372 命を育て、人を育てる

02 372 命を育て、人を育てる 20190306



([大地も草木も何もかも、生まれ持つ生命の源を強引にこじ開けられる。死んだあとに、残っていたであろう生命の力を剥き出しのままに使われるのだ。そうやって出来上がった森が、そのまま生を続けられるものか。……赤の同胞が放った高温の炎は、全てを消し去った。それと同じよ。灰が崩れ落ちるのと同じように、失われた])

 イグの話を聞きながら、シウは想像してみた。

 死に絶えた土地に魔法をかける。創生魔法という名の、強大な力だ。

 戦いによって死んだ土地を無理矢理に起こす。やがて大きな森になった。それが、あっという間に消え去ってしまう姿。

 なんて寂しい景色だろうか。

([……命を弄ぶような所業だと、思うたものだ])

「僕の魔法も、あまり変わらないような気がするけど」

([何を言う。シウは、水を与えたではないか。休んでいた土に栄養を与えたではないか。地下から汲み上げた水のなんと美味しいことよ])

 水たまりを見つめ、イグは大きな前足でそろりと触れた。ちゃぷ、と小さな音と共に波紋が続く。

([新しい、これからの生命を与えたではないか。種は力を与えられた。水と栄養と魔素と、おぬしの愛だ。育て、元気に育てと願うたではないか])

「そうだね」

([その生命の持つ力以上を無理にこじ開けようとはしなかった。きっかけを与えて、ほんの少し育てただけだ。見れば分かる。なによりも、おぬしは生きているものに力を与えた])

 イグがハイエルフを嫌う理由の一端は、これだったのだろう。創生という言葉からは想像もつかない魔法だ。また、イグが禁忌だと言うのも理解できた。

 シウは今日のことを忘れないようにしようと心に誓った。

 同じことをしてしまうかもしれないからだ。絶対ないとは言えなかった。

 ――創生魔法が最初から禁忌だったかどうかは、誰にも分からない。何かの理由があって生まれたのだとしたら、どうだろう。シウは自分の心の弱さを知っている。

 イグの大きな前足を見ながら、シウは自分の手のひらを比べるように前へ出した。

「確固たる自信を持って行動できる人が、どれだけいるんだろうね」

([うむ])

「……自戒して、心にしっかりと刻むよ」

 イグは何も言わなかった。ハイエルフの血を引くシウのことを考えたのかもしれないし、過去のことを思い出していたのかもしれない。彼は遠いところを見ていた。





 大地の状態を確かめ、問題がないと分かってからシウたちは《転移》で戻った。

 日帰りだったからかジルヴァーは前回と違って余裕がある素振りだ。鳴いて引っ付くほどではなかった。それでもぴっとりとしがみついているので、可愛らしい。

 ジルヴァーを体に張り付かせたまま、シウは食事を作った。


 その翌日、風の日はバルバルスとフェレスたちの訓練だ。体作りは順調なので魔法の指導をしつつフェレスたちも鍛える。

 バルバルスにはピアスを付けさせた。イグの結界の外へ出るため見た目を誤魔化す魔法を付与したものだ。ロトスが付けている幻惑タイプの首輪とは別にした。

 ロトスのものは精神魔法などを主体にして見た目を曖昧にさせている。彼いわく「イケメン」すぎるので、印象をぼんやりさせればいいだけだった。あとは匂いを消している。別の生き物の匂いを付けることも考えたのだが結局やっていない。見た目の印象が曖昧なのに、匂いがあるのは少々変だからだ。あとは、ロトス自身の魔法で掛けることを想定して、匂い付けは止めた。消すことはなんとかできても付けるところまでは無理だったのだ。

 ロトスはそれで良かった。生まれた国ウルティムスに見つかっても、なんとでも言い逃れできる上に、すでにこちらは成獣だ。嫌だと言えば――それで済む問題ではなかろうとも――問題ない。また、たかが聖獣一頭のために国から捕獲のための人員を出すほどウルティムスも馬鹿ではないはずだ。

 しかし、バルバルスはハイエルフである。敵対する同胞のアポストルス族に見付かれば、捕らえられるか殺されるか。生け捕りにされたとしても、ろくな扱いにならないことはシウもククールスから話を聞いて知っていた。バルバルスはただ殺されるだけだと思っているようだが。

 とにかく、相手は能力の高いハイエルフである。見た目だけを変えてもバレてしまう可能性が高い。

 よって、最近考えた魔術式を付与したピアスをバルバルスに付けた。取れないように《固定》もする。

「《容姿変更》と名前を付けたんだけど、無属性魔法の認識阻害を使いつつ光と闇と無で補正してる。造形は生産魔法で作り上げてみた。風と無の複合魔法で匂いも消してる」

「す、ごいな……」

「左耳のは《ステルス》能力を付けてるからね。隠れて逃げるのに向いてると思う。普段は発動しないから、動かす時は触れて魔力を少量流すこと。分かった?」

「ああ。分かった」

 ステルスという言葉はロトス語として浸透しており、みんな隠密とは呼ばなくなっている。

 実はイグもすでにロトス語をマスターしていた。教えてあげたら面白かろうと思っていたのに、シウの予想以上に彼等の会話は進んでいたらしい。

 そのうちイグの口から「チート」だとか「リア充爆発しろ」だなんてセリフが出てくるかもしれず、想像したら楽しくなったシウである。


 バルバルスの装備はとにかくロトス以上に慎重なものとなった。足元のみならず服にまで、追術魔法対策の付与を施している。

 そこまでしても、バルバルスは結界の外に出る際は緊張していた。

 まあ、後ろから早く行けとでもいうかのようにブランカが頭をぶつけて押し出していたのだが。


 さて、そんなこんなで森の中だ。

 ロトスはブランカに乗り、シウとバルバルスはフェレスへ乗っての移動となった。クロは先行だ。ジルヴァーはもちろんシウにくっついている。彼女を前に抱き直して、森を進んだ。

 到着した場所は激しい流れの川で、ほんの少し拓けている。

「よし、ここで訓練しようか」

「にゃ!」

「ぎゃぅ~」

「きゅぃ」

 やる気満々なのはフェレスたちで、バルバルスは挙動不審で返事どころではなかった。

 ロトスがにやにや笑って彼の肩を叩く。

「だいじょーぶだって。シウ先生の魔法が付与してあるんだから」

「あ、ああ……」

「この俺の目から見ても、冴えない青年姿だぞ! 良かったな!」

 褒めたつもりらしいが、ロトスのセリフを聞いてバルバルスは微妙な表情になった。ハイエルフの中でも能力者の彼は美形だ。そもそも、彼の出身地ゲハイムニスドルフの人々は美形揃いだった。その中でも血が濃いほど美しくなるらしい。原初となる精霊はどうやら相当美しかったようだ。

 もっとも、シウは全く恩恵を受けていない。どうやらシャイターン人らしい母親の血を濃く引いたようだ。

「とにかく、見た目も能力も偽装しているから問題ないよ」

「能力も?」

「闇属性を付けているからね。ハイエルフにはない魔法の能力だから『鑑定』されても大丈夫だよ。バルが持っている封印と強圧魔法も見えないようにしてるから」

 だったら、とバルバルスは少し力を抜いた。

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