362 魔素水と栽培、筋肉モリモリはアウト?




 水晶竜の雌は、少し落ち着いて頭の位置を戻してくれた。

(竜苔をもらったんだ。だけどほら、育つには時間がかかるでしょう? ちょっとした事情があって、栽培して増やしたいなーと)

(竜苔までもらったの? あなた、すごいわね)

(栽培の実験をするのに、このあたりならちょうどいいかなと思ったんだ。一応、地上に作るつもりなんだけど……)

(ああ、それを言いに来たのね。いいわよ。地上なら勝手にして)

 なあんだ、という空気を感じる。身構えていた彼女は、ゆったりと力を抜いた。

(そう言えば、ここの地下にも竜苔があったのよ。たまーに舐めていたわ。懐かしいわね)

(栽培が上手くいけば、あげようか?)

(ほんと!? それは嬉しいわね)

(じゃ、また様子を見に来るよ)

 挨拶して出ていこうとしたのだが、頭がぬうっと寄ってきた。

(待って。お礼をしてないわ)

(お礼? いらないよ。赤ちゃんが元気に育ってくれたらそれで)

 シウの言葉に、彼女は動きを止めた。それからまたゆっくりと頭を地面すれすれに下ろす。

(変な人間ね。いいわ。でも、何か考えていて。わたしたち、今は動けないけれど、十年もすれば一段落つくわ。なんだったら背に載せて飛んであげてもいいのよ)

 お礼をしたいという気持ちだけで十分だ。シウは笑った。

(ううん、本当にいいんだ。前にいろいろもらったし。それに空を飛ぶのは、騎獣がいるからいいよ)

(あら、遅いでしょうに)

(早いよ?)

 ムキになったと思ったのか、彼女は笑った。それから目を細めて顔を寄せた。

(古代竜もいるものね?)

(あ、そうだね)

(ふふ。分かったわ。じゃ、今度赤ちゃんを見せてあげる。落ち着いたらよ? 今はだめ)

 分かっている。

 シウは頷いて、了解した。

 それから小さな樽に詰め替えたコルディス湖の水を置いていく。

 結界を張っているが、親である水晶竜の彼女が突けば弾けるような弱さにした。これで新鮮な水を飲みたい時に飲めるだろう。

 そんな些細な事にも彼女は喜んでいた。


 地下への通路を直してあげたい気もするが、今は止めた方がいいだろう。

 赤子を生んだことで、益々濃度が高くなった魔素が拡散してしまう。せっかく清浄な土地なのだ。結界を張っているとはいえ、魔獣を呼び込むかもしれないような危険な真似はしたくない。

 赤子のためにも。

 生まれてすぐの赤子は魔獣に抵抗する術がない。それはどんな生き物でも同じだ。

 なのでリーダーの雌が言った通り、十年経ってから地下がどうなっているのか確認しよう。もっとも、その頃には彼女は忘れているような気がしたシウである。



 リーダーの了解も得たところで、シウはウィータゲローの地上で竜苔の栽培を行うことにした。

 実験なので幾つかにブロックを分ける。風避けとして木製の壁で囲んだだけのもの、ガラスの温室にしたものなどだ。

 温室は強度を高めたガラスを使って結界も張っている。魔素は透過する仕様だ。

 それを何棟も並べた。温度調節もしている。イグの住処は比較的暖かかったので、寒冷地では育たないかもしれないからだ。

 地面の下にはタンクを作り、そこに高濃度聖魔素水を薄めた状態のものと、原液に分けてみた。他に綺麗な地下水のタンクも用意する。

 これらを各場所ごとに自動で散布するよう設計した。

 ここまで、魔法を使って作り上げた。

「設計通りに上手くいったね」

「ぴゅ」

 ジルヴァーは水晶竜の前でも怯むことなく、静かに過ごしていた。さすがだ。

 イグの前でも平然としているので将来が楽しみである。

「あとは、魔素を吸収させてる杭かな」

 中心地に打ち込んだ杭を確認するが、問題はなさそうだった。循環も上手くいっている。この一部を温室に繋いだ。

 結界もしっかり役目を果たしているようだ。

 綻びがないか、固定している術式を再度確認しメンテナンスする。

 水晶竜の雌も何も言っていなかったが、念のため《全方位探索》を強化して確認していく。時折、《感覚転移》で視る。

 氷でできた山頂、どこまでも冷たい切り立った岩山、不毛の大地と呼ばれる地表。かつて雄が住んでいた洞穴や、地下にまで飛ばす。

 結界の外も視てみた。

 遠く離れて、生き物の気配が感じ取れる。

 本当に遠い。

「『生が凍る』とはよく言ったものだよねえ」

 ウィータゲローは本当に、水晶竜以外の生き物の気配が感じられない場所だ。

 どうかすると水晶竜でさえも作り物のようだった。

 美しく輝く竜は、水晶しか食べない。

 その水晶竜が赤子のうちは、水を飲む。

 世界は不思議だ。シウは何やら面白く感じて、景色を眺め続けた。




 シウがウィータゲローから《転移》で戻ったのは昼頃のことだ。

 ロトスがバルバルスと一緒に昼ご飯を作っており、シウは帰りが遅くなったことを知った。

「ごめん、今日は作ろうと思ってたんだけど」

「いいって。これも教育のうちだし。なっ!」

「はいっ!!」

 直立不動で答えるバルバルスに、シウは一体何があったのやらと首を傾げるばかりだった。


 ロトスはシウたちの分も作ってくれていた。戻るか戻らないか分からないのにと思ったが、魔法袋を持っているから構わないらしい。そもそも魔法袋には食材が大量に入っている。

 ところが、肉は狩ってきたものだという。

「結界の外に出たんだ?」

「俺だけでな。バルも封印魔法で結界張れるだろうけどさ。そこまで訓練できてないから」

「ああ、そっか。そうだ、魔法の強化は僕もやるよ」

「おー、任せたー」

 俺は筋肉担当な、とニヤニヤ笑っている。

 けれど、残念ながら彼に筋肉はない。相変わらずひょろりとしているのだ。言い換えればスラリとしていて、シウの前世の記憶ではアイドルやモデルと呼ばれる男性たちがこんな格好だった気がする。

 筋肉がいいのならとシウは思いついたことを口にした。

「プリュムだと筋肉モリモリに育ててくれるかもね」

 ところが、ロトスは酸っぱいものを食べたような顔で睨んでくる。

「おい、やめろよ。アレはない」

「そう?」

「あそこまで行くと、アウトだ。大体バルを見てみろよ。いくら男性体? つってもバリバリ美形じゃねーか。この顔に、プリュムみたいな筋肉モリモリはアウトだ」

「ふうん」

「俺なんて更に美形だからな。適度に筋肉。コレ大事」

「分かった」

「……本当に分かってんのかね。まあいいや。とにかく、体を動かすのは俺が担当する。こういうの、性に合ってるわ」

 騎獣十五頭を教育してからロトスは新たな才能を開花させたらしい。本人が楽しそうなので、良かったと思う。シウはバルバルスに向いた。

「そういうことで、僕は魔法担当ね。今のところ問題はなさそう?」

「あ、う、まあ。あ、いや。はい。問題ない、です」

 最初、曖昧な返事をしていたバルバルスは途中でロトスの顔を見てから慌てて言い直していた。本当にどんな訓練を行ったのか。少々気になったシウだ。



 久々に遊びたかろうと、シウはロトスを強制的に休ませた。バルバルスのことが気になりつつも、ロトスは転変するやクロを連れて結界を出ていった。人間姿が長かったので、のびのびと楽しんでほしい。

 シウたちは結界内で訓練を行う。

「僕らは騎乗の練習をやろうか」

「魔法じゃないのか?」

 バルバルスがぽかんとした顔で言う。さっきそんな話をしていたのを、ちゃんと聞いていたようだ。シウは苦笑した。

「うん、魔法もやるよ。でもほら、魔法は自己学習ができるけど騎乗訓練ってできないよね?」

 ロトスがバルバルスを乗せるとは思えない。彼等にまだそこまでの信頼関係はない。シウもロトスには数えるほどしか乗っていなかった。もっとも、シウの場合は「ロトスは人間だ」と考えているからだが。

「いざって時に乗れないと困るから覚えておいて損はないよ」

「わ、分かった。……分かりました」

「うん」

 どうやら言葉遣いも厳しく教え込まれているようだ。シウは笑って頷いた。

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