416 鼻息と見回りとレオンの訓練




 その後、シュヴィークザームにフェンリル三頭の様子について話した。

「憐れよのう」

「引き取って、心身共に元気になったら騎獣屋で働いてもらうことになるかも。でも、とにかく嫌なことは忘れてほしい」

「うむ。今度、我が会うてみようか。激励だ。養育院にもしばらく行っておらぬからな」

「そうだね。もう少し彼等が元気になったらお願いしようかな」

「任せておくがいい」

 ふんふんと鼻息が荒い。

 なんだかんだで、シュヴィークザームはやっぱり聖獣の王だ。希少獣たちに対する思いは本物である。

 ついでにレオンのところのエアストにも会ってもらおうと話題に載せた。

「あ、そうだ。同じパーティーのレオンのところにもフェンリルがいるんだ。エアストって名前でね。まだ幼獣なんだけど」

「ほう。……しかし、気がつけばお主のところには希少獣が増えるのう」

 そう言ってジルヴァーを見る。

「ジルヴァーか。大きくなったのう」

「ぴゅ!」

 この日はジルヴァーしか連れて来なかったが、彼女は静かなので声を掛けて初めて鳴く。これがフェレスやブランカだと話に交ざってくるのだ。とはいえ「にゃ」だの「ぎゃぅ」だのという意味のない合いの手だけれど。

「で、その幼獣がどうしたのだ?」

「養育院に来た時に会わない?」

「うむ」

「可愛いよ」

「……会うぞ」

「ありがと。レオンが喜ぶよ」

 会うということは祝福してもらえるということだ。レオンならきっと喜ぶだろう。彼はエアストのためになんでもする。顔見知りでもない学校の教授に、エアストのことで質問に行ったぐらいだ。それも、周囲が「問題ない」と太鼓判を押した「幼獣の間は耳が垂れている」問題で。

 ついでだから、その話もバラした。シュヴィークザームはとても楽しそうに笑った。初めて会った時の彼は無表情だった。それが今では笑顔だと分かる。

 もちろん、分かるのは彼に慣れたシウやカレンたち周囲の人間だけだろう。けれど、よくよく観察すれば誰でも気付くのではないだろうか。

 それぐらい豊かになった。

 シウもそうだ。きっと、笑顔は伝染する。何やら嬉しくなってシウは笑った。まるで合わせるようにジルヴァーも「ぴゅっ!」と楽しそうに笑ったのだった。




 火の日はシウ以外で冒険者ギルドの依頼を受けていたが、水の日はシウも合流した。

 が、シアーナ街道付近のチェックも兼ねた依頼はククールスたちに任せ、シウだけ別行動を取った。ジルヴァーはロトスに預ける。

 シウはフェレスと共に《転移》でルシエラ王都を東から順番に見て回った。姿を誰かに見られても困るので、周囲の景色を写すという空間魔法を纏ったまま気配を消す。

 幸いにして、事前に《感覚転移》で確認していたからか、誰かの視線を感じることはなかった。

「異常は今のところ、ないかな」

「にゃ」

「仕掛けるなら南かも」

 しかし、南にはエルシア大河を挟んで王領しかない。更にその南はプリメーラ地下迷宮だ。いわゆる、サタフェスの悲劇の現場になる。

「プリメーラに入るのは許可がいるし、王領だけ確認して西を見て回ろうか」

「にゃー」

「気配を消してね、フェレス」

「にゃっ」

 任せて、と言うや、本当に気配を消す。フェレスは飛んでいる間も魔力の流れを感じさせないほど自然に使う。天性のものに加え、努力をしているからだ。彼の場合は努力が遊びで培えるのが良いところだった。楽しみながら訓練になっている。

 シウはフェレスを撫でて、また《転移》を繰り返した。


 西の一箇所で魔獣の死骸を見付けた。魔核に手は入れられていない。周辺をくまなく探したが特に何も見当たらなかった。

 倒し方が雑だったこともあり、下級冒険者の仕業かもしれない。

「プリメーラだけ、シュヴィに頼んでおこうか。カリンが采配してくれるだろうから安心だね」

「にゃ」

「じゃ、皆と合流して仕事しよう」

「にゃにゃー!」

 合流した頃には街道の探索は済んでいた。幾つか魔獣の死骸は見付けたものの、先日の男たちのような怪しい者はいなかったようだ。ただ魔獣自体には手を加えられていた。

「シウが作った魔道具で魔核は閉じ込めているぞ。魔獣は処理しておいた」

「うん。何もなくて良かった」

「そっちはどうだった?」

「気になるのは特になかったよ。プリメーラだけ、後でシュヴィに頼んでおく。一つ、冒険者のマナー違反はあったけどね」

「普通のか」

「魔核の取りこぼしが一つ、あとは実にならないからだろうけどそのまま放置」

「実にならないってことは、ルプスか」

「うん。討伐証明部位だけ取ってあったけど、下手だった」

 だから下級冒険者だ。それも、無理をして向かった場所だろう。身の丈に合わない場所へ向かい、命からがら助かったのだろうと想像した。

 そんな冒険者なら探すのは容易い。彼等についてはギルドからお灸を据えてもらって終わりだ。

 そんな話をして、採取の依頼に取りかかることにした。

「薬草はどれだけある?」

「それほど分量はないな」

 依頼を取ってきたのはロトスとレオンだったので、依頼書を確認する。魔獣討伐はなく薬草採取ばかりだ。ただしミセリコルディアの森でないと探せないようなものばかりだった。

 シウたちは二手に分かれて手早く処理することにした。


 以前と同じく森の中で飛行板を使う。レオンは卵石が幼獣に変わっただけだが、乗り降りだけでヘトヘトになっていた。

 けれど、卵石の時よりも慎重に、また上手になっている。孵ったのは生き物だ。実感がわき、その上で当時の訓練を思い出したからだろう。

 様子を見て、シウは途中でエアストを受け取った。今度は別の訓練だ。

「フェレスでの騎乗訓練もやってみよう。山中での乗降は何度やっても無駄にならないよ」

「分かった。フェレス、頼むな」

「にゃ!」

 むろん、薬草採取でそれほど細かな乗り降りが必要になるわけではない。これは、戦闘時のことを踏まえた訓練でもある。レオンは狭い場所などの採取を率先して行い、乗降を繰り返した。

 その間エアストがふんふん鼻息荒く前足を動かしていたのが面白かった。彼なりに、主であるレオンを乗せるんだ、という気持ちが生まれてきたのだろう。

 どうやらエアストに対する訓練でもあったようだ。

 フェレスが幼い頃に一生懸命、先輩騎獣たちを見て学んだように、エアストもまた学んでいるのだった。


 採取が終わると、レオンを残した他のメンバーは山へと入っていった。半分遊び、半分が訓練だ。フェレスもブランカも楽しそうに飛んでいった。またいつもの競争をやるのだろう。

 ブランカなど、

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ」

 面白い遊びを教えてあげてもいいよ、とスウェイに話している。

 相変わらず彼女は面白い。スウェイも慣れてきたのか、あるいは逆らっても意味がないと知ったのか「そうか」と答えるだけだった。

 スウェイにはクロがついており、どうやら通訳兼説明係をするようだ。

 希少獣たちを見送ると、ククールスとロトスが「久々に飛行板の競争をしよう」と言い出し、当然アントレーネも参加するということで行ってしまった。

 大人げない彼等の戦いについて、シウは見ない振りだ。


 残ったレオンには中断していた山での過ごし方を教える。

 爺様に教わった極意は危険らしいので、徐々に進めるつもりだ。

「とりあえず、食べられる木の根を探すところから始めようか」

「……木の根か」

「うん。上手い具合にレスレクティオがあるとは限らないからね。他にも土の種類によっては食べられるんだよ。レオンは土属性はなかったよね? だったらもう、味で覚えるしかない」

 他にも木の実や草に茸など、見分ける必要がある。

 木々の上でじっと隠れる方法、葉を集めて暖を取るなど、覚えることは山ほどあった。

 けれど、覚えてしまえば山中でも生きていける。

「頑張ろうね!」

「……ああ、うん、そうだな」

 レオンはエアストを抱き締めて頷いた。











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