第三十四話【私、戦争しません】
ミレーヌ町からの使者は交渉が決裂したと判断すると、最後にこう締めくくった。
「それではどうやっても、この軍勢をひいてはくれませんか?」
「引けぬ。だが、そちらが降伏するのであれば、最大限配慮しよう」
「いえ、こうなってはもう争いを避けられないかと」
「そうか。なれば鋼鉄をもって踏みしだくのみよ」
「それなのですが……」
「なんだ?」
「ミレーヌ様よりの最終警告です。もし攻め込んでくるのであれば、お覚悟ください。……との事です」
「ふん。今まで下手に出ていたのに今度は脅しか。どこかの王国にでも応援を求めたか」
「いえ……お相手は
「……なんだと?」
将軍アレクセイは、自分の耳を疑った。聞き間違いだと思ったのだ。
「こちらの先陣は一人。そう聞いております」
使者は間違い無く一人と言った。
アレクセイは二の句も継げられずに、ただただ呆れるばかりであった。
「それでは私は失礼いたします」
そう残して使者は去って行った。
使者を切って捨てる。そんな思いすら湧かなかった。それほどに間抜けな言葉だと思い、そして思い直した。
一人というのは将軍のような指導者を指すのでは?
なるほど、そう考えると腑に落ちる。
大河を渡る前からこちらの進軍数をピタリと言い当てた手合いだ、よほど優秀な将か軍師がいるのだろう。
これは面白くなりそうだと、穏やかな内に眠る野獣がニヤリと微笑んだ。
街道を進軍して数日、情報ではベルという名の宿場町がもうすぐ見える頃だった。
ちょうど平野で開けた土地に出た。
相手が大軍で有れば、間違い無くここを戦場に選び、少数なら絶対に避ける。そういう見通しの良い地形だ。
もちろん斥候を何度も放って伏兵にも注意を払っていた。
だから寄せられる情報に絶句していた。
すでに商人とすれ違わなくなって2日。
準備万端で敵が待ち受けているだろうその地点に、たった三人の姿があっただけだという。
町に近づけば近づくほど街道が整備されているのがわかる。
大型の馬車が二台悠々とすれ違える幅を持つ石畳の街道など、小国群では見たことも無かった。
そしてその進軍する先、街道のど真ん中に、赤毛のメイドが仁王立ちしていた。
巨大な胸を見せつけるようにだ。
◆
「まいったわねー。結局全ての使者は空振りになっちゃったわね」
「こちらは限界まで譲歩いたしました。もう交渉する余地は無いと思われます」
「そうねー。仕方ないわ。プランWを発動するわ」
「了解しました」
ブルーが城外で事態を待っていた住民にプランWの発動を宣言すると、待ってましたと戦士たちが宿場町ベルへと進軍を始めたわ。
プランW……つまりWar。戦争の準備よ。
最初に一報を受けてから、住民には全てを通達した上で、どうするかを話合ったわ。
もちろん元々の村の代表などとだけれど。流石に10万近くに膨れあがった全員とは無理よ。
出た結論は満場一致で”私に一任する”だったわ。
……嬉しいやら悲しいやら。
最初の使者が帰ってきた時点で、みんなには戦争になる可能性を伝えたわ。
そうしたら、塞ぎ込むどころか、みんな嬉々として準備を始めちゃった。それどころか、冒険者の多くが参戦希望してくれたの。
最初は断っていたんだけれど、最終的にはミレーヌ町としてギルドに増援要請をすることで、実質傭兵部隊として集まることになったわ。
てっきり交渉で戦争を止められなかった私が責められるかと思ったら、まるっきり逆で、帝国側に対して憤っていたわ。
信頼されているのかしら?
最終的に600の軍勢が宿場町ベルに集結することになったわ。
どうしてベルかっていえば、ミレーヌ町に来るとなれば、間違い無く先に落とされるから。
ベルの町も常駐許可を簡単にくれたわ。
ベルを領地に持つ領主も軍勢を派遣してくれると言っていたけれど、現状ではその気配無し。
おそらく自領を固めているのでしょうね。ベルも自領だけれど。
もしかしたら独立宣言しそうな勢いだったベルの勢力が弱まればとでも思っているのかしら?
本当、戦争っていやねぇ……。
もっともね?
私、戦争する気ありませんけどね。
◆
そしてとうとうその日が来たの。
最後の使者が無事に戻って来てくれて良かったわ。
使者になってくれた彼には沢山のお礼をしなくちゃね。
私が選んだ迎撃地点は、宿場町ベルから少し東に離れた休耕地よ。街道に左右に開けた絶好の迎撃ポイントだわ。
ブルーは最後まで、山道での迎撃を進言していたけど、それはだめよ。
だってそれって宿場町ベルも、山道の入り口に自然発生した町も見捨てることになるじゃないの。
それにね?
私の
敵に魔導士もいないのに。
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