374 逃げ足を鍛えることと、いつものロトス




 バルバルスは歴史をあまり知らないようだった。

 シウは掻い摘んで、古代のオーガスタ帝国が滅亡した謎について説明した。

「ある日、突然、魔素が失われたのだと思う。世界は混迷した。人々は魔法に頼りすぎていた。魔道具は全て大量の魔力を要したんだ。魔法のない生活を誰も知らなかった。生き残ったのは、元々魔力の少ない人たちだった。古代、大型の魔獣が闊歩していたそうだけど、彼等もまた息絶えた。その巨大な体を維持することができなかったんだと思う。皆、魔法に頼りすぎていたんだよ。人間も」

 無尽蔵に魔素が使えるシウだが、普段は節約して魔法を使う。生来の性格がそうさせたが、いろいろ知った今では良かったと思っている。

「魔力が使えない場合の対策も考えてるんだ。基礎的な力、つまり体力だとか筋力のことだけど、鍛えてる。森の中で魔法を使わずに生き延びる術も学んだ。魔道具は魔力を使わずに起動できるものを自分用に作ってる。魔法袋の出し入れも、実は魔力を必要としないんだ」

 空間庫も魔力は必要としないが、万が一を考えて魔法袋に大量の道具類を分けている。

 過ぎる対策はないと思っていた。

「まあ、僕だけが魔力を使えなくなるって自体になったら、もうどうしようもないけどね」

 それでも逃げ切ってみせる。自信があるとかそんなものではない。逃げなくてはならない。

 勝てると思う相手だからこそ立ち向かうのであって、勝てない相手からは逃げるだけだ。

「敵を知って、考えよう。そして、逃げ足を鍛えよう」

「逃げ足……」

「フェレスたちを見てたら分かると思うけど、うち、スパルタだよ」

 言ってるそばから、真横に流れる川を遡って走っている。水を含みながら「ぎにゃ」だとか「ぎょ」といった変な鳴き声だ。楽しいらしい。疲れているようなのに全力で水を掻き分けながら走っていく。

「あの子たちも、魔力が使えなくたって大丈夫。ハイエルフぐらい撒けるんじゃないかな?」

 エルフであるククールスが言っていたが、アポストルスのハイエルフたちは少々運動能力が低いらしいのだ。低級冒険者レベルだと言っていた。もし上級冒険者レベルだとしても、それぐらいならフェレスもブランカも平気で撒けるだろう。

「敵を知ろう、バル」

 アポストルスの持つ魔法について考え、彼等が過去に何をしたのかを調べる。本当に彼等はゲハイムニスドルフが恐れるだけの能力を持っているのか。バルバルス自身で考えたらいい。


 その後、バルバルスは小さい声でこう言った。

「……あんたの親が亡くなったのは、悲しいことだと思う」

 彼なりに何か言わなくてはと考えた末の言葉だ。シウは笑って手を振った。


 バルバルスはその日、幾つかの複合魔法を覚えた。探索と隠密だ。闇属性がないなりに別アプローチで取り組んだ。シウも一緒に考えたそれは、風と無属性で無音を作って、土と風と木と水で補強するというものだった。闇属性による視認低下などのステータスを下げる役割を失う代わりに、他の基礎属性で「自然」を作り上げる。そこにあっても自然な存在だ。土も風も木も水もどこにだってある。ないように隠すのではなく「そこにあってもおかしくない」形にした。

 これもまた、隠密になる。

「すごいね! 新しい複合魔法だよ」

「あ、ああ……」

「忘れないうちに何度も練習するようにね」

「分かった」

 答えた後に、バルバルスは暫し考え、ぼそりと続けた。

「ありがとう」

 そっぽを向いていたが、シウの視線に気付いて顔を戻した。

「ありがとう、シウ」

 気恥ずかしそうな顔で言う。シウは笑った。

「どういたしまして」

 バルバルスはやっぱり、むすっとした顔でそっぽを向いたのだった。



 ところで、休憩で戻ってきたロトスは、

「バル、新しい魔法覚えたのか!? 嘘だろ、マジか」

 などとショックを受けていた。

 散々遊び回った彼は項垂れてしまった。

 いつもこのパターンだなと思いながら、シウは発破をかけることにした。

「ほら、ロトスも頑張らないと。バルに追い越されるよ」

「うげ」

「聖獣なんだから負けないようにね」

「うっせーやい」

「はいはい」

 適当に相手をしていると、ロトスは川縁で開きになっているフェレスとブランカに慰めを求めに行った。疲れている二頭は全くの無視だ。

 クロは体力を温存していたらしく、ジルヴァーの相手をしてくれている。

「ロトス、夜は僕が作るから休んでなよ」

「ういー」

「あ、フェレスとブランカに乾燥だけ掛けてやって」

「おー、そうだな。ほれ」

 濡れたままでいたので頼むと、ロトスはあっさりと全員に乾燥を掛けた。なんだかんだ言いつつ、大抵の魔法は使えるようになっている。

 彼はやればできるのだ。やれば。

 でも褒めるとすぐ勉強の手を抜き始めるので、シウは黙っている。


 フェレスたちは急流を登るという訓練に完全にハマってしまった。楽しくてしようがないらしく、後半、崖登りでは滅茶苦茶になっていた。何度も水に押し流されているのに挑戦するのだ。

 いや、それは無理だろう、というルートで登っていて笑ってしまった。シウが時折、あっちから登ればと指示すると一応登りはするが、後でまたとんでもない場所を登ろうとしている。たとえば、九十度もあるような垂直の崖の、もっとも水量の多い場所を選ぶ。あるいは庇のついた場所だ。どうやっても、つるつるした部分に爪は掛けられないのに、下の岩を蹴って登ろうとする。庇からは大量の水が降り注いで、顔に当たるものだから後方へ真っ逆さまだ。滝壺があるからドボンと沈んで終わり。

 そうした訓練、もとい遊びを何度も繰り返していた。

 上へ到着しても、今度は急流すべりを楽しんで落ちてくる。

 急流すべりに関してはクロが一番楽しそうだった。いくら希少獣とはいえ鳥型の彼が水中に潜ったまま流れていく姿は、今までも水中の彼を何度も見ているが、やっぱりどこかハラハラするのだった。

 ブランカは、足のつかない場所では泳ぐのかと思えば潜水したまま歩いていた。よく息が続くものだと思うが、苦しくなったら泳いで上がっているので大丈夫なのだろう。肺活量が鍛えられて良かったと思うべきか、悩むところだ。

 とにかく、ロトスも一緒になっての急流登りは楽しい訓練となった。



 晩ご飯はイグも食べる。

 彼に今日あったことを話しているとロトスも自然と混ざって会話が始まった。

「イグ様ー、俺たち崖登りに挑戦したんだけど」

([ほう。おぬしらには吸盤がないから登りづらいだろうに])

「そこは気合いで」

([気合いとな])

「とはいえ、魔法使っちゃいけないって縛りプレイがあるから大変っすよ」

([縛りプレイ?])

「うっす。まあ、ルールを作って制限かけるってことで。ゲームみたいで楽しいっちゃ楽しいけど、フェレスもブランカも滅茶苦茶だからなー」

([ほうほう])

 バルバルスはよく分からない顔をしつつも、ふたりを交互に見ていた。どうも会話に参加しろと言われているようだ。なんとか口を挟もうとしている。

 しかし、ロトスもイグもぽんぽんと言い合っているので難しそうだった。

 シウは助け舟を出すことにした。

「こっちの訓練も進んだよ。バルが新しい複合魔法を覚えたんだ」

「ちぇー」

([なんだ、おぬしは参加せずか。それで崖登りで遊んでいたというわけだな])

「崖登りも立派な訓練なんですー」

([さようか。で、おぬし、おぬしだ])

 トカゲの前足でバルバルスを指差し、イグは続けた。

([何やら魔力がこなれてきているではないか。上手に魔素を纏わせておるし、体内魔素の循環も真面目にやっておるようだ。そこの面白い賢獣とは別のようだな])

「あ、いえ、その……」

「ちょっと待ったー!! 面白い賢獣ってナニ!?」

 あ、そこで突っ込むんだ。思わず笑ってしまったシウである。

 イグのことを本能的に恐れながらも、自然体で付き合えるロトスはやはりすごい。

 釣られたのか、バルバルスも笑った。

(バルやんが笑ったぞ!)

 ロトスの念話は、シウだけでなくイグも受け取ったようだ。

 イグは「きっきぃー」と楽しそうに声を上げた。


 バルバルスはビクッとして笑顔を引っ込めてしまったのだが、楽しい夜だった。







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予約投稿ミスしてました……

追記)古い方のデータで投稿してました……orz



「魔法使いで引きこもり?」のコミカライズ版二巻が

 明日 7月23日 に発売です


魔法使いで引きこもり? 02 ~モフモフ以外とも心を通わせよう物語~

(MFコミックス アライブシリーズ)

著:YUI先生

ISBN-13: 978-4040658063


王都での暮らし、新しい出会いなど盛りだくさんです

当作品で人気のルコも登場します

よろしくです!




更に、原作五巻も7月30日に発売します


魔法使いで引きこもり?5 ~モフモフと楽しむ異国の文化~

ISBN-13: 978-4047354982

イラスト:戸部淑 先生


五巻は、魔獣の氾濫騒ぎの後日談と夏休み編が中心となっています

シウの夏休みのメインは闘技大会の観覧!

とはいえ、シウは相変わらずで、マイペースに過ごしています


今回、聖獣プリュムが出てきます

幼いプリュムの両方の姿を、戸部先生が描いてくださっております

とっても可愛い姿にきゅんきゅんすること間違いなし

お手にとってご覧いただけたらと思います

よろしくお願いします!








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