338 教官の訓練と地図と鈍感さ
シウは周辺工作に勤しみつつ、疑似村より北方面の状況を少しずつ《感覚転移》で確認していた。
同時展開で村の様子も見ていたがロトスたちの面白い張り切り方に笑った。忍者の意味は分からないなりに皆が楽しそうだ。
そちらは大丈夫だろうとシウは自分の仕事をする。
魔法の《自動書記》で北方面の地図も作った。あとはこれを使って、ハイエルフと竜人族が協力しながら惑い石と魔狂石を撒けば良い。
それでは通り抜けられてしまうような場所は脳内マップで印を付け、シウだけで《転移》して岩を置くなどの工作をまとめて行った。
風の日の午後にはゲハイムニスドルフの村へと戻った。
フェレスに二人、ブランカに三人載せて飛ぶ。それにシウとロトスは飛行板を使って移動するので、半日で帰ることができた。
残りの者は自力で戻ってくる手はずだ。周辺を見回る兵士職であり、訓練がてら彼等だけで移動するとのことだった。これもシウの渡した魔道具があるからこそらしい。以前と違って悲壮な覚悟、といった表情ではなかった。
竜人族の里へ行く時の彼等は、年に一度か二度のことだが覚悟を持って移動していたそうだ。特にあちら方面は厄介な魔獣も多くいるからだが、中には遺書を書いて出発する者もいたらしい。
今回はシウと数日一緒にいて、気持ちが落ち着いたようだった。
冬の間に魔法についての勉強もしたそうだ。一般人レベルの彼等でも、外では十分に強いのだとシウが言ったからかもしれない。
さて、半数を置いて先に帰ったシウたちは夕方に村の中へと入ることができた。
騎獣という機動力の高い乗り物があることも彼等の興味を引いたが、もっと気になったのが飛行板だった。
対価を払うので譲ってほしいと願う彼等に、まずは乗り方指南をすると約束した。これはロトスが教えることになった。教えた上で譲るかどうかを検討する。
竜人族のように身体能力が高ければ、すぐにでも使えるだろう。
そもそもハイエルフたちは身体能力が高いわけではない。シウが「外の冒険者よりも強い」と言ったのは、あくまでも彼等の魔力と魔法の多さがあるからだ。
魔力が高く基礎属性も多く持ち、かつ固有魔法を持っている者ばかりである。冒険者の中でも「魔法使い」として強い。
が、それと「飛行板に乗れる」かどうかは別物だ。
バランス感覚を求められる飛行板はなかなか難しい。竜人族でも練習あるのみだった。
そうしたことに真面目に取り組めるかどうかをロトスが判断するのだ。
更に、魔法の使い方の勉強ばかりしている彼等を鍛える意味もあり、ロトス「教官」が張り切っている。彼は騎獣十五頭を矯正したことで何やら燃えているらしい。
ロトスが教育を施す間、シウは村に残る兵士たちに地図を見せた。
「竜人族と一緒に撒いてほしい場所を記したから。ここは僕が工作したところで、通れないと思う。嫌な感じがするだろうから行かない方がいいね。あ、でも、一度ぐらいは経験するのもいいかな」
「……そんなに嫌な感じなんですか?」
質問した人は前回はいなかったらしく、不安そうな表情だ。シウは頷いて答えた。
「気持ち悪いらしいよ。ただ、魔狂石なんかは体内魔素を狂わせるものだから魔素の流れを把握できるような繊細な魔法使いには効かないね」
「そうなんですか」
顔を見合わせて頷いたり首を振ったりしている。得意な者や苦手な者がいるのだろう。シウは、試しに作用させてみた。シウが魔獣対策として作り出した《改造型魔獣用魔狂石》だ。これを少し変更してみた。
「う、ううう……」
「シウ殿、これはダメです」
「きつい」
半数が脂汗を流す。残った半数の者も嫌そうな顔をしていた。
「これを、もう少し気付かれない程度に変更して使います。魔獣用にもバラ撒きたいし、幾つか種類を交ぜて使う必要があるね」
「そ、そうですか」
何故かほとんどの者から奇妙な視線をもらった。シウは首を傾げた。
「どうかしました?」
「いえ、その。シウ殿は先ほどの石が平気なんですね」
「ああ……。僕は鈍感らしいので」
苦笑するシウに、皆もお愛想のような変わった笑みを返していた。
彼等に惑い石も渡す。それぞれ遮断用の入れ物を用意し、その上で魔法袋に仕舞った。
「この魔法袋は僕が村へ寄付するものです。だからといって、ぞんざいに扱わないようにしてください。もし盗まれるようなことがあったら――」
「わ、分かってます! そんな高価な代物なくしたりしません。ましてや、バルバルスにも絶対に!」
以前のことを踏まえて厳しいことを口にしたシウに、彼等は慌てて首を横に振った。
簡易魔法袋を盗すむよう指示したバルバルスのこともしっかりと念頭にあるようだ。
「でしたら、いいんです。きついことを言ってごめんなさい」
「いえ。本当ならバルバルスを連れてきて、シウ殿に謝罪させるのが筋なのに……」
バルバルスはやはり家から出てこないようだ。
まだ罰も受けていないという。だから余計に誰も許せないのだし、許せる機会がどんどん過ぎていく。
悪循環に陥ってるのだが、本人は気付いているのだろうか。
シウは頭を振って話を続けた。
「惑い石は、僕の考えでは『空間魔法のような』作用を及ぼします。空間認識をおかしくさせるんです。これも空間魔法持ちや、一流の冒険者ならば突破されるでしょう。でも、慣れない人には『自然と道が分からなくなる』らしいです」
シウの説明に、一人の兵が手を挙げた。
「ひょっとしてシウ殿はそれも気付かない、とか?」
「あ、うん」
皆がやっぱりと頷く。そして笑いだした。
「シウ殿は、精霊も視えないと仰ってましたね」
「はい。視えないんです」
また皆がふふふと笑う。
「あ、すみません。決して侮ったわけではないのです」
「はい。それは分かります」
彼等の笑みは、どこか微笑ましいものを見るような感じだった。
はたして。
「稀に、そうした子が生まれるのです。何故でしょうね。本当に面白いんですが、鈍感で精霊に気付かない……」
「そうそう。なのに最も精霊に愛される」
「今も、遠巻きながらも精霊たちが興味津々で集まっています」
「そうなんですか?」
シウが辺りを見回すと、きっと目線も何も合ってないのだろう。皆が笑った。
中の一人が言う。
「時々、フェレス殿やブランカ殿が捕まえようとしてますよ」
「えっ」
「叩き落とそうとしたり」
「ええっ」
まだやっていたのかと青くなったシウに、彼等は言った。
「大丈夫ですよ。精霊は生まれては消える儚い命ですが、叩かれて消えるようなものじゃない。それで消えるのは、たまたまそうだったまでのこと。運命だったのです。彼等はそのことを恨んだりはしない。あるがままを受け入れているんです」
「そうです。気にされなくていいです。むしろ精霊たちはフェレス殿らに遊んでもらってるような気持ちではないでしょうか。なにしろ、とても楽しそうだ」
「そう、なんですか?」
本当かなと思わず半眼になったシウだが、皆、そうですよと返す。
「シウ殿の周りにいるのがその証拠です。嫌なら近付きません。なにせ、シウ殿の近くにはいつだって騎獣たちがいる」
その騎獣二頭は精霊を見付けると叩き落とそうとしたり口の中に入れようとしているらしい。クロは精霊を叩き落としたりはしないようなので、そこは安心だ。なんにせよ、シウはフェレスとブランカに言い聞かせておこうと決めた。いくらハイエルフたちが「大丈夫ですよ」と言ったところで、そういう問題ではない。
シウは半眼のまま、なあに? と無邪気にシウを見ているフェレスとブランカを見たのだった。
彼等には他にも、魔獣対策に必要な魔道具の使い方を説明した。
訓練も行う。竜人族の肉弾戦のような訓練と違って、より人族に近いのでシウとしてはやりやすい。
途中でロトスたちとも合流したが、教官の邪魔をしてはいけないと全面的に彼へ任せることにした。
夕方前にシウだけ抜けて土入れをした畑を見回ったり、元からある畑を見回ったりした。
中央にある池や井戸の様子に、外壁の様子など確認して回るが誰も見咎めることはなかった。むしろ声を掛けてくれる者が増え、子供は一緒について回るほどだった。
彼等は「飴をくれるお兄さん」とシウのことを覚えているらしい。
案内などのお手伝いをしてくれた子らが目を輝かせてシウを見るので「内緒ね」と言って果実飴を一つずつあげた。
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