当は優しいし、言っている事も本当よ」
「顔が怖いは余計だ」
「おお……では本当に我らに仕事を?」
「はい。そうね、受付をする場所を提供してもらえるかしら。あと診療所を作るスペースも」
「ええ、ええ。そういう事でしたら……お前たち! その辺を空けろ!」
どうやらこの人はこの辺りのまとめ役のようね。
彼の指示で簡易コテージや、テントを設営できたわ。
みんなびっくりしてたけどどうしてかしら?
「何を言っているのかわからないと思うが……、気がついたら家が建っていたんだ」
家じゃ無いわよ?
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