520 第三研究室と友人たちとのランチ
およその話が終わるとキリクたちが先に出ていった。他にも根回しや仁義を通しておく部署なり人なりが王宮にはあるらしい。
リグドールは客人がキリクという大物だったこともあり、一日空けてしまっていた。だからもう仕事はしないと休みを取った。ちょうど戻ってきた上長にもそう報告している。
シウが申し訳ない気持ちと今後を踏まえて袖の下のお茶菓子を渡すと――それが功を奏したわけではないだろうが――ニコニコ笑って許してくれた。「いいよいいよ」と優しい笑顔だ。
廊下に出てからシウが「良い上司なんだね」と言えば、リグドールは笑った。
「そうなんだ。でもだから、他の研究室に予算取りで負けるんだけどな」
笑っているが、そこは笑っていいところなのだろうか。シウは曖昧に頷いて、リグドールと並んで研究棟を進んだ。行き先はアリスの勤める第三研究室である。
アリスも誘ってお昼に行くことにしたのだ。
彼女にもシウたちが来る話はしてあるらしく、もしかしたら一緒に行けるかもと昼から時間を空けているらしい。
「第三研究室って建物の中央部分にあるんだね」
「召喚魔法を研究してるからな~。花形ってわけじゃないけど、召喚物は研究材料としても認められているしさ。それで、そこそこ良い場所を割り振られてるんだ。中庭に面しているのは生き物の召喚が多いからだな。ほら、あそこ」
廊下の窓から見える景色に、全員が立ち止まった。
「この間、誰かが奇妙な植物を召喚してさ。あれ、慌てて燃やした跡なんだ。で、あっちで飛び跳ねてるのが飛兎。ちゃんと召喚済みだから大丈夫なんだけどな。しかも名前付きだから他の研究員にも結構慣れてる」
「すごいなあ」
「第三研究室の実験部屋と中庭はかなり強力な結界を用いてるけど、たまに怪しいのが召喚されてくるからさ。召喚の時には第二級以上の宮廷魔術師についててもらわないとダメなんだ。前は揉めることもあったみたいだけど、アリスが来てから円滑に進むようになったんだって。その理由がさ――」
まさかアリスが可愛いから、ではないだろう。シウはまた歩き出したリグドールを追いかけた。彼は振り返って笑った。
「ダニエル様がベルヘルト様の護衛騎士をしてらしただろ? 今でもベルヘルト様が何か大きな問題を起こすと駆り出されるんだぜ。ダニエル様ときたら、呼び出されても嫌な顔一つしないんだ。宮廷魔術師の人たちにしたら『面倒を見てもらってるのだし、ベッソール家の娘ならば助けてあげないと』って気持ちになるんだってさ」
シウはその話を聞いて笑ったが、すぐ真顔になった。
「……ベルヘルト爺さん、まだそんななんだ?」
「ははっ、ほんと、元気だぜ」
「元気なのは良いことだけどね」
「そうそう。元気があるってのは、いいよ」
ほんの少し、しんみりして言う。シウもリグドールと同じような顔になったかもしれない。
「まあ、そういうわけでさ。最近は召喚魔法の研究が進んでるみたい。休憩がてら研究棟に来る宮廷魔術師も増えたんだぜ。びっくりだろ」
「仲が悪いって言ってたもんね」
話しているうちに第三研究室に到着した。
早速、受付でアリスを呼び出してもらうと、待っていたのかすぐに出てきた。彼女の手には籐籠があった。その中にグラーティアがいるものとばかり思っていたが、入っていたのはコルだ。
グラーティアはどこかと思えば、後ろからトトトッと歩いてくる。普通の鴉サイズだ。希少獣の場合は元の獣の姿から一回り以上大きくなる。彼女ももう少し大きくなるのだろう。
「お久しぶり、アリスさん」
「シウ君。あ、シウ様って呼んだ方がいいかしら?」
「『様』はやめて」
「ふふ。じゃあ、シウ君ね。レオン君もお久しぶりです。それと――」
「ロトスです!」
ずいっと前に出てきたロトスに、アリスは少しだけビックリしたようだった。けれどニコリと微笑んだ。
「アリス=ベッソールです。よろしくお願いいたします」
「よろしく! あと、こっちがジルヴァー、あっちがエアスト。それから」
積もる話もあるだろうと、ロトスはジルヴァーとエアストを連れて後ろを付いてくるだけだった。ふたりには「主の姿を後ろから眺められる特等席だぞ」と言っていたので、彼は小さな子を扱うのが上手い。
そんな風に希少獣の手綱を握っていたロトスは身を屈め、まずはコルに挨拶した。
「うっす。俺のことは内緒な?」
「カーカー」
「あと、そっちも」
「カァ……」
「よしよし、良い子だ。お前もな」
コルは珍しく、気圧されたような様子だ。けれどすぐに自分を取り戻した。
「カーカー、カーカー」
「おう、そうだよ。いろいろあるんだ。それなのに王宮によく来たなって? へへん、大胆だろ? でもそれこそが【灯台下暗し】って――」
「ロトス、一人劇場とやらはもう止めて、お昼に行こうよ」
「シウってば空気読めねぇな。せっかく打ち解けてたのに」
「でもアリスさんが驚いてるし、そろそろ他の研究員も出てくるよ。早く行こう」
「へいへい」
そうして歩き始めたら、後方でリグドールがアリスにコソコソと何か話している。聞くとはなしに聞いていると、
「覚えてる? あいつ、シウのパーティーメンバー。珍しい種族でいろいろあってさ。だから気にしないであげて。悪い奴じゃないし」
と精一杯のフォローをしてくれる。
シウはクスッと笑って、先に進んだ。レオンは肩を竦め、何か言おうとしたロトスを引っ張っていく。ジルヴァーはシウのところに戻り、エアストはレオンの足下をちょこまかと歩いた。少し離れてリグドールとアリスたちだ。
ちょっと変わったメンバーは、たまに通り過ぎる研究者たちから不思議そうに見られるが、誰も気にしなかった。
アリスも午後休を取り、皆で向かったのは中央地区のレストランだ。大勢なのと希少獣もいるためオリュザは次の機会にした。
「レオン君、なんだか変わったみたい」
「そうか?」
アリスに話を振られたレオンは少し驚いた後、不思議そうに首を傾げた。
「前から落ち着いた雰囲気はありましたけど、今はもっとお歳以上の落ち着きが感じられます。それにとても優しそうな顔をしていませんか」
最後の確認はシウに向かってだ。シウは「してるしてる」と笑って頷いた。リグドールはからかうような笑みでニヤニヤしている。レオンは途端に顔を赤くした。
「あ、違うの。からかったのではなく、もう、リグ君ったら!」
「いいんだって。こういう時ぐらいしかレオンを笑えないんだからさ」
「もう!」
二人が仲良く言い合っている姿が微笑ましい。しかし、それを見たレオンの顔がスッと元に戻った。ぼそりと「なんだこいつら」と呟く。
「レオン、聞こえてんぞ。それアウトじゃね?」
「……くそ、ロトス語が感染したんだ」
「待って、なんで俺のせいになってんの。ひどくね?」
今度はロトスとレオンが仲良く言い合いを始めた。こちらはあまり微笑ましくない。シウはジルヴァーに「僕らも仲良しだもんね」と話し掛けた。
「いや、それは違うじゃん」
「そうだぞ、シウ。希少獣を相手に言うのは寂しい気がする」
「ちょ、お前らの息ピッタリじゃないか? ていうか止めろよ、シウが可哀想だろ」
「皆さん、そういう言い方は……」
各々が何か言っているが、シウは無視だ。
「ジル、美味しいね~。エアストもおいで。おやつ追加で食べようね」
「当てつけ方が子供まんまじゃーん」
「あ、エアスト、おやつに簡単に釣られるな。本当、お前はシウに弱いよな。手玉に取られすぎだ」
「レオンは必死すぎだろ。シウが希少獣にモテるのは今に始まったことじゃないんだからさぁ」
「もしかして、一番変わったのはシウ君かも……」
などなど、騒がしくも楽しい昼食の時間となった。
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お知らせ
シリーズ第一部の「魔法使いで引きこもり?」12巻が5月30日に発売予定です
応援してくださる皆様のおかげで、続巻できました
本当にありがとうございます!感謝でいっぱいです!
詳細はこちら↓↓
魔法使いで引きこもり?12 ~モフモフと楽しむ夏休みの南国観光~
ISBN-13 : 978-4047370685
イラスト : 戸部淑先生
書き下ろし番外編あり(アマリア視点)
いつもイラスト素敵なんですけど、今回は変な声が出るぐらいアレです
特に見開きカラーのアマリアをご覧ください!!
他にもすごいのいっぱいありますけどね、インパクトはたぶん一番かと
オッサンの髭なしイラストもあるので、ぜひ!
(誰得なんだろう?)
いや、可愛いモフモフもいますからね…うん……
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