第四十七話【私、決断します】


 新型の小型投石機は、攻城兵器としてではなく、対人兵器として新たに1から開発した兵器である。

 戦争の一般常識として、前線に槍ぶすまを敷くのが常識であり、槍隊同士がお互いに牽制しあって、敵の戦列に穴を空け、そこから騎馬隊が突入する。

 それが戦争のあり方であり、作法でもある。


 だが、今や帝国の脅威も増大し、ヌルいことを言っていられない。

 勝つための方策が必要だった。

 その方策の一つがこの小型投石機だ。


 握りこぶし大の石を、味方の槍兵を飛び越えて敵の槍兵の上へ、散弾としてまき散らす。

 攻城兵器と違い、最小限の性能しか持たせないことで投石機の小型化を実現させたのだ。

 逆転の発想である。


 しかもこの兵器にはあえて新兵を当て、開発時からずっと訓練させていた専門兵をつけている。

 剣はろくに振るえないが、こと投石機に関してはプロフェッショナルの専門兵だ。

 おかげで2分に1回は投射出来る計算だ。


 今回の戦場では、横に五台の投石機を二列。一列毎に交互に投射する事で、1分に1回の投射を浴びせかける。

 敵の防具はかなり良いので、殺すまではいかないかもしれないが、間違い無く負傷者を量産するであろう。


 オーコーゼ将軍は櫓車の上からニヤリと笑って投射の指示を出した。

 雨あられと降り注ぐ石によって、敵軍が崩れ去る姿を想像したのだ。


魔力壁マジック・バリアー!!!!」


 敵前衛中央から、わずかにそんな叫び声が聞こえた気がした。


 降り注ぐ石の雨。

 敵前衛にめり込む寸前、突如半球状の半透明な何かが敵前衛を覆ったのだ。

 その半透明な何かに石が弾かれて、虚しく地面に落ちていった。

 それは壁であった。

 魔力による障壁であった。


 半球状の障壁の中央に、身軽な格好をした少年と少女の二人が、とりあわけ屈強な獣人たちに守られて、片手を突き出していた。

 それは魔導士だった!


 ◆


「ミレーヌ。今回のいくさ、俺に全て任せてくれねぇか?」

「え? どういう事?」


 ベルーア王国の使者団が帰った後、緊急の会議の席で、ティグレさんが開口一番に言ったの。


「まず前提としてこれを知っておけ。ベルーア王国の正教はハマ教だ。世界最大の宗教でもある」

「ふんふん」

「比べてルーシェ教はかなり……弱い」


 最後言い淀んだのは、同席をお願いしたロドリゲス・エボナ神官長をチラリと見たからよ。

 でもロドリゲスさんは大きく頷いただけだったわ。


「そもそもルーシェ教の教えってのが平和と芸術らしい」

「ええ。私もそれを知ったときは驚いたわ」


 私を聖女なんて言っちゃう宗教ですものね。


「まぁ小国が乱立するこのご時世、民間には人気はあっても、国からしたら面倒な教義だ、正教にするわけにはいかない。ああだが別にハマ教が戦争好きって訳じゃないぜ?」

「わかってるわ」

「そんな訳で、ベルーア王国からすりゃ、ルーシェ教に気を遣って兵を出さないという選択肢は無い」

「そうなのね……」


 ちょっと残念だわ。


「さらにベルーア王国は小国にしてはかなりの兵力を保有している。それは対帝国の兵士だ」

「なんでそんな事知ってるの?」


 シノブは帝国方面に送っちゃったから、ベルーア王国の情報は通り一遍の情報しかないのに。


「ふん。宿場町ベルの冒険者ギルドの連中に金をばらまいて、集められるだけ情報を集めただけだ」

「いつの間に……」

「跳ね橋の建築が始まる前だな」

「そんな前から!?」

「下準備ってのは、そういうもんだ」


 あれ?

 もしかしてティグレさんてもの凄く優秀??


「細かいことはいい。とにかく動かせる兵力が常にあるって事だけ理解しろ」

「わかったわ」

「だが、それだけの兵力を常時保有するのは国庫に大変な負担をかけることになる」

「それはそうよね」

「だからベルーア王国はこの町の財力を知った今、どうやってでも手に入れるだろう。それこそ全軍を使ってもな」

「普通の税率だったら従ったのに……」

「甘いな。仮に最初はそうだったとしても、そんな態度じゃ日増しに無茶な要求が来るようになるぞ」

「……」


 そうなのかも知れないわね。


「中途半端に従って、国力が疲弊しきった後に戦争なんぞ、考えたくもねぇよ」

「……」

「だからやるなら今しかなかった。これに関しては内々でほとんどの元部族長。つまり長老会の同意を取り付けてあった」

「いつの間に……」


 ティグレさんの根回しに舌を巻くしか無いわ。


「ルーシェ教にも協力を求めたら、聖女認定なんてとんでもない隠し球を持ってきてくれたのはさすがに驚いたがな」

「それなんだけれど、あの場の誤魔化しじゃないの?」

「いいえ。間違い無く教皇ポープ筆頭に決まったことです」

「会ったことも無いのよ?」

「聖女様の事は私が良く伝えておりますゆえ」

「……その聖女様ってやめない?」

「失礼しました聖女ミレーヌ様」

「そうじゃないわよ!」

「……それではミレーヌ様で」

「お願いね」


 聖女とかどっから出てきたのよ……。忙しさにかまけてルーシェ教の事は触りしか聞いてないのよねぇ。

 生け贄推進の邪教とかで無ければ、どんな宗教でも特に活動を抑えるつもりは無かったから油断してたわね。


「ま、細かい話は今はいい。重要なのは戦争のやり方だ」

「あんまりやりたくないわね……」

「もはや避ける手立てはありえん。腹を決めろ」

「はあ……わかったわ」


 最悪なんとかヴォルヴォッドか、それに近い魔物を見つけて、レッドと同型の戦闘メイドを増やすしか無いのかしら?


「そこでミレーヌ。お前に選択肢を二つやる」

「どういう事?」

「1つは、楽に勝つ方法だ」

「そんなのあるの?」

「ある。だが、これは敵が死ぬ。死にまくる」

「……」


 戦争だからって、それはちょっと……。


「もう一つは、可能な限り敵を殺さずに追い返す方法だ」

「え? そんなこと可能なの?」

「俺が考えている事が可能ならな。検証してみねぇとわからんが……俺の勘では可能だとつげてる」

「あなた、勘に頼りすぎじゃ無い?」

「別に勘だけの話じゃねぇよ……ただ、その場合はミレーヌにはかなり頑張ってもらう事になるぜ?」

「反対です! ミレーヌ様を矢面に立たせるなど言語道断! 敵に流血させれば良いでは無いですか!」

「ブルー。気持ちはわかるけれど、私はそれを望まないわ」

「しかし……!」

「ありがとう。あなたのその気持ちがとても嬉しいわ」

「はい……」

「まっ! 待てよ!」


 今まで無言で聞いていたプラッツ君が叫んだわ。


「俺だって! 俺だってやってやるぞ!」

「ほう?」

「プラッツ君? あなたは無理しないで……」

「いや。お前にそれだけの根性があるんだな?」

「もっ! もちろんだ! 俺だって、お、男なんだぞ!」

「よく言った! ならばお前にも手伝ってもらおう!」

「私もお手伝いします!」

「もちろん私、ルーシェ教も全力でお手伝いいたします」

「レイムさん、ロドリゲスさん……」

「決まりだな。それじゃあいくつかの検証を終えたら、作戦を指示する。それまでは戦力の集結と総数の確認だ」

「わかりました」


 ブルーが頭を下げると、サファイアとアイオライトに素早く指示を出したわ。


「さて、どう料理してやるかね?」


 ティグレさんが獰猛な笑みで辺境地図を睨んだの。

 怖いわ!


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