359 転移と饅頭のアンコのシウと学校の平和




 シウの転移は一瞬で済んだ。いつもの、トカゲのイグが住んでいる小川の傍に立つ。真夜中なので辺りはシンとして静かだった。小屋から気配を感じるので、皆寝ているのだろう。誰も外で警戒していないのはシウが結界を張っていったからだが、そもそもイグの結界も残っていた。世界で一番安全な場所だ。

「一瞬だったね」

([うむ])

 頷くのだが、イグはその頭を今度は横に振った。それから右へ傾けたままに反対側の左足を上げる。

([おぬしの転移は少し変ではないか?])

「え、どうして」

([わしが飛び乗って、右足を付けて左足を下ろそうとした時に転移したが、そのままであったぞ。他のものの転移を知っておるが、こうではなかった])

「あ、うん。そう?」

 そう言えば「他人の転移では空間魔法持ちは時間を要したような気になる」ことを思い出した。それなのにシウの転移では感じなかったという。

「なんでだろ?」

([おぬしに分からぬもの、わしが分かるものか。ただ、他のものに転移してもらうのはやはり便利であるな。いつもの怠い疲れがない])

 やはりかなりの魔力量を必要とするらしい。シウは脳内の魔力量計測を見て、おののいた。

「うわー。今まで見たことのない魔力を使ってる」

 イグに「どれだけ魔力を使ったか数値化して確認している」と伝えたら呆れたように、きっきぃーと鳴かれた。

([それほど細かに魔力のことを考えておるのに、魔法を使いすぎて倒れるとは。ちぐはぐな子だ])

 ということらしい。


 大陸間移動だ。しかも端から端と言ってもいいのに、今回の転移魔法では目眩を起こすことはなかった。

 シウの推測では、空間魔法は神様からのギフトに近いことや、毎日のように常に使っていたことで放出に慣れているからではないかと考えた。

 もしくは単純に前回の支出魔力量が一定数の基準を超えたかだ。

 いくら無尽蔵に魔素が詰まっているという魔力庫でも、使う人間に問題があるということだろう。

 イグが教えてくれたように、人間にも魔力の通り道がある。普通の人は魔力量が決まっているため、使いすぎても気絶して倒れるだけだ。もちろん、行き過ぎると死んでしまう。シウも一度失敗したことがあった。

 シウのように魔力の入れ物を別に持っている人間は――つまり他に「神の愛し子」がいる場合はともかく――ほぼいないはずだ。つまり魔力を通す道を超えてしまったがために倒れる、という症状もシウぐらいしか経験していない。だから想像さえしていなかった。

 これはシウの怠慢だ。

 イグには魔力を使う勉強をするようにと言われているし、転移の件でもイグとシウでは違う。

 シウは少し考え、イグにお願いした。

「またクレアーレ大陸へ一緒に行ってくれる?」

([構わぬが。それほど楽しかったのか])

 きっきぃーと嬉しそうだ。シウは彼の言葉に頷いて答えとした。




 朝はすぐやって来た。時差のつらさを感じつつ、シウは起き出してきた皆に料理を振る舞った。

 寝ないまま外で作っていたのだ。もちろん起こさないよう空間魔法で結界を張っていた。彼等は誰一人として(希少獣でさえも)シウが外にいると気付かなかった。

 ぽかんとして立っているロトスとアントレーネは置いておき、シウだーと喜んで駆け寄ってきたフェレスとブランカとクロにまず朝食をあげた。

 我に返ったロトスが慌てて小屋に戻り、ジルヴァーを抱っこしてきてくれる。

「ぴゅぴゅ!」

「はいはい。シウだよ。ごめんね、置いていって」

「ぷぎゅ!」

 さすがに二日も顔を合わさずにいたので寂しかったようだ。赤ちゃんらしく一生懸命に鳴く。それを聞いて、すでに食べ終わったブランカが「ぶーたんも!」と鳴き出した。

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅ!!」

「うんうん。分かったから。口元はちゃんと舐めようね~。はい《浄化》」

「ぎゃぅ!」

「にゃにゃにゃ。にゃにゃ!」

「フェレスは綺麗だねー、って発動した後か。クロもおいで」

「きゅぃ!」

 彼等はシウが一人でいなくなることに慣れているし、留守番の経験もある。でもジルヴァーに釣られたようだった。

 皆からむぎゅむぎゅにされて、シウは苦笑した。


 その間に再起動したアントレーネは、赤子たちにご飯を食べさせ始めた。

 ロトスは呆れながらも時々茶々を入れ、バルバルスにあれこれ指示している。

「こっち来て食べろっての。イグ様は怖くないってば。あんだけ教えてやっただろーが。もう。あと、シウはいつものことだから。突然現れるし気配が感じないのも普通だって。気にすんな。気にしたら負けだっつうの」

 その説明はいかがなものかと思ったが、シウは黙って押しくら饅頭になっていた。


 イグの小屋にバルバルスだけ置いていくのは可哀想だからと、ロトスが「少しの間ついててやるよ」と言ってくれた。なんだったらフェレスたちも置いていっていいと言うのだが、屋敷に戻らないわけにもいかず断る。本獣たちもシウと離れたくないらしい。ただ残念なことに、シウはこの後すぐに学校へ行くことになるのだが……。

 とにかく慌ただしい朝の別れとなった。

 イグは普段通り、岩の上で朝日を浴びて前足を振っただけだ。

 バルバルスは悲壮な顔をして、ロトスの後ろに隠れて見ていた。若干、恨みがましい視線のような気もしたが、シウは気にせず皆を連れて《転移》したのだった。




 このようにして春休みは終わりを告げ、また学校のある生活が始まった。


 授業で変わったことと言えば、魔法建造物開発研究科だ。実地勉強として、シウがオーナーとなる騎獣屋の建物を作り始めた。図面通りに魔法を使って建てていくのだ。もっとも生徒はほぼ見ているだけで、ほとんどは大工などの専門家が作り上げていく。その時々に魔法を使って簡略化する。

 たとえば基礎工事では、土の硬化や鉄筋を入れて固定するという方法。壁材の乾燥を早めるなどは魔法が大変便利だった。大工たちの魔法を使わない知恵というのもあって、現場ですり合わせをする。報告し合って話し合いながら図面を変更するなどの経験は、生徒のためになった。

 大工たちには手間だったろうが、それも踏まえた上での注文をしている。


 創造研究科でも事態は劇的に変わった。シウを目の敵にしていたビアンカがおとなしくなっているのだ。

 何故だろうと首を傾げていたら、エドヴァルドが春休みの出来事を教えてくれた。

「社交界での時流に乗り遅れないようにと必死のようだね」

「んん?」

「勇者の口から出たシウに、手を出すのは得策ではないと知れ渡ったんだよ」

 以前も聞いたことはある。ニーバリ領での魔獣スタンピード問題を解決した勇者は、補佐に回ったエサイフらのことを兄貴分のように慕っているそうだ。エサイフがシウについて話したことで、勇者は会ったことのないシウを王城の晩餐会で口にした。

 ラトリシア国はニーバリ領の件で勇者に借りを作った。王都で派手なパレードをしたことからも分かる通り、勇者には頭が上がらない。

 そこまでして勇者が特別なのには訳がある。

「どの国も勇者を敵に回したくはないんだ」

 エドヴァルドが言う通り、魔王が現れた時に対抗できるのは勇者だけだと言われている。そうした絵本があって、皆が子供の頃に一度は読まされているそうだ。

 ここで言う魔王は魔人族のことだったり、脅威の存在だったりする。勇者や英雄というのは怖いものに対する切り札だ。人間の根底には魔獣への怯えが刷り込まれている。そうしたものを払ってくれる存在は神の代理のようなものだ。

 三段論法ではあるが、シウに勇者への繋がりがあることを今更ながらに思い知ったというわけらしい。その上。

「ヴィンセント殿下が大物貴族のクストディア家を相手に引かず、君の肩を持った。次期国王のお気に入りともなれば、誰だって流れを読むさ」

「あー」

「しかも人質問題も君が介入したことで解決した、とまことしやかに噂されている」

 それも嘘ではない。ないのだが、シウは利用されただけだ。人質となったスヴェルダが学校へ通えるのなら名前を使ってもらって構わないが――。

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