360 分限者、飴ガム、神様のこと




 シウの表情を見て、エドヴァルドは笑った。

「極めつけは、その子だ」

 シウの抱くジルヴァーを見て、エドヴァルドは更に優しく笑った。

「どこに、希少獣四頭を個人で持つ者がいるだろうか。騎獣二頭、小型希少獣一頭、最後は希少中の希少種で大型だ。アトルムマグヌスを個人で持てる者は分限者だと言われているんだよ。同時にこうも言われている。『もっとも頭の良い分限者』だとね」

 意味が分からずにエドヴァルドの目を見つめると、彼は微笑んだ。

「ただでさえ賢い獣の、更に賢いとされる希少獣として生まれたポンゴやアトルムマグヌスは飛べさえしたら聖獣と呼ばれていただろうと言われるほどなんだよ。君なら知っているよね? 古代の本を読み漁っている君なら」

 王族もそうしたことは知っていて、彼等から、あるいは物知りが貴族たちへと伝えた。

「『賢獣を統べることのできる者は賢者である』。これは各国の王族や、上級貴族に伝わる言葉だ。聖獣を下賜される際にも賜る言葉のようだね」

「アトルムマグヌスも、それに準ずるってことかあ」

「そういうことらしいよ。調べた人がいたみたいだね。進言したら、王族はすでに知っていて……という流れらしい。僕はそのパーティーには出ていなかったけれど、こうした噂はすぐ広まるから」

 そして、シウはここに来て「途轍もない金持ち」であり「シーカー魔法学院に若くして入学した才能のある者」として認知されたらしかった。

 つまりそれは。

「君、授爵も有り得るよ。次に何かラトリシア国へ貢献したら、ね」

「えー」

「言うと思った! ははは。とにかく、そうなると女性陣の目の色が変わる。ビアンカ嬢の父君もきっと彼女に言い含めたのだろうね。伯爵家ならば学校内の噂も調べたろうから、娘のやったことを知って叱ったかもしれないよ。とにかく、そうしたことだから今の君は平和に過ごせるというわけだ」

 良かったね、とエドヴァルドはシウの肩をポンと叩いた。それはとても嬉しそうに。



 シウはまた生産の授業を休み、朝のうちに薬師ギルドへ行った。

 春休みの間に考えていたウェルティーゴ対策の案を伝えるためだ。当初は別のアプローチを考えていた。たとえば特定の匂い消しの魔道具などだ。

 でもサナティオという薬草を発見して思いついてしまった。匂いで体に不調を来すのならば、体を元に戻せばいい。匂い消しならばシウの作った《強力消臭飴》がある。人間用のそれを騎獣用にレシピを改変し、そこに癒やし効果をもたせればいい。ただし、サナティオは癒やし効果があったが特殊な素材なので汎用性がない。

 そこで金青花を思い出した。これは気脈に沿って体内を安定させる効能があった。魔力過多症に使われるものだ。過多症に向いているだけあって繊細な病気にも使われることから、安心できる素材だった。しかも匂いが良い。

 シウはウェルティーゴ対策として、不快な匂いを排除しつつ良い匂いがする「おやつ」を開発した。飴ガムだ。犬ガムを参考にしている。これをガリガリ噛んでも良し。ちょっとずつ舐めてもいい。小さな子にはお湯に溶かして飲むという案もある。

 とにかく、希少獣たちが楽しめるようなおやつとして工夫してみた。もちろん、毎日食べても体に問題はない。体内を安定させるだけで、副作用もない代物だ。問題なければただ排出されていく。だからこそ魔力過多症にも使える。魔力過多症のほとんどが子供で、金青花を使った薬を「少量ずつ毎食飲む」のだ。そういう、優しい効能だった。

 シウのこの説明とレシピを、パゴニ婆さんは喜んだ。

「薬師ギルドからレシピを公開していいんだね? これは売れるよ!」

「あ、でも、広く知られるように――」

「分かっておるよ。儲けを出そうとはせん。……ちょっと興奮しただけだ」

 目の色が変わっていたので、つい口を出してしまったが、パゴニ婆さんはすぐに落ち着いたようだった。

 このレシピは騎獣料理専門店ガウディウムのエミリオにも伝えるつもりだ。彼なら、もっと良い料理に変身させてくれるだろう。騎獣を持つ貴族家への料理配送も増えつつあるそうだから、ぜひ紹介してもらいたい。ウェルティーゴについて話した際も憤慨していた彼だ。きっと良い形で伝えてくれるだろう。

 念のため、パゴニ婆さんが検証作業をしてくれるという。シウの実験資料を元に、シウが考えつかなかったアプローチで調べてくれるはずだ。

 後のことは彼女に任せることにした。



 その後はフェレスたちと共にイグの小屋へと《転移》した。

「騎獣屋の方は出来上がってきてるよ。騎獣たちのことも心配しなくていいからね。プリュムが養育院に見に行ってくれてるし、二頭ずつ街を歩かせてるらしいよ。騎獣屋へも連れてきてたんだ」

 ロトスに報告するとホッとしたようで、そっかーと力の抜けた返事をする。が、彼は今、スパルタなのだった。急に振り返ってバルバルスを叱る。

「おい、気ぃ抜くな。魔力の流れが緩んだぞ!」

「は、はいっ!」

 バルバルスは魔道具による結界を張った中で強圧魔法を使っていた。ロトスはそれを外から見ている。

「せっかくイグ様が相手してくれたんだぞ。もっと真剣にやれよなー」

「はいぃっ!」

 それを見ていると、シウはほんのちょっぴりだがバルバルスが可哀想だと感じてしまった。下半身を震わせながら岩の上のイグに向けて威圧を掛けているのだ。

 あれだけ恐れていた相手と同じ空間内にいるだけでも成長したのに、更に威圧を掛けさせるなど厳しすぎやしないだろうか。

 そう思いつつもシウはロトスに丸投げしている自覚はあったので噤んだ。

 あとでバルバルスを労えばいい。もちろん教官役のロトスもだ。


 彼等の訓練が終わると、シウは真っ先にイグのところへと向かった。

「相手してくれてありがとう」

([構わぬ。あのロトスという小さいのも、面白いものだ。そうよ、あれも神の愛し子であろう?])

「あ、うん。ロトスが言ったの?」

 そう答えてから癖で見回す。もちろんバルバルスが傍にいなかったからこそ、答えたのだが。

([他の人間には内緒なのだな? うむ。気をつけよう。ま、話しておるうちに、そうかもしれぬと思ったのよ])

「彼、発想が変わってるもんね」

([おぬしも変わっておるがな。……アレは、なんというのか、賢いだけの獣ではないのよ。どこか人間臭い。それでいて不思議な気配を感じる。神とは一体どういった存在なのか、わしは改めて考えておるところだ])

 その瞳は澄んでいるのに深い穴のように黒く、彼が神に次ぐ存在なのだとシウに知らしめる。シウこそ、イグは一体どういう存在なのかと問いたいほどだ。

「僕らは同じ神様に出会ってるんだよ。だから親しく感じられる。残念ながら、この世界の神様と同等なのか、違うのかさえ分からないんだ」

 でも、神子に託宣を与えたことがあると言っていた神様だ。この世界の神だと、シウは思っている。

 そうなるとサヴォネシア信仰と呼ばれる七柱の神々はどこから出てきたのか。

「……イグ、女神サヴォネっているのかな?」

([サヴォネシア神族か。わしは、いた、と思っておる])

 過去形だった。そして、イグはロワイエ大陸で長く伝わるサヴォネシア信仰について知っていた。

([わしは、神の存在を感じておる。だが、それがきょうだい神だとは感じられないのだ。しかし、大昔、神には七つの下僕しもべがいたと聞いたことがあるのだ。代弁者として生き物を導いた。そう、聞いたことがある])

「古代竜の仲間に?」

 イグは鼻息と共にきっきぃーと鳴いた。

([ふふ。古代竜か。そう、わしらの同胞の中でも年寄りが語っておった。若造だった当時のわしは聞き流しての。なるほど、あの時の心境を今味わうとは不思議なものよ])

 歳を取り、年寄り竜の気持ちに近付いたと言いたいらしい。シウは笑った。

 もう随分と過去の出来事になってしまったが、シウの場合は逆だった。年寄り気分が抜けずに、若者らしくない若者だったのだ。

 シウの気持ちが伝わったわけではないだろうが、イグもまた笑った。きっきぃーと鳴いて、頭を振る。

([長く生きておると、面白いことに出会えるものよ。生きていて良かったと思えることにもな。おぬしら神の愛し子と直接会えたことは、わしにとって僥倖であった])

 その言い方に、シウは片方の眉を寄せて返した。

「これからもまだ何度だって出会えるよ。面白いことに」

([……うむ。そうだ。そうだな。やれやれ。年寄りのことを思い出して、つい、年寄り気分になってしまったわい。いかぬな])

「若者気分を味わうために、新しい宝石はどうかな?」

 イグはぎょろりとシウを見るや、偉そうなフリをして、ゆっくりと頷いたのだった。

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