第三十六話【私、終わります】


「どうだった!? ミレーヌ様! 俺の活躍は!」

「素晴らしかったわよ、レッド。お疲れ様」

「おう! どうって事無いぜ!」


 ひと月前に帝国進軍の情報を掴んでから、手に入れた魔核は全て魔石に変えたわ。

 レッドは他のメイド人形に比べると多数の攻撃魔法を持つけれど、メイド人形の宿命である魔力の少なさというウィークポイントを抱えているの。

 だから、前の時代では考えられないほど潤沢な魔石を持たせることでそれを解消したわ。

 前の時代で、魔核の価値が跳ね上がった理由の一つでもあるわね。戦争は極限まで国力を搾り取っていたわ。


 幸い今の時代は、魔核が比較的簡単に集まるので、思いきって全て魔石にしたわ。

 私の可愛いメイド人形が傷つくなんて考えたくも無いですからね。


 ブルーとレッドと一緒に、宿場町ベルに戻る途中、なぜか妙に肩を落とした虎種族のティグレさんと合流したわ。

 どうやら心配してすぐ背後で控えてくれていたみたいね。

 でも一人で突出なんて危ないわよ?


「……すげぇ戦いだったな」

「そうね」

「へへへ!」

「レッドであれば当然でしょう」


 ブルーはすました顔で言ったが、私にはわかるわ。ちょっと誇らしげな事を。


「まさか5000の兵を本当に一人で追い返すとはな。しかも死人一人だしちゃいねぇ」

「出てなければいいのだけれど」

「大丈夫だろ。俺の鼻は確かだ」

「匂いでわかるの?」

「ある程度はな。まぁおそらく死人は出てねぇよ」

「なら良かったわ」

「まぁ何にせよ、ミレーヌが無事で良かったぜ」

「ありがとう」


 鋼鉄の爪をがちゃりと鳴らして、腕を組み、かかかと笑うティグレさん。

 やっぱり虎種族は勇敢なのね。

 四人で宿場町ベルまで戻ると、町壁の上からみんなが手を振っていたわ。まだ大分遠い所から、彼らの大騒ぎしている声が聞こえていたわ。

 このひと月で急ピッチに進められた工事のおかげで、町壁はギリギリで完成していたわ。


 ……どう見ても砦クラスよね。

 これで魔導障壁を展開するための設備が揃ってれば完璧ね。


 町に入ると、すでに中はお祭り騒ぎになっていた。

 今まで足止めを食らっていた商人たちが、振る舞われている料理の数々に後ろ髪を引かれながら街道に出て行く姿にクスリとしてしまった。


「凄いわね、あちらこちらで無料の配給をしているじゃないの」

「どうやら籠城に備えて備蓄していた食品で、あまり日持ちしない部類を大盤振る舞いしているようですね」

「なるほどね。いくら戦争でも、全部が全部保存食というわけにも行かないものね」


 とくにベル町は、ミレーヌ町との交易で、野菜などの生鮮食品が豊富よ。

 一部ではあるけれど、技術提供した農法と種子によって、ベル町自体の生産能力も格段に上がっているわ。

 何より、この町にはがいるからね。

 噂をすればって奴ね。


 ベル町の一等地に建つ、巨大なレストランが、その軒先で炊き出しをしていた。


「お久しぶりね、ゴードンさん」

「女神様! 会うの、久しぶり、俺、嬉しい」

「あら、美味しそうね、少しもらえるかしら?」

「ああ、もちろん、俺、渡す」


 元戦士にして料理人に転職したゴードンさんだった。

 彼は製造メイドのオレンジやブルーに料理をならい、その腕力と、見掛けによらない繊細さで、メイドを抜かしたら町一番の料理人になっていた。

 それに目を付けたベル町のあるお金持ちが、ぜひ彼にレストランの料理長になって欲しいと頼んできたのだ。

 あまり人付き合いの得意ではないゴードンさんであったが、何度も熱心に頼みに来たオーナーの熱意に負けて、ベル町に移住することになったのだ。


 折角なので、レストランの設計はプレゼントという形で、オレンジに建築させたの。

 あ、もちろん費用はオーナー持ちよ?


 完成したのは巨大なレストラン。

 昔の時代にも存在しなかった、料理を楽しむ為だけの専用設備!

 三階建てにして、一階を大衆向け、二階を中流階級向け、三階を金持ち向けのスペースとした。

 二階を四室、三階を二室とする事で、料理の手がまわるように工夫も忘れない。


 シノブの報告では毎日大変賑わっているようね。

 さらにゴードンさんに学びたいという料理人が大量にやって来ているという。

 美味しい料理がベル町中に広がるのは時間の問題ね。


「うん。美味しいわぁ。もうオレンジにも負けないくらいの腕じゃ無い?」

「俺、まだまだ、オレンジさん、料理、凄い」

「そう、頑張ってね」

「俺、修行、する」


 彼の炊き出しはもちろん大人気だったから、私はそこでお暇することにしたわ。

 町中を見物しながら歩くと、どこから現れたのか、大道芸なんかが始まっていたわ!


「ブルー! 大変! あれ面白いわよ! 見ましょう!」

「はい!」


 ブルーが集まっていた住民に声を掛けると、私に気付いた彼らが笑顔で一番良い場所を譲ってくれた。

 嬉しいわ!

 今目の前で行われていた芸は、割れやすい酒瓶を、何個も同時に放り投げる技を披露していたわ!

 凄いわ! 大興奮よ!

 聞いたらジャグリングという、比較的メジャーな芸らしいわね。

 素晴らしいわ! 芸術は大事よ!

 私はミレーヌ銀貨を何枚か渡して、別の出し物を探したわ!


 すると奥から、聞き慣れない音が響いてきて、さらに怒声が続いたわ。


「何かしら?」

「何かのトラブルかと。近づかない方が良いと思いますが」

「大丈夫よ、レッドも一緒なんだから」

「そうだぜブルー。俺がいるんだから心配ねーって」

「まぁ……そうなのですが……」


 もう、相変わらず過保護ねー。

 私は渋るブルーを引き連れて、騒ぎの中心に移動した。

 すると、少し良い気味の冒険者がいた。

 ミレーヌ町で何度か見た記憶のある冒険者だった。


 彼は手に、改造したリュートのような弦楽器を手にして、それをジャカジャカとかき鳴らしていた。

 回りの見物人からは「うるせー!」とか「帰れ!」とか「引っ込め」とか「ただの雑音だ!」とかそんな言葉が飛び交っていた。

 でもね、私にはぴーんと来るものがあったわ。


「俺の弦を聞けぇぇぇえええええ!」


 酔いの勢いで激しく弦をかき鳴らす冒険者の目の前で、私は彼の演奏をじっくりと聴くことにしたわ!


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