第九話【私、お散歩します】


 とりあえず神殿と名付けた我が家の周辺を散歩する。

 立地条件はかなり考え抜いたのだろう。神殿の裏手には大きく綺麗な湧き水の池があり、太陽光を浴びて、ハス科の植物が美しい花弁を開いていた。

 元自宅である洞窟へは獣道レベルだけど、簡単な道が出来ていたわ。

 歩いて20分くらいだろうか。


 神殿自体は固い岩盤の上に建築されていて、ちょっとやそっとの地震ではびくともしなそうだ。

 またその岩盤のおかげで、神殿の周りはかなりひらけている。

 おかげで日当たりも良く気持ちいい。

 涼みたくなったら裏手の池に行けば良いだけだ。


「はー。一気に人間らしい生活になったわねー」

「はい。何日もご不便をお掛けして申し訳なく思っておりました」

「良いのよ。貴女たちは充分頑張っているから」

「何よりのお言葉です」

「それよりちょっと散歩したいわ」

「わかりました。お供します」


 ブルーが武具を装備する。

 葉っぱのビキニ戦士である。丈夫な木の棒に青銅の槍先。青銅の手斧。左腕には盾代わりの青銅の篭手。そして青銅の短剣。

 蛮族かっ!

 私は護身用の小さな短剣を腰にぶら下げている。

 まぁ武器というよりは、万能ナイフ的な扱いだ。


「折角だから、今日はちょっと遠出しましょうか」

「運動には賛成ですが、安全性の確保出来ていない場所に行くのは反対です」

「ブルーがいれば大丈夫でしょ?」

「いえ。反対です」

「うーん。じゃあダークも連れて行きましょう。ならいいわよね?」

「……そうですね……」


 大分悩むブルー。

 だから過保護過ぎると思うの。


「わかりました。ダーク! フル装備で付いてきなさい」


 ブルーが命令すると、ダークはすぐに仕度をしてやって来た。

 彼女だけは全身毛皮装備だ。

 私にはとても着せられる出来では無いが、狩猟には最適なのだそうだ。


 毛皮のビキニに、毛皮のマント。オレンジ特製のコンポジットボウに小型ナイフ。

 蛮族かっ!(二度目)


 正直流石に美しさに欠けるわよね……。

 早く何とかしないと。


「まあいいわ。今日は機嫌が良いからお散歩しましょ」

「わかりました。身命に賭してお守りします」

「あなたがいなくなったら困るから、ほどほどにね?」


 そんなわけで、私は当てもなく歩き始めた。

 ブルーが先頭で下草を剣で払ってくれるので、歩くのは比較的楽だ。

 あ、そうそう、靴だけは全員毛皮の靴よ。じゃなかったらジャングルを歩きたいとか言うわけないじゃないの。


 天気も良いし、ブルーがお弁当を用意したのも確認しているのでピクニック気分だ。

 私は鼻歌交じりに木漏れ日の散歩を楽しんでいた。


 ◆


「ミレーヌ様、こちらの方はまだ探索が進んでいません、引き返しませんか?」

「そうなの? でも貴方たちがいるから平気よね?」

「それは……いかなる状況でもお守りする所存ではありますが……」

「だから平気平気ー」


 特に根拠も無いが、今日までで最大の脅威はヴォルヴォッドくらいで、それも今では美味しい素材として率先的に狩る対象筆頭よ。

 ちなみに戦闘のあまり得意で無いグリーンですら、不意打ちでも受けない限りは普通に倒せる。

 オレンジも1対1なら問題無いだろう。


 哀れ現在は完全に雑魚キャラ扱いである。


 むしろ私にとっての脅威は雨の方だったりする。

 外にも行けないし、酷い時には洞窟にまで水が入り込み、ベッドの上から動けなくなるのだ。

 あれは辛かったわ!


 もっとも今日からその心配はしなくてもいい。オレンジが服よりも家を優先した理由がわかるというものだわ。


「あそこに大きな岩山があるわね」

「その様ですね」

「折角だから上から周辺を眺めたいわ」

「わかりました」


 私が何を言わずとも、ブルーは私をお姫様だっこしてくれる。


「ダーク、先行しなさい」


 無言でこくりと頷くダーク。

 別に狩りをしてるんじゃないんだから喋っても良いのよ?


 ひょいひょいと、険しい岩山を登りつつ、安全なルートを指さしで指示するダーク。ブルーはそのルートを危なげなく登っていく。


「今までこの岩山に登った事って無かったの?」

「こちら側には来たことがありませんでした。ジャングルが深くて、このような岩山があることには気がつきませんでした」

「なるほどねー」


 下から見た感じより、思っていた以上に高さがあるようだった。

 もし知っていたら彼女たちは真っ先にここから周囲を探索していただろう。

 それだけ地形が複雑という事だ。

 さすが陸の孤島!

 引き籠もるのに最適の地形だわ!

 だからこそ私はこの土地に住んでいたわけだけれど。


 戦争に巻き込まれない代わりに退屈な日々だったわー。


 そんなどうでも良いことを考えていたら、いつの間にか山頂に着いていた。

 彼女たちにとって、この程度の岩山、さして苦痛にもならない。


「……ミレーヌ様」


 珍しくダークがその口を開いた。


「何?」


 彼女は無言でどこかを指していた。釣られるように視線を移すと、細い煙が空へと昇っていた。途中から広がって宙に消えていくその様子は、間違い無く、炎の煙だった。


「……もしかして、村?」


 そう、遠く地平の先に見えたのは、ジャングルの一部を切り開いた、小さな村落だったのだ。


「……人間がいるの!?」


 どうやら人間はしぶとく生き残っているようだった。



 — 第一部完 —


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