327 捨てられるということ




 キルヒがやって来ると、今度は彼等の捨てられた話になった。

 彼等の両親は子沢山で、キアヒとキルヒは作るつもりのない子だったようだ。しかも双子だった。生活は困窮した。

 隣国デルフとの国境が近いため町には戦争孤児が多かった。孤児はやがて、ろくに教育を受けないまま大人になる。人は余り仕事はなく、治安は悪くなっていた。悪循環だったのだ。デルフからの難民も増えた。

 両親は困窮していたものの最初は二人を可愛がって育てていたそうだ。けれども仕事がない。とうとう育てきれずに下の二人を養護施設へ置いていった。

 物心ついていたために二人のショックは大きかったようだ。何よりも。

「俺たちの後にも、また子供が生まれてんだ。そりゃ、腹立つだろ」

「育てられるのかって心配でね」

 二人のぼやきには、どこか笑いが込められていた。もう、随分過去に彼等の中で「捨てられた」事実は消化できているのだろう。

「大人になってから一度実家に戻ったんだ。そりゃ、驚いていたな」

「立派だったからね、俺たち」

「で、金貨の入った袋を渡してだな」

「これで二度ときょうだいを捨てないでくれ、と頼んだわけ」

「あと、子作りは計画しろ。お金ないなら生むんじゃねえ、と、まあ――」

「説教してきたよ。おかげで、すっきりした」

 双子ならではの小気味いい調子で過去を語った二人は、もう両親に対して思うことはないようだ。


 ただ、それでも「子供が捨てられる」ことには敏感なようで。

「俺たちが成人してすぐの頃だったかな。グラディウスを拾ったんだ。こいつ、山の中の庵で一人で暮らしててさ。成人してるって言い張ってたんだけど、どう見てもガリガリのチビすけだよ。あんまりにも悲惨なんで連れて行くことにしたんだ」

 これは以前、シウも聞いたことがある。

 グラディウスは元々貧乏な大家族の下に生まれ、食べるものがないことから軍隊に入ったそうだ。食いっぱぐれがないというのが理由だった。

 けれどそれには続きがあって、彼は年齢を誤魔化して入隊した。しかも見習いのまま出陣し、わけもわからないうちに置いてけぼりをくらって山中を彷徨った。その時に庵の主が彼を拾ってくれたのだ。

 山中の庵で暮らしていた老人は死期を悟っていた。だからだろう、剣と剣技を与えようとグラディウスを育てたらしかった。

 一年経たずに亡くなった老人の庵を守るように暮らしていたグラディウスは、キアヒとキルヒの心を揺さぶった。

 厳密には捨てられたわけではない。けれども食い扶持を稼ぐために軍隊へ入るという子を送り出した親に憤りを感じたのだ。

 また、庵に住み続けるグラディウスにも腹が立ったそうだ。

 満足に食べていないことはガリガリの様子からも分かる。

 だから説教し連れ出したとか。

 ただ、グラディウスが言うには、彼は何も考えていなかったようである。

 世話になった老人が死んだ。じゃあ墓守しようかな、程度だったらしい。

 それに、ガリガリだと言われても理解できなかった。なにしろ実家にいた頃よりも十分に食べられていたからだ。森の中は食べるものがいっぱいあると喜んでいたとかなんとかで、シウも彼の気持ちが分かるだけに何も言えなかった。


 彼等は冒険者家業の合間に、養護施設で上手く生きていけない子がいれば引き取って育てたこともあるらしい。

 それは冒険者として育てるのであって親としてではなかった。親の代わりなんてできないと、キアヒは言う。

「俺たちは捨てられた子供だ。そんな人間が親の代わりだなんて大層なもん、できるわけがない」

 しんみりとした、それでいて複雑な表情で彼は続けた。

「……だからさ、グラディウスに剣を教えた爺さんや、シウの育て親なんてものは俺からすればとんでもない。すげえなって思うけど、早くに死んじまって責任感ねえよなとも思うわけさ」

 シウも、どんな表情になればいいのか分からないまま、ほんのり笑って答えた。

「仕方ないよ。死期は誰にも決められないことだから。それに完璧な人なんてない。ただ――」

 ただ、思うのだ。

「偽善でもいい。どんな思惑があっても。……ただ、手を差し伸べた。それが全てだ。命を繋いでくれた、きっかけなんだ。僕はそれで生き延びることができた。生きてなければ出会えなかった幸せが、あるんだよ」

 今のシウは幸せだと思う。

 前世、シウは不幸だと思ったことはない。けれども幸せだっただろうか。何事も一人で完結していた人生だった。

 今は違う。

 フェレスと出会い、たくさんの人や生き物と出会えた。

 友達もたくさんできた。

 それらは全て爺様が繋いでくれたものだ。

 彼はすごいことをやってくれたが、実は案外簡単なことだったかもしれない。

「キアヒたちが親代わりじゃないなんて言っても、手を差し伸べたのは十分に親のようなものだと思う。その伸ばした手を握り返した子たちは今、幸せだと思うよ」

 シウも差し伸べてきたつもりだ。それは爺様が教えてくれたことだった。

 無理なことではない。ただ、少し手を差し伸べただけ。それだけで救われるものがある。

 キアヒの言葉は謙遜であり、自分が親になるということへの不安から来るものだろう。

 でも誰だって親になる自信なんてないのだ。

 シウだって、フェレスたちをきちんと育てられているか自信はない。

 ロトスにも「親バカになる」と言われているシウだ。今後、結婚することがあって子供が生まれた時、どうなるか分からない。

 そんなつもりでキアヒを励まそうとしたのだが。

「おい、やめろよ。なんか、恥ずかしくなってきたじゃないか」

「キアヒ、鳥肌が立ったんじゃない?」

「キルヒもだろうが。よし、もうやめだ。この話は終わり!」

「そうだね。精神魔法が効かないしね」

「言うな。言うんじゃない!」

 双子は楽しそうに言い合って、シウの傍から離れていってしまった。

 残されたシウとラエティティアは、二人で顔を見合わせて笑ったのだった。



 飲み会を楽しく過ごし、ブラード家へ戻って各自部屋へ入ったのだが、少ししてレオンがやって来た。

「あのさ、ちょっといいか」

 抱っこしたままのエアストはぐっすり眠っている。シウは小声で、どうぞとソファを示した。ジルヴァーはフェレスたちと一緒に寝ているので、ここにはいない。

 夜は希少獣たちだけで過ごすことも多いのだ。後からシウが混ざることも多いが。

「……シウ、孤児だって言ってただろ? でも、育て親がいるって」

 そうだよと頷くと、レオンは肩を落とした。

「羨ましかったんだ。俺、俺はさ、赤ん坊の頃に捨てられてたから」

「うん」

 相槌を打つと、彼はエアストをソファの上のクッションに置いて撫でた。

「寒い冬の日に、薄いレースに包まれていたんだってさ。養護施設にはそういうやつも多いし気にしないようにって思って生きてきた。でも、気にしないようにって考えること自体が気にしているわけでさ」

 そうだねと相槌を打つ。彼はただ、話を聞いてほしいのだ。シウの意見は要らない。はたして、レオンは矢継ぎ早に続けた。

「こんなことで、ぐちゃぐちゃ考えてる自分が嫌で。無理して背伸びして。これは冒険者パーティーの人に言われた。その時はムカついたけど、ようするに当たってるからだよな。魔法学校じゃ俺よりずっと頭良いやつがいて、魔法使えるやつもたくさんいて。お前は小憎らしいし。ライバルだと思ってるのは俺だけだ。でもって同じような生まれなのに恵まれてるって思ったりしてな」

 そうだったのか。レオンがそんなことを考えていたとは知らなかった。シウは、人の心の機微を読むのが本当に下手だ。全く気付かなかった。

「自分の心が狭いっていうか、小さいところが嫌だった。捨てられたと考えてる自分も嫌だった。最近はそういうことも考えずに済んでた。でもさ、でも――」

 レオンは俯いていた視線を上げ、シウを見た。

「キアヒさんやキルヒさんたちは、普通に捨てられたって話をしてただろ?」

「そうだね」

「もう過去の話だからって笑ってたけど、それでもまだ口にするってことは心にあるってことだ」

 そうだ。その通りだ。彼等は彼等なりに消化した。けれど、その事実は忘れていない。忘れようがない。でもそれでも。

「それでもいいのかな、って思った」

「うん」

「そういうの、まるごと俺だよな。俺ってものを表す、全部っていうかさ。あー、何言ってんだろ。俺、バカみたいだな。悪い」

「ううん。……今、レオンはさ。言葉にしてみて、心の中を纏めてるんじゃないのかな」

「纏めてる?」

「そう。ぐちゃぐちゃした思考を整理しているところ。口に出すといいんだって。僕もよくやる。最近はロトスがいるから彼と話し合ってるうちに纏まることも多いけど」

「そう、なのか?」

「誰かに話すだけでスッキリすることって、ない? それはね、頭の中が整理されるからなんだって。普段は単純にオンオフだったり上か下か好きか嫌いで決められたことが、できなくなる。そういう時は誰かに話したり、話せないなら書いたりすると良いんだよ」

 頭の中を空っぽにしてボーっとするのも手だ。けれど、今のレオンには話すことが大事だった。シウでなくても良かったのだ。ただ彼は話したかった。

「そうか。そうか……」

 レオンはその後も取り留めのないことを話しながら、彼の中にあるもやもやを片付けているようだった。

 たとえばエアストのこと。今後、自分に何かあった場合どうなるのか心配だ、だとか。はたまた好かれなかったらどうしよう、などなど。

 親がどんな人だったのか、幼い頃に想像した話もしてくれた。レースのお包みは高価な品だったらしい。もしかしたら政争の果てに捨てられたのかもと夢想した。

 あるいは誘拐されたのか。もしくは親が犯罪者になったのかもしれない。

 親が誰か分からないことは、それだけで不安だ。けれど、シウはこれだけは言いたかった。

「魂は、親とは別物なんだよ。レオンの魂はレオンだけのものだ。血筋は確かにこの身に宿っている。人生にも関わることだ。でも、魂は別なんだよ。レオンは自分の魂を育てたらいい。自分の思うように」

 血筋に踊らされている、そんなハイエルフの血を引くシウだ。けれど魂は前世の記憶を持って生まれた。シウだから言うべきことだと思った。

 レオンはシウの言葉を不思議な面持ちで聞いて、そっと頷いたのだった。

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