358 世界の地図




「イグ、今いる場所って、クレアーレ大陸の端なんだね? さっきの話しぶりだと大陸の西側になるのかな」

 イグは少し考えるようにゆるーく首を振った。それでも安定しているのは彼が大きいからかもしれないし、彼の持つ空間魔法が関係しているのかもしれない。ふわーと視界は動くが軸はしっかりしていて、ぐらつくことがなかった。

([うむ。クレアーレ大陸の、西、だ])

 シウが何度も方角や地名を口にするため覚えてくれたようだ。彼の中で情報を整理したのだろう、改めて説明を始めた。

([このクレアーレ大陸はな。ううむ。このような形をしておる])

 イグはホバリングしたまま、前足で大陸の形を示してくれた。大雑把に言うとアルファベットのCに見える。カタカナのコを横に反転させたような形とも言える。ただし縦のラインのところは幅がある。

([この幅がある部分の端、おぬしが言う西の端にわしの住処がある])

「さっきのところだね?」

([うむ。で、だ。ここから更に西側へは行けぬ])

「イグでも?」

 シウは驚いて、思わず再確認してしまった。てっきり地球と同じようにこの世界も星になっていて、ぐるりと巡っているだろうと思っていたからだ。

 しかしイグからは意外なことが返ってきた。

([……行ってはならぬ、という『ことわり』があるのだ。しかし、考えに出てくるということ自体が神の愛し子たるゆえんか])

「え?」

([わしらでさえも飛び続けることができぬ、という答えが返ってくる。神からな。この大陸に住む魔人族も行ってみようと、考えたことさえないのではないか])

 彼の言葉に驚いたものの、シウはふとある事を思いついた。

「じゃあ、ロワイエ大陸の東にある海を越えようとも思わないの?」

 イグは少しだけ考える仕草をして、それからゆっくりと語り始めた。

([思わぬな。ただ、この先へは飛べぬというはっきりとした意思を感じるものが、そちらに対してはあまり感じぬ。ふむ。ただ考えたのが初めてのことで、何やら面白い。わしにも思考の誘導があったのだろうか])

 思考の誘導、と聞き、シウは「なるほど」と納得した。それがいわゆる神のしもべとして世界を生きる古代竜の知識なのだろう。

 シウは更に質問した。

「じゃあ、北へは? あるいは南の海についてはどうかな」

 イグはぐるるるると喉鳴りのような笑い方をしてから、答えた。

([考えたことはない。が、行けるという確信はある])

「そっか。じゃあ同じように陸地があるのか、ぐるりと周って戻ってこれるのかな」

([ふむ。そう言われると、そうであろうと思える。なるほど])

 神が意地悪や、知られたくない事実があるから隠しているのではないかとも考えた。だが、少なくともシウの知る神様がそうしたことをするとは思えなかった。

 これは単純に、本当に生きて戻れないような場所があるからだろう。

 ロワイエ大陸の西側とクレアーレ大陸の東側間でさえも普通には行き来できないのだ。

 それが、古代竜でさえ飛べるとは思えないと断言するほどの何かがある。

 陸地がないのか、強風が続くのか。理由は想像するしかないが通り抜けはできない、ということだ。ぐるりと巡ってロワイエ大陸の東に到着する、ということはできなさそうだった。

「ぐるっと回れないのは不便だけど、大陸間は飛べるからいいのか」

([そうだ。わしは飛べるのでな。さっきも言ったようにこちらからロワイエ大陸へ渡るには、少々大変だ。転移が楽だと思えるほどにな])

「そうなんだね」

([魔力が必要だからではないぞ?])

 振り返ろうとして、シウが頭の上に乗っていることを思い出したらしいイグは少し上を向いた。

 シウは角にくくりつけたロープがあるので大丈夫なのに、イグは慌てたようだった。


 荒海と呼ばれる大陸間は、魔力渦がひどいそうだ。魔素を吸い取って、また吐き出してくれる陸地がないせいだとイグは言う。処理されないままの魔力が風に流され彷徨っているらしい。

 そのうちのいくつかは海へ落ち、魔獣を生む。

 海の魔獣は巨大化し、少々の空へなら飛び上がってくるそうだ。荒海の上空を飛ぶ場合はかなり高度でないと危険だ。ところが上空は上空で風が強く、魔素も不安定だから魔力の扱いに長けた魔人族でも気を抜くと落ちて死ぬとか。

 本当に命がけの大陸間移動だったのだ。

「自然の壁があったから、種族間の争いも少なかったんだなあ」

([最近は移動することもなかろうからな])

「イグの最近って、長いからなー」

 シウが笑うと、イグもぐるぐるぐると喉を震わせて笑った。




 とりあえず、クレアーレ大陸を横断し荒海を越えて飛ぶという話はまた今度にしてもらった。いくらなんでも時間がかかりすぎる。

 そろそろ夜の帳が下りる頃合いだ。空も薄暗くなってきた。

「あっちでは夜中か、朝かもしれない。学校もあるし戻るよ」

([おお、そうであったな。では――])

「待って待って。そのまま転移しないで。ていうか、今度は僕が転移してみたい」

 シウは急いでイグを止め、自分で転移を試したいと申し出た。座標というものでシウは転移しないけれど、イグの言う「思考の誘導」のような「直感」として場所を特定するイメージというものはしっかり脳内にある。

 不思議と失敗するとは考えなかった。

 イグは暫し考え、ふむと頷いてホバリングを止めた。そのままゆったりと下りていき、大木のてっぺんにちょこんと立つ。イグのような大きな体を支えるだけの、大きな木だった。

([わしでも相当の魔力を要するのだが、まあ、おぬしのことだ。大丈夫なのであろう])

 そう言うや、彼は転変してトカゲ姿になった。思い出してくれたようだ。

 しかし突然だったので、シウは高い場所から落ちることになった。でも慌てない。空間魔法で《柔空間》を使って足場を作り、大木のてっぺんに降り立った。意外としっかりしているものだ。丸い葉っぱが密集しているが、そうではなく木の枝も密集しているらしい。

「この木、すごいなあ」

([聖樹と呼ばれておるからな])

「へえ。……へえ?」

 古書ではハイエルフが大事にしていたとあったのだが、こんなところに生えているのか。シウは驚いて、周辺を見回した。たくさんの聖樹がひしめくように生えている。

「へー」

 さっきから同じことしか言えない。

 聖樹はロワイエ大陸では一つしかなかった。ハイエルフの国の中心にあったものだけだ。彼等は元々、聖樹の周辺で暮らしていたという。そこに精霊が集まり楽園となった。かつての楽園を取り戻そうと聖樹をどこからか持ってきて植え、そこで国を興した。

 なんとなくだが、ハイエルフは元はクレアーレ大陸に住んでいたのではないかと思ったシウだ。ここなら楽園と呼んで差し支えない。

 眼下を覗き見ると、夜だというのに平和な気配だ。魔獣などいそうにない。

([どうしたのだ?])

「ううん。最後の最後に面白い場所へ下りたんだなと思って。そっか。聖樹かあ」

 精霊が住処にしたいと思う、聖なる木。面白いなあと感心しながら、シウはイグを手招きした。

「転移するよ」

 イグは急いで駆け寄り、シウの肩に飛び乗った。それを待ってシウは《転移》する。

 大丈夫、ちゃんと戻れるとの自信があっての転移だった。


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