437 屋台をブラブラ
アドリアナと隣り合っている領がヴァラハ辺境伯領で、今回の大会の候補地だったこと。そのヴァラハと候補地を競っていたのがジーベンス侯爵領だ。どちらもシャイターン国の西と東で大きく離れている。そして仲が悪い。
離れているのに仲が悪いというのは不思議だが、共に辺境地で苦労しているからだろうか。
シウはジーベンス侯爵領には少し関係がある。というのも、生まれ故郷のイオタ山脈を真北に抜けた、その先にある場所だからだ。もっとも、侯爵領と山脈の間にはシャイターン国の小領群があるため、すぐに侯爵領というわけではない。しかし、実質的には侯爵領の支配下にあると話に聞いている。ならば関係先として覚えていても問題ない。
実はそのあたりに生みの母のルーツがあるはずなのだ。シウの予想では小領群にある下位貴族の娘ではないかと思っている。
特にルーツを調べたいとは考えていないため、単純な興味だ。
そしてなるべくならシウの存在は知られたくない。何故なら生みの母は、その場所から逃げてきたからだ。彼女の意思を尊重すべく、関わらないようにするための「興味がある」だった。
他にも幾つかの情報をもらい、シウとデジレは宿を辞した。
自分たちの宿に戻ると、すでに皆起きて昼食も済ませたところだった。ブラジェイが手配したらしい。
手配がなくても全員に魔法袋があって、そこにも大量の料理を入れている。問題はないけれど、せっかくなので地元の食事を楽しめたのなら良かった。
十分に休んだ皆の顔色もいい。
「お昼が遅めだったから、夜も遅い方がいい? それとももうそろそろ夕方だけど街をブラブラ見て回って、気になったものを摘まむとか。みんな、どうする?」
「それいいな。俺、出掛ける派」
ロトスが手を挙げると、他のメンバーも賛成に回った。
「騎獣はどうする?」
ククールスが聞くと、それにはブラジェイが答えた。
「連れ歩いても問題ありませんよ。騎獣レースがあるからでしょうか。街には騎獣が多いです。治安維持のために兵士も多く見回っていますし、今のところ事件は起こっていません」
「そうか。じゃ、スウェイも一緒に行こうぜ。屋台が多く出てるだろうから、楽しみだ」
「屋台! 行こう行こう!」
「はしゃいじゃって、まあ。あんた大きくなっても子供みたいだね」
「レーネだって両手に串揚げ持って騒ぐじゃん」
「あ、あたしはねっ?」
二人がワイワイ騒ぎながら部屋を出て行くため、シウは急いでジルヴァーを抱っこして追いかけた。フェレスもブランカも先に行ってしまって、待っていたのはククールスとスウェイだけだ。
デジレは迷子にならぬようロトスに合わせている。シウよりロトスに付いた方がいいと思ったのだろう。
ブラジェイは残るらしい。
「この後もどんどんと到着しますので案内係です。いってらっしゃいませ」
と、見送ってくれた。開会式はじっくり見られたので、と言っていたが、仕事をしつつの観光は大変だろう。お疲れ様ですと声を掛けて、シウたちは宿を後にした。
会場に近付くにつれ屋台も増えていく。それが道しるべのようになっていた。
屋台はどことなく、日本の夏祭りで見かけるような形で懐かしい。売られているものは肉類が多いけれど、港が近いせいか魚料理も割と見かける。
「魚の姿揚げだってー。でけーよ。あっ、すり身団子だって。【さつま揚げ】みたい!」
ロトスははしゃいで、クロが何度か彼のフードを嘴で咥えて押さえていた。
アントレーネも同じようなものだ。やれ、あの店の肉は火が通り過ぎているだの、細かくチェックしている。
「気になるなら買ってきたらいいのに」
「もうちょっと吟味しないと」
もっと美味しい肉に出会えるかもしれないと目を光らせている。
二人ほど食欲がないククールスはのんびりと楽しんでいた。ただ、シャイターンの女性は奥ゆかしいだとか、土地によって着る服が珍しいという蘊蓄を話しながらだ。スウェイが相槌なのか、時折「ぎゃ」と小さく応えているのが面白い。
そしてシウの左右にフェレスとブランカがいて、ふたりは匂いに釣られてはフラフラと動いている。
「お腹は空いてないんだよね? もうちょっと待とうね」
「にゃー」
「ぎゃぅん」
「ぷぎゅ」
「ほら、ジルも待てるってさ」
ジルヴァーのはただ鳴いただけのようだが、そういうことにしておこう。シウはふたりを宥めながら、屋台通りを進んだ。
太陽が落ちてくると、提灯のような形の明かりが屋台の軒先に吊され始めた。幻想的な様子に街を歩く人々は楽しそうだった。
お祭り感でいっぱいだ。
少し通りを外れると、子供向けの遊び用屋台もある。金魚すくいのようなものまであって驚いた。皆に置いていかれないよう気をつけながら見てみると、どうやら海の魚らしい。小魚を泳がせて釣り上げるようだ。
貝殻合わせなどは昔ながらの遊びらしい。子供は「面白くない飽きた」と言って、別の屋台へ行こうと親に強請っている。
先に進んだロトスたちの後ろ姿を追いながら、シウは微笑んだ。子供が親に我が儘を言う。それは親への絶対的な信頼があるからだ。愛情を欠片も疑っていない。とても幸せな光景だと思った。
「フェレス、ブランカ、何か欲しいものはあった?」
「にゃっ、にゃにゃにゃ!」
「ぎゃぅーぎゃぅ!」
すぐに答えが出てくるあたりに、彼等の性格が出ている。シウは笑って、それぞれが食べたいと言った屋台で肉を買ってあげた。
皆に追いつくと、ロトスがフェレスとブランカを見て気付いたらしい。
「お前らもう食べたのかよ。早くね?」
「にゃん」
「ぎゃぅ」
「聞いたことの答えになってない。何が『おいしかった~』だよ。暢気に、このっこのっ」
そう言ってフェレスとブランカの頬をぐりぐりと撫でる。器用に二頭同時だ。さすが聖獣と言えばいいのだろうか。
「ロトスは何かあった?」
「俺は焼きトウモロコシがいい。それとイカ焼きだな。これは外せない。醤油のいい匂いがするんだよ~」
「あ、いいね。イカ焼きか」
「あと、リンゴ飴があれば完璧。でもないんだよなー」
「まだまだ屋台はあるから、どこかにあるかもね」
「おう。探すぜ。レーネは何がいいんだ?」
「あたしは肉だ。さっき珍味の肉ってやってたんだよ」
「レーネってば……。いいけどさぁ」
ロトスが呆れている横で、ククールスはスウェイと相談していた。
「んじゃ、揚げ魚だな。半分以上は食べてくれよ。俺はそんなに食べられないぞ」
「ぎゃ」
どうやらふたりで分け合うらしい。仲が良い。
シウもジルヴァーと分け合おうと思って、屋台に近付いた。
「おや、珍しい希少獣だね、あんちゃん」
屋台の人が声を掛けるので、シウはそちらを向いた。彼の店ではポン菓子が売られている。機械はないので、どこかで作って持ってきたのだろう。あれは大きな音がするから屋台通りでは使えなかったのかもしれない。しかし、音が大きいからこそ皆の興味を引く。ポン菓子は地味な見た目だから目立たないのだ。
「これ、お米から作っているんですよね」
「お、知っているのかい? そうだよ」
おじさんはニコニコ笑って、味見にと一欠片をくれた。口にするとほんのり甘い。
「これ、五つください」
「ありがとよ!」
空間庫があるので湿気ることもないだろう。懐かしい味にシウはウキウキした。四つは空間庫に入れ、一つはその場で食べる。
早速食べようとして、おじさんがシウをもう一度見た。
「うん? 外国人かと思ってたが、シャイターン人か。道理でコメドンを知っているはずだよ」
お菓子の名前はコメドンらしい。不思議なネーミングに笑いながら、シウは首を傾げた。
「僕、シャイターン人に見えますか?」
「あー。ちょいと違うか。全体的にちんまりして見えたからな。でもあんた、シャイターン人の、東の方の血を引いてるんじゃないかい?」
そのものズバリを言い当てられ、シウは驚いた。
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このシリーズの「魔法使いで引きこもり?」8巻が11月30日に発売となります
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