350 イグと打ち合わせ、留守番組




 ジルヴァーを背負ったまま、シウはイグのところへ《転移》した。

 春とはいえ北にある山奥の中だ。寒々しい雰囲気が感じられる。

 辺りは日が陰り始めていた。そんな中、木々の葉の間から差し込む淡い光が小川へと降り注ぎキラキラと反射している。

 イグは反射した光をうっとりと眺めていた。

([……シウか。また突然来るのう])

「あ、ごめんなさい。そう言えば連絡入れてなかった」

([わしも転移をするが、魔人族どもが驚くはずよの])

 それは違う意味でだと思ったが、シウの言うことでもないので黙っていた。

 先に用件を言おうとしたら、イグがシウの背中に気付いた。

([おや。可愛い子だ])

「ああ、そうそう。ジルヴァーです。可愛いでしょう?」

([ふむふむ。おお、なかなか良い子だ。意志の強そうな瞳をしておる。これは将来賢い子になるぞ])

 背中から外してイグに見えるよう差し出したが、ジルヴァーはきょとんとしたままで鳴くことはなかった。驚いているだとか、恐怖心といったものは感じられない。

([度胸もある。良い女になるであろうよ])

 そう言われると嬉しい。シウはにこにこ笑ってジルヴァーを見た。

「良かったね。イグが褒めてくれたよ」

「ぷぎゅ」

「嬉しい?」

「ぴゅ!」

「そっか。イグは良いおじさんだからね」

 ちょいちょいとジルヴァーの胸元をくすぐると、彼女はきゃっきゃと喜んだ。フェレスやブランカとは違った喜び方だ。クロのように控え目に、しかし楽しいことはちゃんと伝えてくる。その目が物語っていた。きらきらと光っている。

([おぬしは子煩悩のようだな。まあよいわ。ジルヴァーとやら。おぬしは良いあるじを得たぞ。わしのような『良いおじさん』とも仲良しなのだからな])

「ぴゅ」

([ふむう。可愛いものよ])

 岩場にびたんびたんと尻尾を叩くと、イグは嬉しそうにきっきぃーと鳴いた。


 イグにジルヴァーの紹介を済ませたあと世間話になったが、どこへ行っていたのかという話の最後にバルバルスのことを頼んだ。

「しばらく、この小屋に住まわせたいんだけどいいかな?」

([わしが面倒を見るのか?])

 嫌そうな雰囲気が伝わってきて、シウは笑った。

「イグに面倒が見られるとは思ってないよ。ちゃんと自炊させる。あと、時々僕かロトスが来て鍛えるぐらいかな。ただ、イグの気配に慣れるのは彼にとって良い訓練になると思うんだ。水晶竜の住処に放り込むよりはずっと良いかなって」

([……おぬし、恐ろしいことを考えるのだな。水晶竜とはまた。あれはまだ大繁殖期の真っ只中ではなかったか?])

「うん。だからこっちにした」

 イグから呆れたような気配が感じられたが、シウは気にせず続ける。

「もしもアポストルスが気付いてバルバルスに危害を与えるような事態に陥ったら、助けてほしいとは思ってる。でもたぶんその前に僕が気付くだろうから迎えに来るし、そもそもそんな事態は起こらないだろうけどね」

([あの小うるさい蝿どもか。わしの嫌いな種族よ])

「ハイエルフ? アポストルス一族?」

 分かっていて聞いたのだが、案の定イグは後者のことだと答えた。

 古代竜、ドラゴンをも従えようとした彼等のことだ。当のドラゴンから嫌われているのは当然だろう。

([そやつは、わしを従えようとはせぬのか?])

「誓約魔法を持ってないから大丈夫だよ。持っていたとしても、そんなことは無理だ。今の彼等にそれだけの力はないんじゃないかな」

 なにしろ、シウに誓約魔法を掛けたレーウェが「厳しかった」と言うぐらいだ。レーウェはゲハイムニスドルフ一族の中でもトップの誓約魔法持ちだった。そしてアポストルス一族に誓約魔法の持ち手はいたとしてもレベルは低いと考えられている。

 そして、イグはシウよりも遙かに格上だった。

 そのことを説明すると、イグは尻尾をびたんと岩に叩きつけた。

([そうしたことなら安心かのう。しかし、シウよ。おぬしも規格外よな。いくら神の愛し子とはいえ、いやはや])

「まだまだだよ。イグを鑑定しても全く視えないからね」

 イグはきっきぃーと鳴いた。嬉しかったらしい。

([まだまだ負けぬわ。とはいえ、おぬしもレベルを上げるべきだの。そのバルとやらを鍛えるのも良いが、おぬし自身も鍛えねばな。わしの能力ぐらい鑑定できるようにならんで、神の愛し子を名乗れまい])

「……別に『神の愛し子』を名乗りたいわけじゃないけど。でも、そうだね。鍛えないとダメだね」

 イグは何度も頷いた。そして。

([どれ、一つ連れて行ってやろう])

「どこへ?」

([竜苔の群生地へ行く約束があったろう。ついでだ。魔人族のおる大陸へ連れて行ってやろう])

 イグの巣の近くにある竜苔の群生地へ行くと言われ、シウは少しだけ驚いた。

 てっきり近い方の「監獄島」へ行くのだと思っていたからだ。

 ドラゴンとはいえ転移もおいそれと使えないはずだ。魔人族の住む大陸とは西にあるクレアーレ大陸といって、普通に行き来できるような場所ではない。

 シウは何度かイグが転移する様を見ていたが、気楽にしていても魔力は使ったろうと思っている。戻ってきた時に「ふう」と疲れた様子だった。

 距離が離れていれば、それだけ魔力も要する。古代竜ドラゴンだからこそ行って帰ってがすぐにできたのだ。

「じゃあ、明日行ってみようかな」

([うむうむ。魔人族もちらと見てみるがいい。鍛えようという気にもなるであろうよ])

「そんなに強いんだねえ」

([……いや、おぬしを見ておると分からなくなってきたが。そも、おぬしの強さもあまり分からぬ])

「そうなの?」

 首を傾げるシウに、イグは「ふー」と人間臭い溜息を漏らした。

([……ま、行ってみようかの。それに人間は強い者との戦いを好むのだろう])

 イグの頭にはまだ「人間は戦闘狂」とインプットされているらしい。シウは違うと言ったのに。

 でも彼の気持ちも分かる。ドラゴンと見ると戦いを挑んできた過去の人間たちに、イグは心底呆れているのだ。

 シウは否定せず、じゃあ明日ねと挨拶して《転移》した。



 戻ると夕飯ができていたが、いろいろとカオスだった。

 バルバルスはシウを見るや「ひっ」と引き攣った顔をするし、アントレーネはどんより落ち込んでいる。

 ロトスは疲れた顔で小屋に増設した台所とテーブルを行き来しており、シウを見ても「おー」と言うだけだった。

 ガリファロはテーブルの周囲をぐるぐる走り回り、マルガリタはソファの上で飛び跳ねている。カティフェスは玄関ドアを開けたり閉めたりしてフェレスとブランカを困惑させていた。中に入りたいらしい二頭はドアがきちんと開くのを待っているのだ。

 クロは部屋の天井付近をゆーらゆらと我関せずに飛んでいた。巻き込まれないようにしているのかもしれない。

「……どうしたの?」

 もう一歳になる赤子三人組だが、彼等の仕事は遊んで騒ぐことだから問題ない。けれど疲れ切った様子の人間三人組が――ロトスも入れていいならだが――おかしい。

 シウの問いに口火を切ったのはロトスで、

「もうやだ。こいつら不器用にも程がある」

 と、うんざり顔だ。

 アントレーネが料理を苦手としているのはシウも知っている。本人が嫌々やっているのもだ。

 バルバルスができないのも分かっていた。野営の時も手伝いとは名ばかりで本当に何もできなかった。けれどロトスが仕込もうと頑張っていたのをシウは知っている。

「この二人、交ぜると危険、ってやつだ」

「あ、そうなんだ」

 不器用な者同士が一緒になって作業すると、どうやら大変なことになるらしい。

 ロトスは「先に食べようぜ」とテーブルを示しながら語り始めた。フェレスやブランカも家の中に入れて食べ始める。

「レーネはジャガイモ小さくしすぎるし、最後にはイライラするからってナイフでまな板割るほど力任せに切るんだ」

「あ、いや、それはだね!」

「バルに至っては、レーネに萎縮してんのかすぐ離れようとするし。レーネの尻尾が当たると飛び上がるし」

「あれは!」

「んで、料理ってのは繊細な作業だろ? 俺が気を遣って二人に会話を振ったっていうのにさ~」

 シウはうんうんと頷いた。その手にはスプーンがあり、ジルヴァーに柔らかい食事をさせている。山羊乳でとろとろに煮込んだ粥だ。

「イグのことをなんとか俺なりに誤魔化しながら優しく説明してやってんのに、レーネときたら怯えて吐きそうになったって話をするんだもん。シウに手を握ってもらってようやく挨拶できたとかさぁ。なあ、分かる? レーネみたいないかにも戦士って獣人族がよ? 『怖いからシウ様に手を握ってもらったんだよ』って言ったら、どうなるかさ」

「あー、うん、そうだね」

「バルはビビりだすし。手は止まるし。レーネも思い出したとか言って落ち込むし。そしたらチビたちは走り回るし」

 赤子たちが走り回るのは別に関係ないと思うのだが、シウは黙ってうんうんと相槌を打った。

「フェレスとブランカに至っては見回りが楽しかったーとか無邪気に報告するもんだから、レーネが益々落ち込むし」

「レーネ……」

「あ、だから、それはだね!」

「カティはレーネが落ち込むから二頭を追い出そうとして、それが楽しくなったみたいだし。それ見てガリとマルが喜んで飛び跳ねるし」

「あはは」

「笑い事じゃないっつうの。ほとんど俺が作ったんだからな!」

「分かった分かった。ありがと。じゃ、食べようか」

「おー。味わって食べてくれ。あと、レーネとバルは後片付け担当だからな!」

「はい」

「ああ」

 二人共素直に返事をして、もそもそと食べ始めた。







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またしばらく5日ごとの更新になりますー


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