第三十三話【私、げんなりです】

 

「ミレーヌ様。シノブから緊急の報告があります」


 朝、顔を洗っていると、ブルーがタオルを差し出しながらそう切り出してきたわ。


「緊急? 何かしら?」

「直接お聞きした方が良いかと」

「わかったわ。着替えたら呼んでね」

「了解しました」


 ブルーに服を着せてもらうと、シノブが部屋にやって来た。彼女と直接会うのは久しぶりかも知れないわね。


「お疲れ様シノブ。緊急の報告って?」

「新興の帝国が、こちらに兵を向けたでござるよ、にんにん」

「帝国? 兵!?」


 ちょっと待って、聞いてないわよ?


「辺境の小国群の一つで、最近帝国を名乗る勢力が現れたでござるよ。その帝国は瞬く間に小国群を統一したでござる」

「初耳よ?」

「裏が取れたのが最近でござる」

「そう言えば最近は周辺の情報集めに奔走してもらっていたわね」

「帝国はこの町の噂を聞いて、軍勢を差し向けたでござるよ」

「それ、間違い無いのよね?」

「確かでござる。歩兵2500、騎兵300、トカゲ騎兵200、他1800ほどと推定しているでござる」

「……かなりの軍勢ね」

「はいでござる」

「帝国って聞いた事ないんだけど、ここに来るまでどのくらいかかりそう?」

「約ひと月とみるでござる」

「都よりも近そうね……」

「途中に大河があるでござる。それで交流があまりなかったでござるよ」

「そんな軍勢どうやって河を渡すつもりかしら?」

「かなりの数の船を用意しているでござる」

「それは……凄いわね」


 唐突過ぎる話だけれど、船を用意している時点でかなり早い時期からこちらに進行する予定だったのじゃないかしら?


「それで? 魔導士の数は?」

「それなのでござるが……」


 私はシノブの報告に仰天するしか無かった。


「冗談でしょう?」

「確かでござる。にんにん」

「……そう。わかったわ。まずは和睦の使者を。こちらに争う気は無いと伝えて」

「すぐに」

「貢ぎ物もケチっちゃダメよ?」

「わかりました」


 もう!

 戦争なんて冗談じゃないわよ!

 まずは戦争にならないように出来るだけの手を打たないと。

 ただ、最悪の場合は想定しないとね。


「ブルー、万一の場合に備えて、戦場の候補を」

「すでに何点か候補地の詳細を用意しております」

「さすがねブルー」


 こういう時優秀な部下がいると助かるわ。


「すぐに冒険者ギルドにも確認させて。それと戦闘になった場合にどう動くか確認して」

「わかりました」


 はあもう!

 私は!

 芸術や音楽を楽しみたいのに!


 平和を邪魔するのなら全力で叩き潰すのみよ!

 はぁ。もうほんとやめて欲しいわ……。


 ◆


 帝国。

 それは小国が乱立する地域で生まれた新興国家だった。

 小さな王家を打倒した英雄ルードウィヒ。彼は自らを皇帝と名乗り帝国の宣言をした。

 類い希なカリスマで、瞬く間に戦乱渦巻く小国家群を統一。

 一気に大国への足がかりを掴んだ。


 だが帝国は様々な問題を孕んでいた。

 戦争で荒れた大地は慢性的な食糧不足を生み、民族対立が収まらず、帝国民は職に就くこともままならなかった。


 そこで耳にしたのが西の楽園。

 もともと大河を挟んだ西の地方の肥沃な土地は喉から手が出るほど欲しい場所だった。

 その為の準備も進めていた。


 だから、西進のついで・・・にその楽園もいただこう。そういう腹づもりだった。


「整列!」


 この西進を任されたのはルードウィヒの右腕である、将軍アレクセイであった。

 猛将アレクセイ。

 小国家群の人間でこの名を知らぬ者はいないほどの武人で有る。

 腕っ節だけでなく、頭も回り、戦略、戦術にも長けていた。

 また武人にありがちな略奪を嫌い、規律有る軍勢を率いることでも有名であった。

 だからこそ、帝国という国が住民の支持を得たとも言える。

 厳格で潔癖。

 それが猛将アレクセイであった。


「遅い! 整列と行進は軍人の基本だぞ!」


 鋭い叱咤を飛ばすアレクセイ。

 場所は帝国から大河を渡った場所である。


 ここに来るまで何度もミレーヌ町という場所からの使者が来ていた。

 どこで進軍の情報を掴んだのか、帝国を出立してすぐに最初の使者が現れた。


 使者の提案は魅力的だった。

 平和条約を結べば、今帝国が必要とする食料を提供するというのだ。

 アレクセイはすぐに皇帝ルードウィヒにお伺いを立てたが、皇帝の返事はこうだった。

『それほどの食料を簡単に差し出せるのであれば、さぞかし溜め込んでいるに違いない』

 と。


 その理屈はわからないでもない。今帝国はより多くの物資を必要としているからだ。

 その後も使者は現れる度に条件を上乗せしていったが、むしろ皇帝には逆効果になってしまっていた。


 アレクセイの本音を言えば、この条件を飲むべきだと考えている。

 だが、全権を任せられたアレクセイと言えど、皇帝の意向に逆らうわけにはいかない。

 おそらく皇帝がもっとも飲めない条件が、大河を挟んで進軍しないという一文だろう。

 ミレーヌ町としてはここは譲れない一線であり、逆にルードウィヒ皇帝からしたらこここそが譲れない一件なのである。

 河向こうの肥沃な大地。

 これこそが今最も帝国が必要としているのだから。


 その時だ。

 5000近い軍勢が揃うのを待っていたかのように、ミレーヌ町から最後・・の使者が現れたのは。


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