第六十七話【私、調印します】


 ミレーヌ城(いつの間にかこういう名前になってたわ!)から広場に向かって大きく開放された、展望台。

 眼下には、住民が視界いっぱいに集まっているわ。

 国民だけでなく、噂を聞きつけた行商人や、一部余裕のある帝国民と王国民も訪れているわ。

 流石にガルドラゴン王国からの旅行者は少ないみたいね。


 展望台に設置された、豪奢な調印台に、ルードウィヒ・グラウディン皇帝陛下とレオパルド・ガルドラゴン・ウォルポール国王陛下が並ぶわ。

 二人が並ぶと圧倒的存在感ね。


 ちなみにザックガード・ベルーア国王陛下は、特別見届け人として急遽会場の隅っこに立っているわ。

 私は調停人として、二人の後ろに控えているわ。


「この度! ただいまをもって! ベルガンガ帝国と! ガルドラゴン王国の! 歴史に残る停戦協定を結ぶ運びとなった!」

「永きにわたって争い合ってきたじゃが、聡明なるミレーヌ女王陛下の提案により、我ら不倶戴天の敵同士であったが、その壁を越え、新たなる友となるための歩みを、この場所で始められることに、無情の感謝を表明するのじゃ!」


 ちなみに、二人の声は、風の魔法で、拡大されて、首都中に響き渡っているわよ。


 私はゆっくりと二人の間に歩み寄って、3枚の羊皮紙を並べたわ。

 二人はその3枚に、それぞれ署名する。それを確認して、調停人欄に私も署名したわ。

 これで、正式に2国間は停戦した事になったわ。


 私はこほんと一つ咳払いして、宣言したわ。


「私、ミレーヌ・ソルシエは、ベルガンガ帝国とガルドラゴン王国の停戦を確認しました!」

「「「「わああああああ!!!」」」」


 途端に湧き上がる歓声。

 遠くから訪れていた、帝国民と王国民も、涙を流して喜んでいたわ。

 一部仏頂面の人もいたけれど、なかなか急に気持ちは切り替えられないわよね。

 恐らく何年もかけて、ゆっくりと解決していくしかないのでしょうね。


 その後、国を挙げての祭りとなり、ガルドラゴン国王陛下の提案で、この日は3国共に共通の休日とする事になったわ。

 もちろん、ベルーア国王陛下は……蚊帳の外よ。

 世界が大きく平和に近づいたわね。うんうん。


 ◆


 二日後、それぞれがこの国を旅立つことになったわ。


「それではミレーヌ陛下よ、色々と世話になったな」

「いえ。平和に貢献できたことは、何よりの喜びですから」

「まさかワシらが停戦とはのう」

「少し前までは考えも付かなかったな」

「王国との因習はなかなか消える物ではなかろうが、これを機に、国土回復に全力を尽くすとするか」

「なに、通商協定が結ばれるんじゃ、次第にわだかまりも消えようよ」


 つい最近まで戦争していた大国同士の会話とは思えないほど、穏やかな内容だわ。

 忙しかったけれど、その甲斐があったわ!


「しかし……」


 ガルドラゴン国王陛下がぽそりと漏らしたわ。


「魔女という噂はなんだったんじゃろうのう」

「ふむ……」


 魔女?


「いや、忘れておくれ。昔から変な噂があっただけじゃ。ミレーヌ陛下とお会いしたらそんな噂は噂に過ぎぬと理解したのじゃ」

「はあ」

「一応こちらでも調査はさせておこう。恐らく妬みの生んだ、根も葉もない噂であろう」

「そうじゃろうな。いや、失敬。ワシらはこれで失礼するよ」

「ああ、小規模とはいえ、軍を動かす手前、段取りには従わなくてはな」

「ええ。それでは旅の無事をお祈りしますわ」

「なに! 久々に良い旅行になった! 我が帝国にも美術館とやらを作るかな!」

「ほほほ、王国にも演芸場を作りますか!」

「それは素敵ですね」

「その時は、この国に負けぬ催し物を開いて、ミレーヌ陛下を招待しよう!」

「嬉しいですわ」

「それでは、さらばだ!」

「いずれまた会おうぞ」


 こうして両陛下は軍を引き連れ、自国へと帰っていったわ。

 怒濤の日々がようやく終わるわね。


「ミレーヌ女王陛下……」


 お見送りで手を振っていた私に、小さく話し掛けてきたのは……ベルーア国王陛下よ。

 忘れてたわ。


「この度は、友好条約の調印、ありがたく……」


 あんまり嬉しそうじゃないわよね。

 それにしてもどうして急に、こんな話になったのかしら?

 まぁ揉めなくて良かったけれど。

 (この時はまだシノブの報告を受けてなかったのよ)


「詳細は、ペストン宰相を置いていきますゆえ、よしなに。また双子の鏡という、国宝級の魔導具の貸出感謝する」

「いえいえ。友好の証だと思っていただけたら」

「それとは別件なのですが、ガラディーン辺境伯が、少々陛下に頼みがあるとの事、出来れば聞いてもらえんだろうか?」

「何かしら?」


 陛下に呼ばれた辺境伯が、私の前で膝を突いたわ。

 先の戦争で、かなりの実力を見せた魔導士よ。

 ……もっとも昔の基準でいったら、魔術士レベルだけれど。下手をしたら魔法士ね。

 本当に魔法文明は退化しちゃってるわ。


 ガラディーン辺境伯と定型挨拶を交わした後、本題に入ったわ。


「実は、こちらに魔法の学校があると聞き、我が娘を入学させていただけないかと」

「あら、娘さんがいるのね」

「ええ。息子もおりますが、すでに領地経営の一部を任せているため、領地を出る事ができませぬ。ですが娘はまだ婚姻先も決まらぬ身ゆえ」

「なるほどね。やる気があるのなら良いわよ?」

「……」


 え? どうしてそこで黙るの?


「その……娘の事は、少々甘やかして育ててしまって……その、出来ればこちらで厳しく躾けてもらえればと……」


 おーのー。

 それって、体の良い厄介払い?

 いえ、違うわよね。親心よね?


「魔術士としての才能はあると思います! ……それがより助長させているのかもしれません。ミレーヌ陛下の圧倒的な力を見せつけて、鼻っ柱をへし折っていただいて結構! どのような結果になってもかまいませぬ!」

「それは……」


 プライドの高そうなガラディーン辺境伯がこれほど頭を下げるんですもの。よほど困っているのね。


「わかりました。可能な限りやってみますわ」

「ありがたく存じます! ひと月以内にこちらに寄越しますので、よろしくお願いいたします」


 頭を深く下げるガラディーン辺境伯。

 これも一種の愛情よね?


 こうしてベルーア国王陛下たちも帰路についたわ。


 そして……、しばらくして、爆弾がやって来たの。


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