348 受け入れる覚悟と都合の良い考え




 翌朝、瞼の腫れたバルバルスと共に野営の片付けをさっさと済ませると、シウたちは残りの境界線を見て回った。

 封印魔法が施された箇所を示しては見せていく。以前確認したため綻びはなかった。が、できやすい場所というのはある。シウは覚えていたため指差して教えた。

 バルバルスは真面目に話を聞いている。

 この日は彼とシウがブランカに乗り、ロトスたちは先行している。露払いとして働いてもらっているのだ。黒の森が近いため危険だということもあって《感覚転移》で時々確認するが、なるべく長く視ないようにした。バルバルスに独り立ちの話をしたシウだ。シウがフェレスたちを信じなくてどうする。

 そうは思いつつも内心で心配になるのだが。


 昼食のあと、村へは《転移》で戻った。山一つ手前の場所だったが、やはり村の周辺を守る兵士には気付かれなかったようだ。バルバルスはそのことにも驚いていた。

「こういうところも、考えなきゃいけないのか」

「そうだね」

「……アポストルスを怖がる必要はないって言ってたけど、でも、脅威は奴等だけじゃないんだよな? それに今の俺たちには、やっぱりアポストルスは脅威だ」

 セキュリティがこれでは安心できない。

 何事も対抗できるものを持ってこそだ。

 恐れすぎる必要はないが、全く恐れを抱かないのは危険だ。

「それが分かってりゃ、いいんじゃね? 今のところはシウの作った防御や魔道具でなんとかなるだろ」

 ロトスに言われて、バルバルスは静かに頷いた。そしてシウを見る。

「……俺に教えてほしい。それが村への償いにもなると気付いた。俺、まだ不安だらけだ。怖いって気持ちも消えない。でも、やっぱり親は見捨てられないって思ったし、村がなくなるのも嫌だ。ムカつくことがいっぱいあったけど、魔獣やアポストルスの奴等に襲われていいとはどうしても思えなかった」

「うん」

「トイフェルアッフェと戦える自信も全然ないけど、せめて動けるようにはなりたい」

「あの時お前固まってたもんな!」

「ロトスもじゃないの?」

 シウが思わず口にすると、

「しっ、失礼な! 俺は動けてましたー!!」

 と怒られてしまった。

 騒いでいるうちに外壁に到着した。その頃には兵士にも見付かった。

 戻ってきた、という伝令が中央へと向かうのをシウは感じ取った。

 精霊たちがいるのだろうか、フェレスとブランカが追いかけている。叩き落とそうとはしていない。でもやっぱり相手を虫か何かのように思っている気がする。

 クロは話しかけようと近付いていた。

「あーあ。おかしいね、みんな」

 背中のジルヴァーに声を掛けると、彼女はなんと、

「ぷぎゅ!」

 手を振った。シウには全く視えない場所に向かって。

「……もしかして、視えるの?」

「ぴゅい!」

「視えるんだ……」

 なんということだろう。シウだけが視えないらしい。

 内心ショックを受けていたが、ロトスに知られるとまたからかわれる。そう思って顔には出さないようにしたシウである。



 バルバルスの両親は涙ながらに息子を迎え入れた。

 ようやく帰ってきたことへの安堵感。そして留守の間に聞かされていたであろうシウの提案を知った。息子をしばらく外へ出す。能力者レベル6の息子を。

 二度と会えないかもしれない事態が、彼等の想像した時期よりもずっと早かった。

 その哀しみは大きかったろうに、彼等はシウを責めることはなかった。

 バルバルスが真っ先に、

「シウとロトスがいたから生きてられた。二人はとんでもなく強かった。俺、歯が立たないほど弱いんだって知ったよ」

 そう告げたからかもしれない。

 あるいは、プリスクスに説得されたのかもしれなかった。外での修行を終えることでバルバルスの罪が許されると聞かされたからか。

 とにかくも、両親は最後の夜をバルバルスと共に過ごすため家へと戻っていった。


 シウたちはヒラルスら上層部に報告したあと、屋敷でまた大量の料理を作った。手伝ってくれる子は多く、留守にしている間に考えたというレシピを聞いた。

 食事の時には黒の森についての質問も飛んだ。

 ロトスは兵士たちに囲まれ、シウはプリスクスや青年団らに囲まれた。

「今は綻びはないのね。でも場所によってはできやすい、と。夏の遠征では念入りにしないといけないわ」

「そのことだけど、青年団からも連れて行くんだよね?」

 シウがプリスクスに問うと、彼女は頷いた。

「ええ。アラウダやパッセルを行かせるわ」

 名前の出たパッセルという女性が一瞬嫌な顔をした。

「あの、あたし、やっぱり行かないとダメですか」

「封印魔法を持つ子はね」

「……だったらテネルもですよね?」

「テネルはレベル1だったわよね。まだ無理じゃないかしら」

「そんな。さっきそんなことは!」

「レベル1では見ても理解できないわ。せめてレベル2ないと。あなたももっとレベルを上げてほしいのよ、パッセル」

 プリスクスに言われ、彼女はムスッとした表情で俯いた。小声で愚痴を零しているがプリスクスは聞く気はないようだ。

 シウは口を挟んだ。

「上位者の人からの勉強会はないんですか?」

「あるけれど……」

「説明が長いんだもの。分かり難いし」

「パッセル、あなたねぇ!」

 彼女はつんとそっぽを向いた。猫のようだなと思っていたら、ロトスが念話を送ってくる。

(強気イケイケ女子とかウケる)

(また変なこと言って)

(女子版バルバルスだと見た。シウ、やっちまいな!)

(はいはい。とりあえず口挟んどく)

 呆れながらシウは二人の間に入った。

「やる気がない人は邪魔になるだけだし、遠征チームから排除したらどうかな」

「え?」

「は?」

 プリスクスとパッセルが同時にシウを見た。どちらも驚いているが表情は全く違う。シウは肩を竦めて続けた。

「アラウダとテネルはやる気あるんだよね? それと子供に確か封印魔法持ちがいたから――」

「待って、でも子供はまだ早いわ」

「今から雰囲気だけでも掴んでおいた方がいいよ。魔力過多症の問題はないよね?」

「ええ……」

「アラケルって子がそうだったかな」

 鑑定して視ていたので名前を口にする。

「でのあの子は体が弱くて。体力がないのよ」

 心配顔のプリスクスにシウは呆れた。

「竜苔、薬飴玉、これで解決しないような問題ではなかったと思うよ? 勉強に飽きるだとか心細いってことなら、ドゥルケと仲が良さそうだし一緒に受けさせればいい。勉強をする、という訓練にもなる。固有魔法を持っていなくても勉強しておくことは大事だ。今後生まれてくる子へ教えるという立場の人を増やす意味でもね」

「まあ! そうね、そうだわ。それはとても良い考えね」

 プリスクスは頭は固いが、提案を受け入れないほどではない。シウのような外の人間の言うことも耳に入れてくれる。

 彼女は続けてこう言った。

「やる気のない子に教えるよりもずっといいわね。そう、そうしましょう。底上げをして、バルバルスが帰ってきた時に『足手まといだ』なんて言われないようにしなきゃ!」

 どうやら本気で言っているようだ。最初はパッセルを煽っているのかと思ったが、彼女のやる気の無さに思うところがあったらしい。

 そして、そう言われて焦ったのがパッセルだ。

「ちょ、ちょっと待って。バルバルスは帰ってきたところよね。それに小さい子たちに勉強は早いんじゃないのかしら」

 それを聞いてもプリスクスはしらっとした顔をするだけだった。説明する気もないらしい。シウはどっちもどっちだなあと思いながら口を開いた。

「バルバルスは償いも含めて外での修行を課す。安全のために僕が付き添うけど、かなり厳しい訓練を行ってもらうつもりだから。その代わり、戻ってきた頃にはランクはずっと上になっていると思うよ」

 彼にはそれだけの素質があるし、きっと頑張るだろうからだ。

 パッセルは焦ったのか、プリスクスに向き合った。

「あ、あたしだって、やらないとは言ってないわ。ただ不公平かと思っただけよ」

「そう」

「それにバルバルスだけ特別に教えてあげるなんてどうかしら。そりゃあ外へ行くのは彼よ。でも、あたしだって村を守る第一人者になるのだから――」

「別にあなたでなくてもいいのよ、パッセル」

「え?」

「シウ殿が外壁に掛けていた封印の術式を分かりやすく作り直してくれたの。これならレベルが低くても可能だわ。それに魔道具もある。別にあなたが第一人者にならなくても結構。それと、封印魔法持ちはレベルが低くても外へは行くのよ。行く気がないなら、あなたは能力者レベルは一よ。そういう扱いをするわ」

「そんな……」

「良いとこ取りをしようとしないで。バルバルスはやってはいけないことをした。けれど、そこには苦しみがあったからよ。そして彼は運命を受け入れようとしている。最初からそんな気もない人に、能力者レベルが高いというだけの称号は与えられないわ」

 発言力があるのも、能力の高い者ほど負担が大きいという意味もある。

 今までレベル1の人が甘んじていたのは、高レベル者が負担を負っていたからだ。

 プリスクスはパッセルの都合の良い発言に釘を差し、他の子らにも説明をしていた。

 残されたパッセルはしばらく呆然と座り込んでいた。

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