339 バルバルスの引きこもり脱出作戦
精霊を叩いちゃいけませんと教えていたはずなのに、相変わらず叩き落としていたらしいフェレスとブランカは「遊んでただけだもーん」と返してきて反省していないようだった。
そう言われるとシウも強く叱れない。
しかもハイエルフの人たちが言うには、精霊とはそうしたものらしい。
悩んだ末に、
「遊ぶだけだよ? 潰そうとしたり消そうとしたりするのはダメ。分かった?」
「にゃ!」
「ぎゃぅ!!」
「きゅぃ」
「クロは叩いてないんだから返事はしなくていいんだよ?」
「きゅぃ……」
「ぷぎゅ」
何故かジルヴァーまでシウの背中から返事をして、笑ってしまったシウだ。
本当に悪いことはしない彼等だからシウも強くは言わなかった。大丈夫、彼等は希少獣だ。人間よりもずっと本能に強く、その本性は世界の善意にもっとも近いのだから。
週が代わり火の日になった。シウとロトスがそろそろ帰る準備をしようと話し合っていたら、プリスクスがやって来た。
バルバルスの件で相談があると言う。
「彼がどうかしましたか?」
「その、知恵を貸してもらえたらと思ったの」
シウが黙ると、プリスクスは慌てた様子で「違うの!」と声を高くした。
「前みたいな、竜人族へなにもかも頼り切っていたあの頃とは違うのよ。ただ話を――」
「あ、ううん。そうじゃなくて」
シウはロトスと顔を見合わせた。実は昨夜もバルバルスのことを話していたのだ。
「……一度、彼を連れて黒の森へ行ってみようかな」
「え?」
「その代わり、バルバルスに誓約魔法を掛けてもらいたい。こちらの能力をバラしちゃうことになるかもしれないから」
何か問題が起こった場合、シウは迷わず全力を尽くす。自分たちの子が大事だしロトスだって守るべき友だ。もちろん連れて行くのならバルバルスの命についても責任を持つ。
しかし、それと「全力を出した」がゆえの結果「シウの能力が知られてしまう」では困る。
プリスクスだけでなく、長老ヒラルスにもシウは自分の能力の全てを話していない。
それに気付いた彼女はすぐさま了承した。
「誓約魔法ぐらいでいいのなら、もちろん構わないわ」
それから小声で続ける。
「このまま彼に引きこもりを続けられたら、その次の世代の子にも悪い影響を与えるわ。それだけは避けたいの」
もう後がないのだと、彼女は苦しそうに言った。
長老の屋敷へ着くと、プリスクスは急いでレーウェのところへ向かった。話をしに行くのだろう。レーウェは誓約魔法持ちの中でもレベルが一番高い。シウとロトスの間に決して裂くことのできない「繋がり」を施してくれたのが彼だ。
レーウェはアウレアの曽祖父でもあり、彼の体調の不具合を鑑定魔法で視たシウとはちょっとした仲でもある。彼とも会っておきたかったので、ちょうど良い。
待っている間にヒラルスが話しかけてきた。
「バルバルスを連れ出してくれるとか。しかし、家から出ないあやつをどうやって――」
「まあ、そこはアレです」
「そうそう。アレだよ」
ロトスと二人で笑い合う。昨夜、面白おかしく話し合っていたのだ。引きこもった彼をどうやって誘うのか。
「題して【
(ロトス、日本語になってる)
(マジか! てか、シウに突っ込まれた! とうとうシウに! ウケる!)
念話だけでなく態度でも笑っているので、ヒラルスが怪訝な顔だ。シウは敢えて説明せずに話題を変えた。
「家の周りで騒いでみましょう。出てきたら適当に誤魔化して連れ出します」
「はい。……はい?」
「大丈夫です。ロトスがいますし」
「ちょ、待て。なんで俺がいたら大丈夫なんだ?」
「頼りになるって意味だけど」
「嘘だ! 今の、絶対裏があった!!」
含みなどないのだが、面白いのでシウは黙っていることにした。
ロトスは何やら騒いでいたが、遊んでいると思ったらしいフェレスとブランカに纏わりつかれて静かになった。物理的に部屋の床に押し倒されたからかもしれないが。
久しぶりに会ったレーウェは顔色も良く、しっかりとした足取りだった。
見た目は相変わらず細身で儚げな様子だ。けれど血色が良い。同じ白い肌でも、まるで違う。シウは思わず全身を見て彼を鑑定していた。
「どうかな。問題ないと思うのだけど」
鑑定されたことに気付いたレーウェは文句を言うでもなく、自慢げに言う。シウは笑って頷いた。
「そうですね。以前よりずっと魔素の通り道が視えます。滞っていた場所も少しずつ開いているようです」
「体内魔素を感じて流すという練習を、冬の間頑張ったからね」
ふふふと笑って二の腕を見せようとする。筋肉も付いたと言いたいらしいが細い腕だった。
「ええと、頑張って偉いですね」
吹き出しそうになったが我慢した。レーウェは三百歳近いのだが、可愛らしい人だった。彼はにこにこ笑って答えた。
「体も軽く感じるんだよ」
(いや、それ、マジで軽いんじゃね? な、シウ)
ロトスのツッコミはスルーし、シウはレーウェに椅子を示した。
「とはいえ、話もありますのでお座りください」
「はい」
ほっそりとした青年姿のレーウェは、言われるままに椅子へ座った。その横にプリスクス、テーブルを挟んで向かいにヒラルスが座る。
「プリスクスにはバルバルスの件で呼ばれたんですけど、僕が呼ばれるということはもしかして?」
「誓約魔法を掛けてほしいんです」
シウが返すと、彼は納得した様子で何度も頷いた。
それからヒラルスやプリスクスに話したことをレーウェにも話す。レーウェはにこやかに了承した。
「分かりました。大丈夫、バルバルス相手なら強制的に掛けることも可能だ。能力者レベルでも僕の方が上だからね」
誓約魔法もレベル5あるレーウェからすれば、全く問題ないということだった。
「あれから、体調も良くなってね。僕も誓約魔法のレベルを上げようと訓練したんだよ。君のおかげだ」
だから不安はないのだと、レーウェはしっかりと答えた。
バルバルスの家へ行くと、物々しい雰囲気だと感じたのか隣り合う家々から人が出てきた。なにしろシウたちは、プリスクスやレーウェの二人だけでなく、長老の屋敷にいた若者も引き連れてきたのだ。
「題してアマノイワト作戦だ!」
などと訳の分からない言葉を聞かされた若者たちだが「ついてこい」というロトスの言葉に素直に従った。
ロトスは誰にでも明るく接するので、彼が突拍子もないことを言い出しても気にしないようになっている。むしろ何か面白いことが始まるのではと考えているフシがあった。
実際、これから面白いことをするのだ。
「じゃあ、ここで宴会をしましょうか」
「宴会ですか……」
バルバルスの両親も出てきて、目を白黒させている。いきなりのことで呆然としていたが、プリスクスに耳打ちされてハッとした顔になっていた。そして縋るような表情で、シウを見る。
シウはできるだけ柔らかく見えるようにと願って、微笑んでみせた。両親は目を潤ませて頷いた。
彼等もどうしていいのか分からないのだ。
愛する我が子を危険な旅路へ送る。そのことに最初から納得できる親など少ないはずだ。帰ってこないこともあるのだから。
甘やかすのは仕方ない。きっと周りの人々も大事に思って甘やかしたのだろう。
誰が悪いわけでもなかった。
けれど、バルバルスの行為に手を焼いていたのも本当だ。彼が運命を受け入れられないのもシウは理解できる。
親の立場になれば本当に苦しかっただろう。
これはヒラルスたち上層部が、もっと「教育」を考えるべきだったのだ。
もちろん、死ぬかもしれない場所へ行けと命じる教育を、先延ばしにしたかった彼等の気持ちもよく分かる。
しかし、先祖の起こした出来事のツケを何故自分たちが払うのか。それだけでも話し合うことはできた。
シウたちがこれからすることは、始まりだ。
バルバルスだけではない。この村が決めた「封印活動を続ける」という崇高な考えについて、皆で話し合う必要がある。
その始まりだった。
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