第五十七話【私、エルフ萌えです】


「しっ! 失礼いたしゅました! その! 突然の事で……!」

「大丈夫よ。普通に陣中見舞程度の訪問ですから、楽にしてください」

「は……はっ!」

「ははは。彼女はガルドラゴン王国でも唯一エルフで騎士になった人物でして、普段から己に厳しいのですが、責任感故かこのような場では、少々緊張しすぎてしまうたちでして。許してやって下さい」

「問題ありませんわ。それにしてもエルフが生き残っていたのですね」

「生き残って……?」

「ああ、いえ。伝承の中の出来事だと思っておりましたので」

「こちらの地方では、それほどエルフはいませんか。それも致し方ないかもしれませんね」

「と、言いますと?」

「二千年ほど前に起こったと言われる、大災厄で滅亡寸前まで数を減らしていたと聞いた事があります。もっともほとんどの生物は似たようなものですが」

「大災厄」

「ええ。それまであったと言われる、古代の魔法文明が滅んだきっかけとも言われていますが、何せ昔の話ですからね。詳細はほとんどわかりません。伝承にご興味がおありですか?」

「伝承……ええ、大変興味深いですね」

「なるほど……それでは本国から、その時代の資料を集めさせましょう」

「いいの?」

「これが友情の印になるのであれば、まったく問題ありませんよ。ただ写本に少し時間がかかるかもしれませんが」

「急ぎの話では無いので、そちらのご都合に合わせていただいて構いませんよ。楽しみです」

「わかりました。急使に持たせる書類に一筆書き加えておきましょう」

「ありがとうございます」


 やっぱり戦争以外の何かが起きた可能性が高いのね。

 文明が大きく後退していたから、ずっと気にはなっていたのだけれど。

 事情がわかるのであれば、やはり知っておきたいものね。


「そうだ、リンファにエルフの事を聞いてみてはいかがですか?」

「あら、良いのかしら」

「軍事関連に関しては機密もありますが、現状のエルフの暮らしを話す分には問題ありませんよ。リンファ、構いませんか?」

「は……はっ! 問題ありましぇん!」

「……少し落ち着きなさい」

「はっ! しっ失礼しました!」


 真面目ドジっ子なのかしら?


「大丈夫よ。それより、お話聞かせてくれるかしら?」

「はっ! 喜んで!」

「ここじゃなんだから、どこかでお茶でも飲みながらにしましょうか。スタインさん、リンファさんをお借りしても大丈夫かしら?」

「問題ありません」

「それじゃあ行きましょう。ブルー、どこか適当な場所を」

「それでは、王都を見下ろせる空中庭園でいかがですか?」

「良いわね。行きましょう」


 ブルーは離れて付いてきていた他のメイドに指示を出すと、案内するように前を歩き出したわ。

 いまだに私がこのお城の中で迷うなんて……言えないわ。


 私たちが向かったのは、王城に作られた、こぢんまりとした空中庭園よ。

 沢山の花が咲き乱れ、とても城の一角とは思えないわ。


「凄い……」

「気に入ってもらえたかしら」

「はい。とても」


 この場所は私もお気に入りだから、嬉しいわ。

 城からせり出した展望スペースに、木製のテーブルと椅子がセットされて、すぐにお茶が運ばれてきたわ。


「デザートは、葛粉とハチミツで作った新製品でございます」


 ブルーが恭しく並べたのは、乳白色のデザートよ。


「これは……随分美しいでしゅね……んんっ! ですね」

「今、名物の一つにしようと、色々試作しているうちの一つなのです。良ければ感想を聞かせてくれるかしら?」

「はっ!」


 金髪を後ろで束ねた、エルフのリンファさんが、スプーンでぷるんと乳白色の物体を掬ったわ。黄金色の蜂蜜がたらりとこぼれ落ちると、ほうとため息を吐いたの。

 わかるわ。見ただけで涼しげで美味しそうですものね。


「お……美味しい! 不思議な食感で……ああ、口の中で消えていってしまう……」

「気に入ってもらえたかしら?」

「はっ! 大変美味しゅうござります!」


 興奮のせいか、言葉遣いが変になってるわよ?


「良かったわ。じゃあお茶にしながら、少しお話しましょうか」

「よっ喜んでお相手させていただきます!」


 エルフさんというより、騎士として頑張っているようね。

 もう少し肩の力を抜いてもいいと思うの。


「私は田舎者で、あまりこの世界の事を知らないのよ。だからエルフさんはもうとっくにこの世界からいないと思っていたわ」

「そ、それはしかたないと思うのです。人より長寿の私たちでも、昔の事は正確には伝わっておりませんので」

「あら、そうなんだ」

「はい。ただ話によると、古の魔法文明時代に、大陸の東に逃れ隠れ住んでいたのは間違い無いようです。どうして隠れ住んでいたのかは不明なのですが」

「ふむふむ」


 それ、理由はちょっとわかるわ。

 戦争ばっかりしてたら、逃げ出したくもなるわよ。


「ここ数百年でエルフの数も増えてきまして、普通に人間や獣人とも交流を持っております」

「ということは、エルフの国とかあるのかしら?」

「正式に国というわけでは無いのでしゅが、……ごほん。無いのですが、東にある大きな森がエルフのテリトリーとして認識されています」

「なるほどねぇ。そうだ。話は変わるんだけど、エルフさんってやっぱり精霊魔法とか使えるの?」

「え? ええ。大災厄で失われかけたらしいですが、最近少しずつ使えるものも増えてきましたね」

「凄いわ! リンファさんも使えるの!?」

「わ……私は剣技が得意なもので……」

「そうなのね」


 残念だわ。


「私が使えるのは、せいぜい光の精霊に頼んで明かりを出すくらいですにょ」

「え!? 精霊魔法が使えるの!? ぜひ見てみたいわ!」


 大丈夫よ。噛んだことは気にしてないですからね!


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