第16話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 16
「去年の文化祭、今の上級生達は知っているだろう。ある生徒が起こした事件を」
その台詞を止めに行こうとする事は出来なかった。
いや、身体が動かなかったのだ。
「その生徒は文化祭実行委員だった。その時の実行委員会は悲惨なものだ。皆が知っているような組織ではない。最初の委員長と執行部はのんきに構え、生徒会が注意し続けた結果、彼等は急に消えた。組織としての統率は失われそうになったがその生徒の活躍で何とか存続し、無事に文化祭を開催出来た」
教師達も慌てている。当然だ。こんなの学校側も知らない事実なのだから。
「だが知っての通り、その生徒はとある疑いをかけられ、そして一人の女子生徒を裏切ったとされている。この行為は酷く批判され、その生徒はそれから孤独な学校生活を送り続けてきた」
言いがかりもいい所だ。そりゃあ私があいつの隣にいたなんて事は言わない。それを決めるのは雨宮だ。
でも全校生徒の前でそこまで言う必要があるだろうか。彼を惨めにさせる必要がどこにあるのだろうか。
「だがここで一つの告白をしておきたい。その生徒が文化祭で起こしたとされる事は全て―――嘘である」
会場が一気に騒がしさに包まれる。
当たり前だ。全ての生徒の代表が誰もが信じていた事実を否定したのだから。
「おかしいと思わないか? 実行委員を立て直した生徒が何故あのような濡れ衣を着せられ、全校生徒からそう叩きされたのか? そもそも冷静に考えれば、わかるはずだ。誰が黒幕なのかを」
あいつはどんな気分でこれを聞いているだろう。
やっぱり止めようとしてるのかな。自分より他人を優先する奴って大体後先を考えてないから、もしかしたら誰かが抑えてくれてるのかも。
そう、今この場に出てもメリットなんてない。全て会長の計画通り。
「その黒幕は一人とは限らない。複数犯でやれば、生徒一人を罠に嵌める事など容易いものだ。人は冷静さを欠けた時、判断力が鈍る。連中はそこにつけ込んだ。あとは適当な噂を少しずつ広めれば、事件の完成だ。別に実際に現場にいたかどうかなんて関係ない。所詮人間はその程度のものだ」
確かにその通りだ。うちのクラスだって、雨宮の事を煙たがる人はいるが、どれもこれも事件には無関係だ。ただ【雨宮蒼と関わるな】、それが暗黙の了解になっているからというだけであいつを敵視する。
しかし一人だけその事実に疑いをかけた人もいた。彼女は雨宮をどうにかして、助けようと試みた。もちろんあいつに対する感情が本当かは今でも聞けてない。何故なら失敗したから。
雨宮蒼はまた自己犠牲で彼女を守ろうとした。
ああ、そうだ。よくよく考えれば、何で私があいつに対して、いつも素直になりきれないのか分かった。
なれないから。私はあんな真似を出来ないから。しようと思っても、身体が動かないから。
「そろそろこう考える生徒もいるだろう。生徒会長はその黒幕を暴きに来たのか? と。確かにここで言えるなら言いたいが彼等のプライバシーも考慮して、ここは控えさせて頂く」
だが会長はニヤリと笑みを浮かべ、「しかし!」と言葉を切り出すと、
「あくまでそれはその黒幕達だ。そいつらと手を組んだある生徒に対して、私ではなく彼女が告白したいそうだ」
そう言って、マイクスタンドから一歩下がり、後ろで控えていたサナさんが前に出た。
「初めまして。三年二組の海風サナと申します。本日、この場に立たせて頂いたのは先程生徒会長からの発言の中にある本当の罪人をここで明らかにする為です」
まだなのか。私は教員達の方を見ると、他の実行委員や実行委員長達が止めている。だがそこまで長くは持たない。
と、なれば恐らく早々に終わらせるはずだ。そしてサナさんがこの場で陥れたい相手なんて深く詮索しなくても分かる。一度だけ、たった一度だけ。あの噂が本当で先程の会長の話に関連付けるならば一人しかいないはずだ。
「皆の為に働いた生徒をどん底に落としたその生徒を私は許しません。きっと文化祭の事件について知っている人ならもう予想はつくはずです。彼に寄り添い、そして裏切りに走った人の事を」
今からでも遅くない。私の足は何とか動いてくれた。ここからあそこまで時間はかからない。
それに私だけじゃない。きっと―――あいつも。
そう考えた時だった。
「あなたの事ですよ、わかっていますか―――」
× × ×
「これ……まずくない?」
「当たり前だろっ!」
そう叫び、飛び出して行った。待機列からここからなら止めれる。
だがもう遅かった。
「あなたの事ですよ、わかっていますか? 雷木刹菜さん」
その名前が出た瞬間、足は止まった。
そしてサナさんは笑みを浮かべながら、一礼し、後ろに下がると再び生徒会長が前に出た。
「以上で我々の告白を終了します。長い時間になってしまって申し訳ない」
そう締めくくり、二人は運営本部の方へと足を向けた。当然ながらそこにいるのは教師達とそれを止めている実行委員連中だ。これから説教が入るのか、それとも聞き取り調査か。少なくともあの人の事だ。きっと上手く言いくるめるのだろう。
「……蒼君」
「……とりあえずここだと目立つ。下がるぞ」
まだ実行委員からのアナウンスはないが、今の俺がここにいるのは目立ち過ぎる。
「これからどうなるんですか?」
「分からん。でもどうやらいい方向に物事を考えない方がよさそうだ」
少なくても俺の為にこんな事をしたとは考えられない。別の狙いがあって、あの二人は告白した。その狙いに少なくとも雷木刹菜が邪魔だったと考えるのが妥当か。
しばらく歩き、競技場裏のベンチまで移動した。
「……お姉ちゃん、大丈夫かな」
「……あとで連絡してやれ。流石にこれには困惑してるだろうから」
「蒼君は?」
「俺は無理だ」
「どうして? てか文化祭の事件が嘘とかの前にそもそも何があったの? 何で蒼君がこんなに嫌われる事になったの? どうしてお姉ちゃんと仲が悪くなったの?」
「一気に質問するな」
「約束だったよね。もし負けたら全部話してもらうって」
そう見つめる有菜の瞳は多少潤んでおり、涙が今にでも零れそうだ。当たり前か、実の姉をあんな風に言われたのだから。
「わかった。話すよ」
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