第三十五話【私、決戦しません】


 私が最も警戒していた敵は魔導士、そして魔導師。さらに恐ろしいのは魔導騎士。

 この時代の魔導士のレベルが高くないのは間違えがなそうだけれど、それでもやはり脅威なのは変わりないわ。

 なにより恐ろしいのは魔導騎士。


 1度だけ魔導騎士同士の戦いを|(遠目に)見たことがあるけど、あれはもう人類の範疇を超えているわね。

 魔力盾マジック・シールドを何重にも重ね掛けしたまま、飛行フライで敵陣に突っ込んでいって、魔力矢マジック・アローを何百発もまき散らし、迎撃に上がって来た同じ魔導騎士と大剣を打ち合う……。


 本当に戦争はいろんなものを進化させたわ。

 それでも戦争はきらいだけれどね。


 そして、シノブの情報はそのどれもがいないという物だった。

 私はそれを聞いたとき目を丸くしたわ。


 正確には治癒魔法を使える神官が三名ほど同伴しているらしいけれど、やはりこの時代の神官は攻撃魔法すら使えないらしいから、まったく脅威になり得ないわ。


 そんなわけで、今街道の真ん中にいるのは三人。

 私とブルーとレッドよ。


 レッドは無駄に巨大な胸を揺らしながら敵が来るのを今か今かと待ち受けていた。

 ……レッドの参考にした魔導騎士が巨乳だったのよ……はぁ。


 レッド専用のアーマーメイド服を身に纏い、身の丈ほどもある巨大な片刃剣。それに巨大なシールド。

 普通の人間なら、それを持ち上げることも無理でしょう。

 さらに背中には12本の同型剣を羽根のように特別なバックパックに刺してあるわ。


 全てレッドの希望で紅く染め上げてあるわ。

 もちろん全部オレンジの特製よ。


 ミスリルが少しでも産出されていれば、1本あれば充分だったんだけどね。


 そしていよいよ地平の先に、5000近い大軍がその姿を表した。


「ミレーヌ様、冷えたお茶はいかがですか?」

「いただくわ」


 街道のまんなかに、テーブルと椅子。そしてパラソルを設置して、そこでのんびりと過ごす私と、その前方で仁王立ちするレッド。

 相手からはどう見えるのかしらね?


「……来ましたね」

「ええ」

「ミレーヌ様! いいよな!? ぶっ飛ばしていいんだよな!?」

「極力殺しちゃだめよ? メイドらしく優雅にね?」

「おう! 任せておけ!」


 レッドは砂煙を上げて、敵の軍勢に突っ込んでいったわ。

 優雅にね?


 ◆


 将軍アレクセイは目を疑った。

 本当に、赤い髪のメイドが一人で突っ込んできたのだ。


「っ! 防衛陣!」


 一応すぐに戦闘へ移れるようにしておいたおかげか、やたらめったら速いスピードで突っ込んでくるメイドと接敵するより前に辛うじて陣を構築した。

 前方に槍衾、二陣に弓兵。その背後にすぐ突撃出来るように騎馬とトカゲ騎。

 これまでどんな強敵も屠ってきた最強の布陣である。


 だが。


「飛んだぁ!?」

「馬鹿な!?」

「なんという跳躍力!?」


 馬鹿でかい盾、巨大な剣、さらにその同型を背中に何本も背負った鉄の塊のようなメイドが、槍衾の手前で跳躍。軽々と弓兵までをも飛び越えたのだ。

 それは人間の能力を軽く超えていた。


「にしし……操風マニピュレイトウィンド……旋風陣!!」


 メイドがくるりと舞った。それは剣舞だった。

 女を中心に暴風が吹き荒れ、弓兵が軒並み吹っ飛んだ。


「ぎゃあああ!」

「ぐはぁぁあ!?」


「くっ……弓兵は左右に引かせろ! 槍隊は槍を捨て転身抜刀! 騎兵は遊撃! トカゲ騎はフォロー!」

「は……はっ!」


 副官が即座に伝令を飛ばす。

 だが……。


「あははははははー! 魔力矢マジック・アロー!!」


 再び大空高く飛び上がったメイドはスカートを翻しながら伝説の魔術・・を唱えたのだ。

 24本の光の矢が、騎兵の馬にぶつかる。

 即死するような威力はないのか、いなないて暴れる馬たち。騎兵隊はあっと言う間に混乱の渦へと落ちた。


「……あれは立て直せん! あのメイドが着陸と同時にトカゲ騎で突っ込ませろ!」

「はっ!」


 メイドが着地したと同時に二足トカゲに騎乗した騎士たちが二列縦隊で突っ込んでいく。

 った!


「ばーか。操風マニピュレイトウィンド……旋風陣!!」


 再び暴風が巻き起こる。恐らく風の魔術を剣撃に乗せた大技だろう。

 だがそれは読めていた。転倒した騎士たちを踏みつける勢いで後陣が突っ込んでいく。

 いくらなんでも魔力が続くわけが無い!


 じゃらり。

 メイドがポケットから小さな宝石を大量に取り出した。


「ばーかばーか。今日は魔石の大盤振る舞いなんだよ! 魔力矢マジック・アロー!!」


 ませき?

 今あの小娘は魔石といったか?

 すでに製法が失われて久しい、あの! 魔石と!?


 メイドの手にした魔石が、力を使い果たし光の砂となって次から次へと消えていく。


「死ぬんじゃねぇぜ!? 造水クリエイトウォーター! 水弾ウォーターボール!!」


 メイドの正面に巨大な水球が生まれたと同時に、何十にも分かれてそれぞれが斬りかかろうとしていた騎士たちをなぎ倒した。

 将軍アレクセイは愛槍を握りしめ、一気に馬を走らせた。


「将軍!?」

「全員下がらせろ! 私が出る!」

「やめてください! 将軍!」

「このままでは総崩れだ! 下がらせろ!」

「くっ……了解しました!」


 伝令に走る副官を放置して、アレクセイは愛馬をメイドに向けた。


「お? もしかしてあんた大将か?」

「いかにも! 我はアレクセイ! この軍の大将なり! 一騎打ちを所望する!」

「へっ。いいじゃねぇか……おっと。うけたまわります。将軍」


 優雅に。

 メイドはスカートの裾を持ち上げて応えた。


「行くぞ!」

「こいやおらぁ!」


 激しい一騎打ちが……始まらなかった。

 メイドの一閃でアレクセイの槍は真っ二つになり、返す一閃でアレクセイは馬から吹き飛ばされた。

 勝負にすらなっていなかった。


「ぐっ……なぜ峰打ちをした!?」

「ミレーヌ様の命令なんだよ。できるだけ殺すなってな。良かったな」

「ぐぬぬ……っ!!」

「さて、どうする? 選択肢は……そうだな、三つだ。このまま戦闘を続けて全滅するか、引き返すか、ミレーヌ様と謁見するか。だな」

「私の首を取ればいいだろう!?」

「そんな野蛮な事はメイドはしないんだよ。……滅多にな?」


 赤髪のメイドが壮絶な笑みでアレクセイを見下ろした。


「将軍!」

「動くなっ! ……なにが、何が望みだ!? これほどの力を持って!」

「は? そんなん平和に決まってるだろ。何当たり前の事聞いてんだボケ」

「へっ平和だとぉ!?」

「そうだ。ミレーヌ様の望むのは平和と芸術! それのみ! そしてそれを守る為に俺の剣はある!」

「平和……芸術!?」

「そうだ!」


 しばしアレクセイは絶句した、そしてゆっくりと声を漏らした。


「ふふ……ふははは! なるほど! 合点がいった! そちらのは伊達でも酔狂でもなく、本当にそれを望んでいるのだな!」

「なんだ、今頃わかったのかよ。それでどうする?」

「……引こう! 我が軍は撤退する!」

「おー。それがいい。撤退の条件は二つだ」

「なんだ?」

「一つ、河向こうまで撤退すること、一つ、河向こうに常備軍を置かないこと。これが条件だ」

「……了解した! 我が皇帝にはしかと伝える!」

「おう! 頑張れよ!」


 アレクセイは落馬で痛む腰を押さえつつ立ち上がると、手を天空にかざした。


「全軍撤退!」

「……はっ! 全軍撤退!」

「「撤退! 撤退!」」


 次から次へと伝令が走り、5000の兵はゆっくりと後退していく。


「将軍も早くこちらへ!」

「いらん。あのメイドに追撃の意志はない!」

「し、しかし……」

「ふはははは! これは皇帝を口説くのに骨が折れそうだ! 赤きメイドよ! さらばだ!」


 そうして帝国の軍隊は撤退していった。


 その様子を遠くからうかがっていた人物がいた。

 虎獣人のティグレ・グオ・タイグーだった。


「俺の……俺の出番はどうしたーーーー!?!?」


 彼の雄々しい叫びが虚しく戦場跡へ響き渡った。


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