382 滑り台とイグの本当の姿
下りる際にもちろん滑り台を使う。フェレスとブランカが我先にと滑っていく。その後を追いかけるようにクロが滑るのだが、仮にも鳥型としてそれはアリなのかなと思ってしまった。
「あいつ、仰向けに滑るとか、どんだけだよ」
「うん……」
怖くないのだろうか。それとも、怖い感覚を味わっているのだろうか。シウはちょっぴり心配になった。
少し間を空けて、ロトスも滑り降りる。遊具なんて子供のものだろ、などと言いつつ彼も楽しそうだ。
もちろんシウも楽しんでいる。まっすぐに進む速い滑り台もいいが、くねくねと曲がるのもいい。
もう少し角度をつけてスピードが出るようなものも作ってみようか。トンネルというのも楽しそうだ。滑っていると次から次へとアイディアが出て、到着した頃には構想が出来上がってしまった。
「よし、あっちの崖にもう三本ほど作ろうか」
「いきなり!? 一体何があったんだよ!」
ロトスからの鋭いツッコミを受け、シウは滑り台を作るのだと返した。
結局、ロトス監修の下、何故か川から水を引いてくるという大滑り台を作ることになってしまった。どうやら、大きなプール施設にあるような滑り台がいいらしい。
となると排水処理が必要になる。
ロトスが昼の用意をするというから、その間にシウは「魔法でちゃっちゃと作っといて」と言われ、言葉通りにちゃっちゃと一人で作り上げた。
昼ご飯の前に滑り台三本が完成したものの、午後は出掛けることになっていたから水を流すのは今度ということにした。
試し滑りは当然やる。ジルヴァーはシウが抱っこして滑った。きゃっきゃと楽しそうで、作って良かったと思う。
イグも一緒に滑っていたが楽しそうだ。大人でも楽しいものは楽しい。イグを大人という範疇に入れるのは少し違うのかもしれないが。
「夏になったら、ここに水を張ってプールにしようか」
([プールというと、水遊びの場だな?])
「ロトスから聞いたの?」
([うむ])
「じゃ、夏はここでプールね。滑り台も水と一緒に流れるともっと楽しいらしいよ」
イグはきっきぃーと鳴いて胸を膨らませていた。
滑り台を名残惜しそうにする二頭を説得し、洞穴通路を通って山向こうへ進む。
洞穴を出ると、草木のない拓けた場所がある。そこでイグが元の姿へと戻った。
予め「すごいよ」と言ってあった。
が、やはり想像以上だったようだ。
シウの横で、ロトスがぶるっと震えるのが分かった。あのブランカも怯えて後退る。クロもシウの頭の上で固まったままだ。
ところがジルヴァーは「ぴゅ!」とどこか嬉しそうだった。
そして、フェレスはと言えば、
「にゃにゃっ!!」
大興奮だった。すごい、格好良い! という気持ちがストレートに伝わってくる。
鼻息荒く、自分も同じようになりたいと言う。シウは微笑ましいような、それでいてなんとも言えない気持ちになった。今ここで水を差すのは、それこそ空気が読めないというものだ。
――君は将来どんなに頑張っても古代竜にはなれないんだよ。だけどね、誰にも負けない強い心を持っている。
シウはそっとフェレスの頭を撫でた。
「にゃっ!」
「うん、そうだね」
「にゃにゃーっ」
ふうっと満足げに息を吐くフェレスは、まるで「将来像がこんなところにあったのか!」と言っているようだ。古代竜にはなれなくとも、彼は自分が思うものになれる。
シウは優しく何度もフェレスの頭を撫でた。
フェレスがいつも通り、いやむしろ興奮した状態でイグの足元を走り回ったおかげで、ロトスとブランカも動き始めた。クロは固まったままだったので、頭の上から腕の中へ移動だ。
よしよしと撫でているうちに、力が抜けてきた。
ブランカはフェレスが大丈夫なら大丈夫かなと、そろそろ近付いている。その後ろから、及び腰でロトスも進んだ。
シウが笑うと、ロトスは振り返らずに怒る。
「笑うな、バカ!」
何故か小声だ。シウはもう一度笑った。背中にくっついていたジルヴァーが、揺られたことで一緒になって笑う。
「ぷぎゅっ」
「あ、ジルまで笑ったな!」
「ぴゅ!」
「くそー、こんな規格外で落ち着いてられるのがおかしいんだ」
([わしは規格外か])
「うへー。すみませんすみません、イグ様。俺は美味しくないです!」
([抜かせ。まったく、おぬしはわしを敬っているのやらどうやら])
「えー。神様精霊様イグ様ですよー」
「調子いいなあ」
「シウ、黙れ、黙るんだ!」
「はいはい。イグ、乗っていい?」
([……ふむ。シウはシウで気にせぬな。まあよいか])
イグは呆れた様子で喉をグルグル鳴らすと、頭を地面に付けてくれた。
シウは前回と同じように、角の間にクッションを置いて乗り込んだ。それをロトスが変な顔で見ている。
「何?」
「いや、あの、一番敬ってないのシウじゃね?」
「なんでさ」
「……ドラゴンの頭の上にウサギ柄のクッション置くの、シウだけだと思う」
「ブランカが好きだからだよ。この間は普通のを置きました」
「待って。柄も問題だけど、クッションを置いたことに気がついて」
ロトスの調子が戻ってきたため、シウは問答無用で彼をイグの頭の上に乗せた。フェレスとブランカも呼び寄せる。二頭にはどこでも好きなところに乗っていいと告げたら、背中から翼の方へと走っていってしまった。
「えーと、イグ、大丈夫?」
([問題ない。わしを誰と思うておるのだ。体全体に空気を纏っているので落ちることもあるまい。勝手に遊ばせておけ。では、飛ぶぞ])
「うん」
シウの返事と同時に浮き上がった。翼を動かしながら徐々に飛び上がり進む。
前回とは違う、慎重さがあった。どうやら気遣ってくれているようだ。
シウが角に触れて念話で礼を伝えると、イグが返す。
([わしとて、赤子には気を遣う])
その赤子のジルヴァーはクッションに座って角をパチパチ叩いていた。万が一転がったら困るので、迷子紐を付けた。片方はシウの手首に付けている。
クロはロトスに抱えられて前方を見ていた。
「速いね」
「きゅぃ!」
「楽しい?」
「きゅぃ!!」
スピードが出てくると、クロがそわそわし始めた。さっきまで怖がって固まっていたのに、速いのが楽しくなったようだ。
ロトスも移り変わる景色を見ながら楽しんでいる。
「スゲー、飛竜なんか全然比べもんにならねー!」
([当然よ。あのようなものと比べるでない])
「やっぱ、イグ様ドラゴン様だー!」
([……おぬし、わしのことを本当はどう思っているのだ?])
「えっ、イグ様はイグ様っすよ」
ふたりの妙な会話を笑って聞きながら、シウも景色を眺めた。流れていく山並みと、遠くに見える不思議な地形や空の色。
世界は広い。
曲がりくねる大木や、大きな魔獣たちを眼下に、シウは世界で一番贅沢な空の旅を満喫した。
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