405 本を借りよう&ついでで会う人




 翌日の風の日から、学校は一週間の休みだ。

 その前に、シウはヴァルネリの秘書ラステアから連絡をもらい、本を借りるために屋敷へ赴いた。休みだったヴァルネリに執着されそうになったものの、兄のルドヴィコがやって来てシウを助けてくれた。ルドヴィコは宮廷魔術師でシウと面識があった。偶然の再会に喜んだシウは、アロンドラのことを耳打ちしておいた。執着されて困っている生徒がいるのだと。

 しかし、ルドヴィコは、

「弟は興味を持つととことんしがみつく習性があるからねぇ。一応、注意はするが」

 などと対応について積極的ではない。シウは相手が誰であるかを口にした。

「生徒の名前はアロンドラさん、伯爵家のご令嬢です」

「……なんてことだ。女子生徒相手に絡むというのはいけない。父にも相談しよう」

「お願いします」

 ヴァルネリを止められる人がいて良かった。シウはルドヴィコに感謝して、ラステアから本を受け取った。持ち主のヴァルネリには今度、お礼の品を贈ることにする。


 その本だが、ヴァルネリが眉唾物だと感じていた通り、時代考証が曖昧だった。ただ、それは「サタフェスの悲劇」があった時代の前後だからかもしれない。

 魔獣スタンピードのせいで一夜にして王都が消えたという悲劇は、発展していたサタフェス国の何もかもを奪い去った。王都がなくなったことで周辺の地域も衰退し、他国から攻められて戦乱時代へ突入した。おかげで本も多く失われたのだ。

 裏付けできる本自体が少なく、時代考証が曖昧なのも仕方のないところがある。

「ヴァルネリ先生の記憶通りか……」

 手に取った瞬間に本の内容は記録庫へ写されたが、借りると言った手前預かっている。シウはページをめくって本にのめり込んだ。


 サタフェスがあった場所は、今のラトリシア国である。

 シウが借りた本は、当時の学者が調査した研究結果と想像を膨らませた小説に近かった。

 人間の持つ魔力についての研究内容が主だ。

 魔獣や希少獣などは後天的に魔力が増えるのに、何故人族は増えないのか。そうしたところから、後天的に増える種族を研究していた。近場にいたからだろうが、その研究はエルフが主だった。

 一般的にエルフ族は元々引きこもりというのか、山中に隠れて暮らしている。それに輪を掛けて引きこもっているのがラトリシアのエルフ族だ。当時も今と同じように山深くに暮らしていたらしい。

 そうはいっても生活がある。山の中で得られるものだけで生活は成り立たない。完全な自給自足というのは案外難しいのだ。

 エルフたちは代表者を選んで町へ出稼ぎに来ていたようだ。

 学者はそんなエルフに仕事と称して、実験に付き合ってもらった。

 付き合いも長くなれば、雑談に応じることも増えたのだろう。いつしか、珍しいエルフの話を聞くようになった。

 それが、急激に魔力が増えるという奇病のことだ。

 魔力の多いエルフ族が奇病というのだから、よほどのことだったのだろう。

 学者はぜひ会ってみたいと頼んだが、結局会えなかった。

 そこからは聞き出した情報を組み立てて推論が書かれていた。

 人は生まれた時に魔力を溜める器があるが、エルフの場合、徐々に広がるゴムのような器官になっている。このゴムが伸びきってしまった時が最大限の容量で、これを超えてしまうことで制御できずに暴発する。

 また異常に魔力が増えるとうのは、地脈の問題ではないかとも書いてあった。

 確かに魔力溜まりというものが存在する。

 エルフは魔力を地中などから取り込みやすい性質であり、ゴムのような器官と合わさることで常に満タンに溜められていた。

 そこに、取り込みやすいという性質が誰よりも強い者が生まれ、かつ魔力溜まりに遭遇した場合に奇病へと発展するのではないか。

 そんな推論だ。

 意外とまとまっていて、シウは面白く読むことができた。

 ただ小説風だったためにヴァルネリは理解したくなかったのだろう。ヴァルネリは余計な装飾を嫌う。論文も魔法に関してはいくらでも書いていいが、状況説明が入り出すと怒った。シウも一度怒られたことがあるため、実験結果の数値などを簡潔にまとめるようにしている。


 それはそうとして、本を読んで感じたことがある。

「ゴムのように伸びる器、か」

 そのイメージはシウにやる気を抱かせた。

 大事なものを守るためには力が必要だ。シウは自他共に認める臆病者なので、圧倒的な安心感が欲しい。だからこそ、今、魔法の訓練をより一層頑張っているところだ。

 今後、いつアポストロスのハイエルフたちと戦うことになるか分からない。

 それに、他にも脅威はあった。たとえば魔人族の存在だ。歴史の中で時折現れてはロワイエ大陸の国々を恐怖に陥れてきた。魔力を多く抱える彼等の強さは、古書でも明らかだ。

 シウの知らない強大な魔獣だっているだろう。いつ、黒の森が氾濫するか分からない。

 強くならなければと、思う。

 ゴムの器の話は、シウのいろいろな部分に感銘を与えた。自分自身の魔力の器が動かせるようになるのなら便利であるし、逆に魔力が使えなくなった時にも対処できるのではないだろうか。魔力庫の中にある魔力をどこかに一時プールすることもできるのではないか。そうした考えが次から次へと溢れ出た。

「勉強って、楽しいな……」

 シウは本を読みながら、そんなことを呟いた。



 ちなみに、シウの独り言を聞いていたロトスは目を剥いて仰け反っていた。

「俺も一度でいいからそんな台詞を心の底から吐いてみたい……」

「俺は最近少し面白くなってきたけど」

「バルやんの裏切り者っ!」

「えっ、いや、なんで……」

 相変わらずロトスはロトスで、バルバルスは随分とロトスに慣れ親しんでいるようだった。


 この日はアントレーネとククールスが二人して冒険者ギルドで仕事を受けている。ロトスとシウたちはバルバルスのところに来ていた。

 数日は、各自好きなように動こうという話になっている。

 シウも今日はロトスと一緒にバルバルスのレベル上げに付き合う。

 バルバルスは順調に結界魔法のレベル上げが進んでおり、封印魔法をイグと一緒になって訓練していた。あれほどイグを恐れていたバルバルスがどうやって、と思ったシウだが、原因は簡単だった。

 ロトス語だ。

 イグもバルバルスもロトスに感化されて、言葉も砕けているが態度も砕けてきている。

([バルやんよ、封印魔法の穴が見付かったぞ])

「え、どこですか。……あっ、これか。イグ様、すごいっすね」

 シウはびっくりして思わずふたりを見たものの、互いに気付いていないようだったので黙っていることにした。




 翌日は、オスカリウス領へ《転移》した。

 行くのはシウとロトスとジルヴァーだけだ。フェレスとブランカとクロは置いてきた。急流登りの訓練が楽しいらしく、オスカリウス領ではそうした「遊び」をしないと聞いて残ることになった。

 イグに子守を頼み、ついでにバルバルスの訓練も見守ってくれると約束してくれたためシウたちは安心して向かった。


 オスカリウス領へ行きたかった理由の一つは蜘蛛蜂の皮だ。リムスラーナの背中の器官を使って実験を繰り返し、《ろ過水筒》を作った。

 これを利用して更に、毒も「ろ過」できるのではないか。そう思い、シウは材料を集めて実験を繰り返していた。

 そして蜘蛛蜂と言えばアルウス地下迷宮だ。現地でなら安く購入できる。

 自身で狩りに行ってもいいが、購入することで時間の節約にもなる。かつ、溜まったお金を動かすのも必要なことだった。

 ついでに最近会っていないのでキリクのところへ行くつもりだ。






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