第六十話【私、平和を提案します】
「——以上が皇帝陛下よりの希望となります」
メンヒェルさんが並べた条件に、私もティグレさんも目を丸くしたわ。
だって……。
「そりゃあ、実質俺たちと軍事同盟を組みたいって事か?」
「その様に取ってもらっても問題ありません」
話の内容を要約すると、お互いに国交を開く、商業ルートを開く、といった一般的な話だけで無く、この神聖王国が軍事的に責められたとき、帝国が援軍を出す代わりに、帝国が攻められた場合、兵を出して欲しいといった、突っ込んだ話もあったのよ!
「驚いたわね……」
「皇帝は本気でございます」
そりゃあ冗談でこんな事言えないわよね。
「……皇帝陛下の意向は確かに受け取りました」
「おお、では!」
「ですが、このミレーヌ神聖王国は、いかなる軍事同盟も望んでおりません。また、戦争中の国家と通常の国交を結ぶことはありません」
「戦争中の国家と?」
「はい。逆に言えば、戦争をしていない国家とであれば、喜んで国交を樹立したいと考えております」
「なるほど……」
メンヒェルさんは、難しい顔で考え込んでしまったわ。
するとティグレさんが腕を組んで続けたわ。
「ふん。実はな、つい数日前に、ガルドラゴン帝国の使節も来てな」
「はい。存じております」
やっぱり知ってるのね。教えたわけでも無いのに。
「そちらにも同じ条件を突きつけた。そん時にお互い大使館を設置する話で落ち着いた」
「大使館?」
ティグレさんは大使館の説明をして、さらに続けたわ。
「——というわけだ。もし帝国にその気があるなら、お互い大使館の設置を提案する」
「わかりました。お受けいたします」
即答ね。
ガルドラゴン王国といい、ベルガンガ帝国といい、どちらも相当の権力を持たせた人物を送ってきたわねぇ。
本気度がうかがえるわ。
「帝国って、今はガルドラゴン王国以外とも戦争しているのですか?」
「現在、西の……失礼。このミレーヌ神聖王国から見ると、大河を挟んだ東側の、小国家群を統一しましたので、現在は王国との小競り合いのみです」
びっくりだわ。聞いておいて何だけど、正直に答えてくれるとは思わなかったわ。
メンヒェルさんの横に座る、アレクセイ将軍も腕を組んだまま微動だにしないし、これはよほど信用されてるのかしら?
「そうですか……もし、帝国と王国の戦争を辞めるのであれば、国交は大歓迎なんですけどね……」
まぁ百年も戦争を続けているのなら、簡単には終わらせられないでしょうけど。
「なるほど。つまり、戦争を止められれば、交流をしていただけると」
え?
「この場合、停戦協定などでも、問題ありませんでしょうか?」
「え……ええ。内容にもよりますけれど……」
え? どういうこと?
「わかりました。すぐにアレクセイ将軍に説得に向かってもらいましょう」
「え? それって……」
「はい。停戦に向けた説得を、皇帝陛下に進言いたします」
え?
それってとんでもない話になってない?
◆
その後、大使館建設の話などを進めたわ。
基本はガルドラゴン王国と同じ様な話になったわ。
大まかな方針が決まり、話合いが終わった時だったわ。
「アレクセイ将軍。今夜中に皇帝陛下に宛てた書面を作成しますので、明日の朝には出て欲しいのですが」
「心得た」
「これは、国家百年の計に直結いたします。必ず陛下を説き伏せてください」
「最大限の努力を約束する」
「ありがとうございます」
これを、わざわざ私たちがまだ部屋にいる状態で言い放ったのよ。
どう考えてもこちらに聞かせているわね。
「それではミレーヌ女王陛下。これにて退出させていただきます」
「はい。お疲れ様でした」
そう残して二人と連れの文官たちは出て行ったわ。
「ありゃあ、相当気合い入ってるぞ」
「ええ。こちらに聞かせたのも、決意のほどを表しているわね」
「不退転の決意を感じるぜ」
「上手く行くかしら?」
「そればっかりはな……。まぁどっちに転んでも良いように準備はしとくぜ」
「……ティグレさん。あなた本当に頼もしいわよね」
「惚れたか?」
「それさえ無ければ……」
「おおう」
ごめんなさいね。偏見は無いのだけれど、もし結婚するならやっぱり人間が良いわ。
それからしばらくの間は、両国の使節団と交互に連日の話合いよ。
大筋は決まっても、細かい決め事は山のようにあるのだから……。疲れるわ……。
「ミレーヌ様、明日の美術館のオープニングセレモニーはいかがしますか?」
「もちろん出席するわよ。ああそうだ。せっかくですから、両国の使節代表も招待しましょうか」
「良いお考えかと。すぐに連絡いたします」
「お願いね」
こうして次の日、ガルドラゴン王国のスタイン・スタイナーさんと、ベルガンガ帝国のメンヒェル・バドゥードゥさんが初顔合わせする事になったわ。
控え室で穏やかに睨み合う二人。
……あ、これってまずかったかしら?
やらかしちゃった?
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