357 クレアーレ大陸




 シウはぽつんと呟いた。

「魔人族は何のために来るんだろう?」

 イグはそんな呟きも拾ってくれた。

([さてな。……ああ、度胸試しかもしれぬぞ?])

「えー、度胸試しでこんなところに来るかなあ」

 本当に何もないところなのにと、シウが懐疑的でいると、

([もう一つの場所ではそうだったぞ。大昔のことだが])

 と言う。

 どうやら、古代竜の住処へ行って何か持って帰れば英雄になれるらしい。盗まれた後、イグが怒り狂って辺りを破壊していると、怒りを解いてもらおうとやって来た魔人族がそんな説明をしたとかなんとか。盗まれたものは散逸して戻らず、しかも魔人族の娘を供物として持ってきたことに苛立ったようだ。更に暴れたと自慢げに話された。

 幸い、その哀れな娘を傷付けることはしなかったようだが、やって来た魔人族は尽く倒したらしい。

([全く、人間というのはどの種族も同じよ])

「……人族も魔人族も、エルフも獣人族も、皆が同じってこと?」

([人の姿を持つ者はな。おぬしらは区別したがるが、わしらからすれば同じこと])

「そっか」

 何やら嬉しく感じた。

 ふと、シウは何も考えずに口を開いた。

「イグ。僕からすれば、イグも同じなんだよ」

([はっ、何を言うか、わしが人間と同じだと!?])

「怒らないでよ。だって、僕にはイグも同じなんだ。同じ時を生きている。考えている。話し合いができる」

 イグが黙った。さっき、むわっと強い感情が流れてくるのを感じたが、それが収まってきている。シウはそれを感じながら、続けた。

「ねえ。僕とイグは、同じだ。そりゃあイグは知識と経験がある。遙か高みの存在だ。だけど、こうして僕に優しくしてくれる。分かるように話してくれる。ちゃんと話し合いになってる。今も気に入らないと一刀両断にせず、聞いてくれる」

 理性のある生き物だ。人間も同じだ。中には馬鹿な者もいるだろう。でもそれは、どこにだってある。たとえば力量もわきまえずにイグへ戦いを挑んだ赤い古代竜がいたように。

 イグが、白い古代竜のことを変わり者扱いしたように。イグとて同胞を区別するのだ。

「……イグにとって、愛したトカゲは大事な存在だったんだよね? 普通なら矮小なものとして見過ごしてきた存在だったんじゃない? どうして、その子だったんだろう」

([それは――])

「イグが、他のトカゲと区別したからだ」

 違いを見出した。彼はトカゲを心から愛した。

「さっき、人は皆が同じだって言われて、なんだか嬉しかった。悪いことの喩えとして言われたのにね。不思議だ。たぶん、僕は自分のことをおかしいのかなって感じてて、なのにイグがまるでそういうことを気にせず人は同じと一括りにしたことが嬉しかったんだろうな。変な生まれで血筋も妙で、神様にも遊ばれて。僕にも悪いところはたくさんある。人間としての悪い部分だ。反省もするし、どうにもならないこともあって――」

 良いところも悪いところも併せ持つ。それが人間だ。それは話し合うことのできる生き物全てに通じるのだと思った。

 天然マイペースのフェレス、甘えん坊で猪突猛進なところがあるブランカ、考えすぎて遠慮しがちだけどスリルが好きなクロ。

 彼等も同じだ。

「僕、イグと同じ時に生きられて良かったな。知り合えて良かった。こうして話ができて――」

([分かった分かった。……分かったとも])

「イグ」

([全く、人間という奴は! 驕り高ぶる生き物め。わしと同じだと? おぬしが神の愛し子でなければ叱り飛ばしたところだ。……だが、確かに話ができる相手であろうよ])

 シウがそっと角の根本を撫でると、イグは体を震わせた。

([あの子も、そうやって角の根元をカリカリと掻いてくれた。優しい子だった。トカゲであるから、知的な会話はできなかったがな。それでもわしは、あの子が特別だった])

「うん」

([そうよの。人間だからと一括りにして話すのは、やめよう])

 イグはやはり賢い竜だった。

 シウよりもずっと遙かな高みにいる存在だ。けれどこうして、下りてきてくれる。

 優しくて、悲しい竜だった。

 同じレベルで話せる相手がいないのだから。愛したトカゲももういない。

 せめて今だけは、同じ時を生きている間だけはシウたちが話し相手になっていたい。そう願った。



 イグはその後、平地をぐるりと巡ってから、南へとルートを変えた。

 山の上空を飛ぶつもりらしい。時折、山間を抜けると言って高度を下げ危険な飛行を行う。どうやらシウを驚かせようとしたらしいが、飛行の変化球には慣れている。平然としていたら、つまらないとぼやいていた。

 景色と言えば、ロワイエ大陸では見かけないような、不思議な地形もあった。ビルのように高く細くそびえる岩場が続いたり、どこもかしこも尖った岩山であったり。

 そうかと思えば深い穴がぼこぼこと続いている場所もあった。深すぎて裸眼では見えない。《遠見》と《探査》をかけ合わせて、常時発動の《全方位探索》を強化する。

「地下水が溜まっているんだ……」

 どこからか流れてきた地下水が穴に溜まっている。その底はあまりに深く、水が綺麗すぎるからか生き物の気配はほとんど感じられなかった。

 巨大な木々が生い茂る山々もある。魔獣の姿はなく、普通の獣が多い。

 そこに希少獣を見つけた。いわゆる野良希少獣だ。数が多く群れになっている。家族を作っているのだ。

 聖獣もいた。彼等が群れを率いているらしい。

 人間の生活圏の近くで産み落とされることが多いと言われる卵石だ。それなのに、魔人族でさえ来ないような、こんな深い山奥に暮らしている。

 彼等がどうやって生まれたのか。あるいは辿り着いたのか。

 シウは想像してみた。

 けれど分からなかった。

 でも、彼等が今幸せならばそれでいいではないか。そう思った。


 この世界は不思議で満ちている。

 ドラゴンがいて、ただの獣から賢い個体が卵石となって生まれてくる。神様だっているらしい。事実、シウはこの世界の神かどうかは分からないが、その存在に触れた。

 知らない景色、不思議な事実。

 これら全てが面白くて愛おしい。

「イグ、ありがとう!」

([いきなり、どうした])

「楽しいんだ!」

([さようか。ふむ。おぬしを興奮させることができたか。なるほど、わしが転変して乗せてやったのが良かったのだな])

 いや、そうではないのだが。

 でも触れる角からでも伝わるイグの嬉しそうな様子に、シウは黙ることにした。

 それに事実、イグのおかげでもある。こんな見たこともない世界を見ることができたのだ。

 シウ一人ならば、クレアーレ大陸へ転移して空の旅をしてみようなどとは考えなかった。いつかは行ってみたいと思っていたが、それは今ではなかった。

 なにしろクレアーレ大陸には魔人族が住んでいる。彼等の一部だろうと思うが、その一部はロワイエ大陸では未だに「悪魔」と呼ばれているのだ。ある時代では「魔王」とも称された彼等の過去の所業を、シウは楽観していない。

 大昔、彼等と帝国は――ハイエルフたちも含めて――死闘を繰り広げたことさえある。

 魔人族はシウが想像するよりも遙かに能力が高いはずだ。

 そんな場所へホイホイと転移して行くなど、さすがのシウもそこまで馬鹿ではない。

 シウはもう一度イグにお礼を言った。

「イグ、連れてきてくれてありがとう。空の旅もありがとう」

([うむ。神の愛し子よ。わしも、あれだ。おぬしを乗せて飛ぶのは嫌いではない])

「そう?」

([このまま荒れ海を飛んで渡ってやってもいいぐらいだ――])

「荒れ海って?」

 不穏な言葉にシウの眉間に皺が寄る。するとイグから機嫌の良い答えが来た。

([うん? この大陸と、ほれ、おぬしらが住む大陸の間にあるものだ。さすがに一度、この大陸の端まで飛んでから、少しの休憩が必要だが。わしでも荒れ海を渡る前には深呼吸する必要があるのだ])

 いろいろと聞き捨てならないことを聞いた。シウは自分が思い描く世界地図を元に、イグに質問することにした。

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