第八十四話【みんなで、街に到着します】


「それにしても荒れた土地ね」

「ああ、このあたりには小国が乱立していてね。割と最近まで戦渦に巻き込まれていたのだよ」


 デュクスブルクに向かう途中、馬車と併走しながら器用にシュトラウスさんが説明してくれたわ。

 今は彼のまたがるゲヴェーンリヒに合わせた速度で進んでいるわ。

 本当は先行したいのだけれど、シュトラウスさんがまた無茶したら、ゲヴェーンリヒが可哀相ですものね。


「元々は穀倉地帯だったらしいが、今は見る影もないね。はっはっは!」

「笑い事じゃないですよ」


 広い平地が続いているのに、まるで作物がないと思ったら、主戦場だったのね。きっと。

 軍馬や軍靴に踏み荒らされ踏みしめられた大地は、人間たちに対して、二度と恵みを与えぬぞと怒りを持っているようにすら感じるわ。


「これは……想像以上に大変ね」

「ミレーヌ様~。大丈夫ですよ~」

「グリーン?」

「私が~、なんとかしますぅ~」

「そう。頼りにしているわ」


 うん。そうよね。

 戦争で荒れまくった土地で、なんとか農業を維持してきた経験を受け継いだグリーンがいるのですもの。安心だわ。


「見えてきたな、あれがデュクスブルクだ!」

「要塞……かしら?」

「元はね。今は虫食いだらけの地方都市ですがね」

「戦争が無ければ、城壁はいらないわ」

「入市税をとれないじゃないか」

「ああ、そうかもしれないわね」


 うちでは入国審査しかないから、忘れてたわ。

 そういえば、この街に来るまでにも、関所がいくつもあって、その度に通行税を取られたわね。

 物流が滞るだけだと思うのだけれど。


 デュクスブルクの城門に近づくと、それなりに商隊が並んでいたわ。

 混雑しているというよりも、対処している人間が少ないようだったわ。


「ふむ。少々待っていたまえ」


 私たちがその列につこうとしたら、さっと、シュトラウスさんが門番と話をつけて、先に入れてもらう事になったわ。


「良いのかしら?」

「私は貴族だからな。当然の事だろう?」

「私たちは違いますが……」

「貴族のツレなのだから、同じ扱いになるだろう! ああ、入市税は免除させたよ。はっはっは!」

「ちゃんと払いますけれど?」

「はっはっは!」


 うーん。

 どうしましょう。


「ミレーヌ。ここはあいつに乗っておいた方がいい。この状況だと、貴族を立てない方が変だ」

「そんなものかしら?」

「俺は都に何度も足を運んだからな、ある程度空気は読める」

「ならティグレさんに任せますわ」

「おう」


 街中に入ると、随分と寂れていたわ。

 建物の多くは崩れていたし、活気も無いわね。


「これはまた随分と」


 眉を顰めたのはエルフのリンファさんだったわ。


「まるで帝国と王国の国境近くの街のようだ」

「ここは主戦場からは離れているのでは?」

「フロイライン! この辺りは小国が乱立していたと言ったろう? 近年帝国が統治するまで、激戦区だったのだよ」

「ミレーヌ様。絶対に私の側を離れないようにしてください」

「そ、そうね」


 住民の目つきは、よそ者を見るそれだわ。

 うん。怖い!

 でも、そうなったのは戦争のせいよ。

 風の魔法で彼らの呟きを拾ってみましょう。


「おい、獣人だぞ?」

「あれは貴族一行か?」

「何しに来たんだ。帝国のいぬが」

「お前らのせいで俺たちはこんな生活を送ってるって言うのに」

「いっそ全員でボコるか?」

「あほう、よく見ろ。獣人の護衛に、エルフの騎士までいるんだぞ、返り討ちになっちまう」

「はっ! 護衛付きで物見遊山とはおきらくだな!」

「腹減ったよ父ちゃん……」

「大丈夫だ。明日には必ず何か喰わせてやる!」

「水が飲みたい……」

「くそっ! 帝国軍が井戸を占領してなけりゃ!」

「作物も育ちゃしないよ!」

「仕事を……仕事をくれ!」

「配給はそれだけだ! 邪魔をするならぶった切るぞ!」


 これは……酷いわね。

 恐らく配給所だと思われるテントに並ぶ、薄汚れた住人たちが、暗い目を私たちに向けていたわ。


「ミレーヌ。あれを見ろ」


 ティグレさんが指したのは、配給所に詰んである、小麦の袋ね。


「あれは、神聖王国の袋ね」

「ああ、帝国は大量に食料を買っているが、それでも末端となるとこんなものなんだな」

「皇帝陛下が他国に食糧支援を頼むわけだわ」


 ミレーヌ神聖王国としても、帝国と王国には、底値で穀物を売っているのだけれど、きっと輸送まで考えるとこれが現実なので。


「うん。決めたわ」

「なにをだ?」

「この大地を蘇らせましょう!」

「それが目的ではあるが、本当に可能なのか? ジャングルを開拓するのとは訳が違うぞ?」

「元々この地域は穀倉地帯だったのよね? きっと何とかなるわよ」

「実際、ここまで酷いとな……」

「とりあえず、住むところを何とかしないとね」

「それならば!」

「うわっ!」

「私の権限で、どこか使っていない屋敷でも供出させよう!」

「それはダメですよ。シュトラウスさん」

「なぜだね?」

「その……申し上げにくいのですが、帝国軍はあまり住民に好かれていないと思うのです。ここで強権を振るえば、敵意を強くするだけですわ」

「ならばどうするというのだ?」

「空いている土地を、普通に購入します」

「ふむ……たしかにあのコテージならば、それでも良いのかもしれんが……」

「もし、シュトラウスさんに頼めるのであれば、一つだけよろしいでしょうか?」

「うむ! なんでも言ってみたまえ! 一緒に旅した仲だろう!」


 シュトラウスさんが勝手についてきただけなんですけどね。

 今は力を借りてしまいましょう。


「はい。井戸を掘る許可を取って頂けたらと思います」

「井戸?」

「はい。井戸です」


 何はともあれ、まずは水の確保からですからね。

 グリーンもまったりと頷いていたわ。


 こうして……、聖女の奇蹟と呼ばれることになる、大事業が始まることになったのよ。


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