379 早口のヴァルネリと被害者A




 金の日はいつも通りに授業を受けた。

 実は直前まで、シウは休むつもりでいた。

 特訓のために集中したかったのだ。クレアーレ大陸へ転移するのは気軽にできるが、時差の問題がある。できれば泊りがけで行きたかった。

 そもそも学校の生徒は貴族出身者が多く、普段から授業を休むことに抵抗がない。成人した者がほとんどで、すでに爵位を持っている者もいる。となれば仕事片手に勉強ということも大いにあった。

 しかも、この時期は社交シーズン真っ盛りだ。春になり、始まったばかりで体も慣れていない。

 学校自体も休むことには頓着しないような、緩い気風だ。シウも長旅の関係で休んだことがある。

 休んでいる間の勉強を埋めるのには、各教授の考えによるが、論文あるいは補講でなんとかする。宿題を与える教師もいた。ヴァルネリの場合は、宿題+論文+補講という「嫌がらせ」で許してもらえる。

 この日、シウが休まなかったのは思い出したからだ。ヴァルネリの次の被害者のことを。


 最近のヴァルネリはアロンドラがお気に入りである。

 生徒の殆どが被害に遭っている「教授の実験」に付き合った結果、彼女は見事に成功してしまった。

 ヴァルネリが好きなのは「複合魔法による固有魔法の発現」だ。昔、これで論文を書いて教授になったらしい。好きなことを仕事にできるのは良いことかもしれないが、付き合わされる生徒は大変だ。

 シウのように「無理ですー、忙しいですー」と逃げ回れるなら良かったが、大抵の生徒は機関銃のように喋る天才教授を相手に、何も言えないらしい。

 アロンドラは固有魔法を得てしまったがために、ヴァルネリのお気に入りとなってしまった。

 二時限目の自由討論時間では横に張り付かれている。ずーっと彼の複合魔法に関する話を聞かされているのだ。

 以前はシウが対象になっていた。

 シウはスルー能力が高かったため、気にならなかった。気にしていないというか、適当に相槌を打っていた。これはこれで失礼だったと思うが、そこはまだいい。なにしろ授業中だ。一時限目の授業内容について噛み砕いて説明してくれる他の指導者の話を聞きたい。

 アロンドラだって同じ。

 ところが彼女は人付き合いがじゃっかん苦手だ。ましてや相手は教授である。マシンガントークで授業するヴァルネリを相手に、言い返すこともスルーすることもできなかった。

 よって、クラスメイトで守ろうということになっていた。

 そうした話を前回していたため、思い出して休むのを止めたわけだ。


 アロンドラは慣れた相手にはおどおどしないが、相変わらずファビアンやオリヴェル相手には緊張気味の様子だ。

「あ、あの、すみません。ありがとうございます」

「気にしないで。後輩を守るのも先輩の務めだからね」

 にこりと笑うファビアンは紳士だ。カスパルと似た者同士のオタクだが、貴族としての態度は完璧である。オリヴェルも穏やかな性質なので、優しく微笑むだけで安心感を与えていた。

 その二人に囲まれて、アロンドラは顔が赤い。

 オルセウスがどこか遠い目をして呟いた。

「わたしたちへの態度と違うんだけど」

「うん?」

「いつもはもっとお喋りだよね、彼女」

「ああ、まあ」

 本の話題になると止まらなくなるのがアロンドラだ。シウも本好きなので、彼女が暴走しがちになる気持ちは理解できる。

「あーあ。やっぱり太刀打ちできないかあ」

「……何が?」

 ファビアンとオリヴェルたちによる鉄壁のガードを受けたアロンドラを見ていたが、シウはオルセウスに視線を向けた。

「っと、そんな純粋な目で見ないでくれるかな」

「えぇっ?」

「……成人したんじゃなかったっけ、君」

「したよ。もう大人です」

「ぶっ、なんだよ、その言葉遣い」

 オルセウスは複雑な表情だったのが崩れて、笑顔になった。どこか思いつめたような様子だったので、シウは心配になる。

「あー、そんな顔で見ないでくれるかな。その、いろいろあるんだよ」

「ふうん」

「……最近、アロンドラさんがファビアン殿と良い感じだからさ」

「ああ、そういう」

「分かるの!?」

 目を剥いて驚かれたので、シウはムッとしつつ答えた。

「大人ですから」

 その返事に、何故かオルセウスは目を丸くした後に大笑いした。

 当然、ヴァルネリの興味を引いてしまい、アロンドラを守るという今日の使命は無事に遂行されたのだった。


 久しぶりにヴァルネリを横に貼り付けたまま授業を受けたが、それはそれで楽しかった。

 魔法の特訓をする上で気になっていたことを、この際だからと聞いてみたのだ。もちろん魔力庫がどうだとか、シウが訓練するという話をしたわけではない。

「魔法を行使する際の魔力幅かい?」

「そうです。火を出す場合、絞っているから『小さな火』ですよね。僕は魔力は燃料だと思っているわけですが」

「うんうん。なるほど。それで?」

 机にしがみつくように身を寄せ、ヴァルネリは興味津々だということを隠さない。

 シウは苦笑を隠しながら話を続けた。

「太くしたら『爆炎』にもなる」

「まあ、爆炎になるほど基礎属性の火は強くないけれどね!」

 シウは一瞬黙って、そうですねと頷いた。ヴァルネリが目敏く気付く。

「もしかして、火属性魔法だけで爆炎を出せるのかな?」

「いえ」

「君、複合魔法で固有魔法を出現させたんだったよね!」

「それはともかく――」

 早口で次の話題へ持っていくと、ヴァルネリはまんまと忘れてくれた。彼には興味を引く話題を次々投入するのが一番だ。

「体内魔素を練る訓練で、魔力幅も自在に操ろうと頑張ってるんです」

「ふむ。しかし、それは難しいだろうに」

「かなり」

「で、それから?」

「太くしすぎて破裂する、なんてことはないんでしょうか」

「……君、怖いこと考えるね」

「いやだって」

 過去の事例で、そうしたことがなかったのか脳内書庫でもある記録庫を確認したがなかった。というよりも、それが原因と書いてある論文がない。

「人の魔力量というのは生まれた時から決まっているでしょう? 後天的には増えない」

「そうだね」

「でも人族以外ならば、有り得る」

「確かに。ああ、なるほど。彼等が増えた魔力量を上手に扱いきれなくて、爆発的に放出してしまった場合のことか」

 勘違いしてくれたので、そうだと頷く。

「そう言えば、君には希少獣が他にもいたんだっけ」

 と、シウの背後でくっついていたジルヴァーを初めて見たような顔をして言う。どれだけ周囲に興味が無いのか、知れるというものだ。

 ジルヴァーが「ぴゅ」と小さく鳴いてシウの後ろに隠れる。ヴァルネリが怖かったのだろうか。そんな態度を取られたのに、ヴァルネリは気にせず続けた。

「騎獣も魔力量が増えるんだよねえ。羨ましい話だよ」

「そうですね」

「で、爆発した場合か」

 爆発するわけではないのだが、シウは曖昧に頷いた。

「……過去、そうした文献がなかったわけじゃないんだ。ただ、彼等はほら、本能とやらで限界を知っているそうじゃないか。聖獣に関しては僕も門外漢だけどね。国が情報を秘匿するものだからさ」

「ああ、そっか」

「人間だと、エルフだったかな。異常なほど魔力が増えるという奇病に冒された者もいたそうだよ。あれは何という本だったかなぁ。裏付けがないから、真剣に読まなかったんだけどね、最終的には魔法が使えないということになっていた」

「魔法が使えない?」

「魔力を溜めておく器? のようなものから溢れ出てしまって、制御できなかったんじゃないかって話だね」

「死ぬことはなかったんですね」

「その本によるとね」

 シウが考え込んでいると、ヴァルネリが顔を覗き込んできた。

「屋敷のどこかにあると思うから、捜しておこうか?」

 シウは彼の手を掴んだ。

「お願いします」

 ヴァルネリはその手を見つめて、ぼそりと呟いた。

「じゃあ、今度、僕の実験に――」

 ちょうどその時、彼の頭を掴んだ人がいた。彼の従者でもあり授業の補完をしてくれるラステアだ。

 にこりと笑って、ヴァルネリとシウを見る。

「授業中ですよ。それから、生徒からお願いされたことへの見返りを求めるのは、教授としての規範に反します」

 ヴァルネリは、強制的に頭を下げさせられていた。






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