第五十九話【私、将軍を迎えます】


「ようミレーヌ、王国の使節団はどうだったよ」


 久々に現れたのは、虎獣人の武人なのに、内政にまで深く活躍するティグレさんよ。


「あら、今日は首都にいるのね」

「ちとベルーア王国との交渉が難航中でな」

「急ですね。今まで調子良かったわよね?」

「ああ。だがそれが逆にまずかった」

「どういう事?」

「手続きや移行期間に関しては、かなりの制限はつくが、ミレーヌ神聖王国への編入自体は順調だったろ」

「ええ。毎日山のように送られてくる報告だとそうなっているわね」

「それを知った、他の町や貴族なんかが、軽く移行出来ると勘違いしてな、今やベルーア王国の南側は、ウチの国への帰属ブームになってやがる」

「それまずいのじゃない?」

「ああ。もっともベルーア王国の国境内に、神聖王国の飛び地が乱立してる状況も充分まずいんだが。その辺の折衝に手間取ってる」

「飛び地……本当に厄介ね。でもベルの町は編入しておいて、他の町は嫌ですとも言えないし……」

「ああ。だが、飛び地が無くなる可能性もある」

「え? どういう事?」

「今、神聖王国への帰属を望んでいる全ての町や領主を受け入れることだ。南側のほぼ全域に渡ってる」

「……それ大事にならない?」


 ティグレさんは、ブルーの差し出した冷えたお茶を一息であおったわ。


「なるな。だが、もし実現したら、ベルーア王国の1/3近い領土がミレーヌ神聖王国の土地になる」

「現実的じゃ無いわね」

「だが、民衆の流れは来てる。ちなみにベルーア王国の首都に近い土地や、それより北側は静観してる」

「てっきりウチの国と隣接してるいくつかの領主や町なんかだけで収まると思ってたのに」

「ああ、その辺は同意だ。想像以上に離れた町まで手を上げてやがる。おかげで走り回ることになったぜ」

「お疲れ様でした」

「ま、今までも静かなる国盗りをやっていたわけだが、話がでかくなりすぎて、交渉は停滞中ってわけだ」

「それで戻ってこられたのね」

「おうよ。それにそろそろお前の顔も見たかったしな」

「……こんな時、なんて答えれば良いかわからないわ」

「真顔で言うなよ……」


 ティグレさんが、がっくりと肩を落としたわ。

 貴方のことはとても優秀だと思っているけれど、恋愛の対象にはならないわ。


「まっ、そんなわけで明日の帝国使節団との交渉には同席してやるよ」

「心強いわ」

「へっ。ま、今度はガルドラゴン王国の話を聞かせてくれ」

「わかったわ。まず——」


 それからガルドラゴン王国と、大使館をお互いに開くことや、エルフさんがいたことを話したわ。


「……話は大体わかった。だがな。話の9割がエルフの事じゃねーか」

「あら? そうだったかしら?」

「くそっ。亜人でもエルフならいいんかよ……」


 なぜか苦々しげに吐き捨てたわ。


「ティグレ様。熱湯などいかがですか?」

「……胃が煮えるわ」


 ブルー。

 メイドとしての気品を忘れずにね?


「ティグレ様。煮えた水銀もすぐにご用意できますが?」

「お前は俺をどうしたいんだ」

「ブルー……」

「冗談です」


 笑えないわ!


 ◆


「お初に御目に掛かる。ソルシエ女王陛下」

「ミレーヌで良いですよ、アレクセイ将軍」

「痛み入る。……そちらも久しぶりだな。赤きメイドよ」

「おう! また勝負するか!?」

「レッド……」

「もう少し若ければ、それも楽しかったであろうが、今日は使節の一人として参上つかまつった。機会があればいずれまた」

「そうかぁ……」


 帝国……ベルガンガ帝国からの使節団には、なんと前回戦争で指揮をしていた、アレクセイ将軍がいたわ。ちょっと驚いたわ。

 帝国の使節団も、12人ほどの規模でやって来たわ。

 偉丈夫のアレクセイ将軍の横にもう一人、いかにも文官と言った男性がいるわ。

 歳は30歳前後かしら。使節の代表の一人だとしたら、相当若いわね。


「お初にお目に掛ります。私は使節団の折衝役を任せれております、外交官のメンヒェル・バドゥードゥと申します。以後お見知りおきを」

「はい。よろしくお願いね。それにしても、随分とお若いようですが?」

「それは私から説明させてもらおう」


 切り出したのはアレクセイ将軍よ。


「メンヒェルは帝国の最難関官吏試験にトップクラスで合格したエリート中のエリート。今回の大役を任せられるのはこの者しかおらぬと、大抜擢され申した」

「若輩者ですが、精一杯頑張らせて頂きます」

「あら、帝国は世襲制じゃ無いのね?」

「役職にもよりますな。ですが基本的に帝国は実力主義。官吏試験は合格する事すら難しいものでしてな」

「凄いじゃ無い」

「恐れ入ります」

「帝国の誠意と思って頂けたら、ありがたい」

「ええ。有能な方を寄越して頂けて嬉しく思いますわ」


 普通、こういう場にこれだけ若い人を送るなんて、場合によっては相手を馬鹿にしていると取られるリスクがあるんですもの。それでもメンヒェルさんを送ってきたという事は、相当の切れ者ね。

 一体どんな話合いをしたいのかしらね?


「それでは、ルードウィヒ皇帝よりの要望をのべさせて頂きます」


 緊張するわ。

 さすがにまた戦争にはならないわよね?

 私は平穏な世界が大好きよ!


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