第9話 ヒロインが二人以上の場合は危険信号 9
ご飯を終えた後、それぞれ解散という流れになった。そう、表向きは。
「でさ、この間のそのアニメの作画が気合い入ってて」
「あー、そ、そうでしたね」
俺は一人、数メートル先にいる二人の会話を聞いていた。
神様と五日市はこれ以上いると帰りが遅くなるので先に帰ってもらい、ユマロマとnichさんだけ二次会に行っていたのだ。俺は念の為のサポートの要因である。プラネタリウムに入ってからは全く手助け出来てなかったので流石に申し訳ない気持ちがあり、ここで何とか距離を縮めさせたい所。
「ところでユマロマさんはいつから夏休み入ります?」
「あー、一応授業内テストなので結構早いです。多分……」
「そうなんですね。じゃあ結構早めに原稿に打ち込めるんだ。あ、でも線画は終わってるから、あとは塗りだけですもんね」
「……はい。まあ……大丈夫なはずです」
明らかに動揺している。そりゃあ大嘘も大嘘。見栄の張りたがりはあとで後悔するというがまさしく来月末に発狂している彼の姿を容易に想像出来る。
それにしても適当なファミレスに入ってくれたのはよかった。前のオフ会では居酒屋に行っていたので、もしバーなんかにでも入られたら、追跡は不可能だ。何せ制服姿だし。
「ち、ちなみになんですけど、nichさんはその……夏休みに何か……」
「夏休みですか? うーん、そうですね。リア友と旅行に行くのと、あとサークルの皆とも行きますね。私旅行サークルに所属してて」
「へ、へえー……よくあるオールラウンド的な……」
「まあそんなところですね。ちょっと似合わないですけど」
楽しそうな笑みを浮かべながらそう言うnichさんに対し、俺とユマロマは苦笑いだった。
オールラウンドと聞けば、まさしく大学生の大学生による大学生のためのサークル。リア充御用達、陽キャラ専用、陰キャラお断り。そこではとにかく馬鹿騒ぎして、女を引っ掛け、家に持ち帰り……朝チュンというお決まりコース。
まさかnichさんがそういうヲタクと正反対な団体に所属しているとは思わず、二人は心の内で落胆していた。もちろんこれがとても失礼であるとは全く考えていない。
「その……夏休みはもう予定が一杯って事です……よね?」
「うーん、まあ厳しいかもしれないですね……どうかしました?」
「ああ、いや。別になんでもないんです。忙しそうだなーって」
「でもユマロマさんも大変なんじゃないですか? 夏コミ終わっても、私みたいにリア友と遊んだりとか」
「そうですねー、まあ……まだ何も決めてないですけどね」
もちろん言えるはずがないだろう。部活動、サークル無所属で学内の友人はいない上に遊ぶ相手がほぼ俺かリズだなんて。エリートぼっちとは彼の事。ラノベなら許せても、現実だと本当に悲しくなる。
とりあえずそろそろ何か手助けして、うまく次に繋がせないと。もう九時を過ぎている以上、蒼はあまり長い時間の滞在は出来ない。ここで一つサポート……サポート……。
「こういう時ってどうすりゃいいんだ?」
独り言がぽろりと出た。
彼女がいた経験があるから、大丈夫。なんて少しは思ってはいたが俺と刹菜さんはここまで難しくなかった。いやむしろ考えなしで突っ込んだからなのかもしれない。
適度なアドバイスが何も思いつかない。不味い。手に持っている携帯を握り締めながら、離れている彼を見つめる事しか出来ない不甲斐なさを感じる。ひとまず何かしようと携帯で調べようとした時、急にガタッと大きな音がした。
「あ、あの!」
見ればユマロマが立ち上がってる。流石に店内はざわついているので俺がオフ会でやったようにまでとはいかず、周囲からの注目も浴びていない。しかし自分の視点はその一点のみをロックオンし、じっとユマロマの覚悟を見ていた。
「もし、その……時間あれば、また行きません……か?」
「えーと……今日みたいに?」
「そ、そうです! ただその……今度は」
「二人きりがいいですか?」
「え、あ、いやその、え、えーといやまあその、あいや」
まさか向こうに考えが筒抜けとは思いもよらなかったのか、パニック状態である。
しかし楽しそうにそれを眺めるnichさんは全てお見通しと言わんばかりに声をかけた。
「じゃあ今度は……二人きりで行きましょうか。今度はユマロマさんがデートのプランを考えてくださいね」
「え……は、はい! 頑張りましゅ!」
視線を外し、二人に背を向けた。どうやらこれ以上サポートは必要ない、いや初めからいらなかったのかもしれない。というより俺自体が神様と楽しそうにしたり、五日市の乱入で戸惑ったりしていたのでむしろそちらがメインな気もするが置いておこう。
アプリを開いて、ユマロマに『コングラッチュレーション』とメッセを送り、そのままバレないように店を後にした。
× × ×
「って事がありましたとさ」
「ふーん」
それから数日後の月曜日。
屋上でいつも通り神様と報告会という名のお昼をとっており、こないだのデートの顛末を話していた。
「まあここから先は適当にやるだろ」
「でもその言い方ぶりだとnichさん、知ってたんじゃないですか? ユマロマさんの気持ち」
「そうだろうなぁ」
その可能性も考えてはいたし、あれだけがちがちに緊張しているユマロマを見ていれば、なんとなく想像もつくだろう。
まあ何はともあれユマロマは満足だろうし、ミッションコンプリートだ。ちなみに全然サポート出来てないとかは考えないようにしている。いやマジで。
「ところでお二人は体育祭来るんですかね?」
「来ないだろ。というよりこれ以上のネタバレは勘弁だし、あの時は偶然五日市がいたから、話してただけで」
そう言いかけた時だった。
扉が開く音がし、ドアの方に目をやると五日市、そして会長が入ってきた。咄嗟に俺達は物陰に隠れ、そこから二人をじっと監視した。もちろん神様も同じように。
「もしかして告白ってやつですかね」
「会長には彼女いるんだぞ。いくらなんでも五日市がそこまで馬鹿とは思えない」
「NTRってやつですよ」
「そうだとしたら、明らかに無謀だぞ」
ぶつぶつと会話しながらも集中するべきは視線の先だ。
「……ですから……あなたは」
「僕は……何も……」
遠すぎる。しかし近づけば、隠れる場所が無くなり、すぐに見つかってしまうだろう。わざわざ一目につかない場所でしかもこの二人だ。議題は恐らくこないだ話していた不正行為についてと考えるべきか。
「……もういい!」
いきなり五日市が大声を出し、飛び出して行った。どうやら話は終わったようだが円満とはいかなかったらしい。
ひとまず会長が出ていくのを待とうとそのまま物陰で待機をする事にしたが、
「盗み聞きとは感心しないな、雨宮」
と、物陰に向かってそう言った。
バレてるなら観念するしかない。俺達はその姿を現した。
「全部聞いてたのか」
「残念ながらほとんど聞こえませんでした」
「そうか。ならいい」
「いや待ってくださいよ。流石に五日市があそこまで怒鳴るって、ただ事じゃないでしょ」
「そうだな。でもそれを君に教えなきゃいけない義理でもあるのかい?」
「ないですけど……」
「なら聞かなかった事にしてくれ」
そう言って、会長はそのまま校舎内へと戻ろうとした。
扉を締める前に一度こちらを振り向き、一言だけ言い放ってから。
「きっと君も賛同してくれる。体育祭を楽しみに待っててくれ」
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