303 騎獣たちの落着と友人との再会
冒険者ギルドの受付でシウ宛てに連絡がないか聞いてみると、思った通り伝言があった。
「『木漏れ日亭で宿泊中―キアヒ―』か。ありがと、じゃあ――」
クラルにお礼を言って去ろうとしたら、止められた。
「待って、シウ。ギルドからも連絡があるんだ」
と言うので別室に向かう。少ししてスキュイがやって来た。それで思い出す。先週の山賊退治の件だ。
「まず、卵石だけどね」
「はい」
「聖獣だったら、シアン国へ提出だって」
「先に鑑定しますか?」
「いや、それはないよ。手間だから、というのが保護局からの返事。こちらで確認してくれと全権委任だね」
「分かりました」
「……君、卵石の中が何か、もう知ってるね?」
スキュイの質問に、シウはにこりと微笑むだけで答えはしなかった。彼は苦笑して、続けた。
「では、次に。連れて帰ってきた騎獣、十五頭だったかな? これは自由にして良いそうだ。君が面倒を見るのならそのままどうぞ、という返事だった。シアン国からも連れてきてくれとは言われていない。まあ、それにかかる費用、というより食事を用意するのが大変なんだろうね」
「分かりました。僕が引き取って、しばらくは養育院で管理します」
「……もしかして、騎獣屋をやる?」
「それも考えてます」
「なるほど。楽しそうだ。その時は冒険者ギルドへも話を」
「もちろん」
主に、冒険者へ貸し出すだろうからだ。
「山賊が抱え込んでいた財についてだけど、幾つか確認したいという話がある。シアン国からはなかったよ。あちらの商家は巻き込まれていないようだね。品のリストは、こちら。できれば僕に確認させてもらえると助かる」
「構いません。今、出しましょうか」
了承されたので、机の上に置いていく。魔法袋から取り出すという体で、いつものように空間庫からだ。
「アイテムボックスの数も増えてきたとはいえ、君はやっぱり規格外だよねぇ」
スキュイは呆れた声で言い、それから「あ、それだね」などと品を示してきた。
「これらの品を買い戻したいそうなんだが」
「金銭は不要です。ただし、本当にその人のものだと判明しているか、確認はしてもらいたいですが」
「了解した。……ありがとう、シウ君。いや、シウ殿」
「いいえ」
スキュイが言い直したのは、シウがもう成人したからだろう。対等な相手として彼は認めてくれたのだ。
「じゃあ、残りは君のものだ。処分はそちらで?」
「闇ギルドへ任せます」
「了解。さて、最後だ。君が救助した隊商からお礼の手紙をもらっている。週末に連絡を受けたのだけど、君、出ていただろう? 本来ならきちんと接待したかったそうだけど」
「ああ、それはもういいです。救助もギルド仕事のうちだと思ってますし」
「うん。それでも、だよ。ギルドからもお礼を言わせてくれるかな。本当にありがとう。君の迅速な対応には感謝している。ギルドからの報奨も出ているので後で受付で確認してくれるかい?」
「はい」
ということで、大まかな話は終わった。
他に書類にサインなどが残っているが、そちらは後ほど屋敷へ届けてくれる。
受付でも確認だけだったので、シウは急ぎ足で冒険者ギルドを後にした。
中央地区にある木漏れ日亭は、中級から上級冒険者向けの良い宿だ。
当然、食事処もお高いので、シウは冒険者仲間と訪れたことはない。皆で食事に行くのは、大抵もう少し、いやかなり下のランクである。わいわいと騒がしいところばかりだ。
久しぶりに落ち着いた雰囲気の宿に入る。ラトリシア国の宿は、どこかきちっとしたイメージだ。シュタイバーンが牧歌的なのとは正反対である。形でたとえるとラトリシアは四角、シュタイバーンは丸い。
受付も、専任の執事らしき男性が詰めていた。直立不動だ。
「シウ=アクィラと申します。こちらにキアヒ=ディガリオ殿が宿泊していると伺って、参りました。取次をお願いします」
「かしこまりました。アクィラ様ですね。承っております。しばし、お待ちを」
そう言うと、彼は後ろへ声を掛けた。見習いらしき小さな少年が立っており、彼に言付ける。呼びに行かせるようだ。
受付の男性は、シウを食堂へと案内してくれた。
美しく磨き上げられた床といい、本当にきっちりとした綺麗な宿だった。深い色味でまとめられており、冬のルシエラ王都に合っている。夏だと重い気もするが、これもラトリシア風と言われれば、納得だ。
シウは窓側の席に案内された。飲み物は後でいいと断り、キアヒたちを待つ。
ほどなくして、やって来た。
シュタイバーン国や、デルフ国で出会った時よりも良い服を着ている。それに大人っぽくなっていた。もはや青年などと呼んではいけない。立派な男性だ。
そして、ラエティティアは――。
「ティアは変わらないね」
「いやね。シウったら。女性に年齢のことを匂わせてはいけないのよ」
「あ、ごめん」
「ふふふ。いいの。それより、久しぶり――」
言いかけた彼女を押しのけるように、グラディウスが割り込んでくる。
「シウ! シウシウシウ!! でかくなったじゃないか!!」
ガツンとぶつかるように抱きついてくるや、すぐさまシウを抱えあげようとした。
「おっ、重い!!」
が、想像より重かったらしい。叫ばれてしまった。
「僕も大人になったからね! ていうか、持ち上げようとしないで……」
不安定な形でぐらつくので慌てていたら、両隣から助けが入った。
「おい、相手を子供のつもりで抱き上げるのやめろよ」
「そうだよ。大人を担ぐなら、もっと腰を入れて下から持ち上げないと」
微妙にニュアンスの違う言い方でグラディウスを咎めたのは、キアヒとキルヒの双子の兄弟だった。
「キアヒ、キルヒ、元気そうだね」
「おう」
「シウもね。ああ、でも本当に、大きくなったね」
二人は出会った頃はまだ二十歳そこそこの青年だった。今は二十五歳のはずだ。冒険者として乗りに乗ってる様子で、貫禄のようなものが見え隠れする。
「もう頭を撫でられないな」
キアヒが懐かしそうに目を細めて言う。シウの幼かった頃のことを思い出しているようだ。
ラエティティアも視線を上下に動かして、微笑む。
「ほんと、背が伸びたわね」
「うん!」
「あら、でも、以前より子供っぽくなったんじゃない?」
「え、そう?」
シウも薄々そんな気はしていたのだが、心配になってラエティティアを見上げた。そう、残念なことにシウはまだ彼女を見上げる身長なのだ。
「今の方が良いわよ。年相応で、可愛いもの。ね、キアヒ」
「俺には変わってないように見えるけどなぁ。ただ、周りの人間に恵まれてきたのかな、とは思うぜ」
彼の言うことは分かる。シウは笑って頷いた。キアヒは、
「良い経験したって、その顔が言ってら」
なぁ、とキルヒに声を掛けている。
「本当に。シーカーへ来たのはシウにとって良い選択だったみたいだね」
「あら。じゃあ、それは推薦した、わたしのおかげってことじゃないかしら。ねえ、シウ?」
「そうだね。ありがとう、ティア」
シウが素直にお礼を言うと彼女は少しだけ真顔になって、それから苦笑した。
グラディウスは緩んだ二人の手から逃れると、腕をしきりにさすっていた。どうやら強く止められたらしい。ちょっと拗ねた顔をしつつ、話が一段落したのを見てとると、また大声で話し始めた。
「もっと早くにな、助けてって通信が入ると思っていたんだ。でも、待てど暮らせど連絡が来ないじゃないか。だったら、こっちから様子を見に行こうってことになったんだ」
「助けてって……」
「シーカーで、いじめられてるかもしれないだろ!」
「ああ、うん」
それにな、と話を続けるのだが、グラディウスの後ろではラエティティアが腹を抱えて笑っている。
何やら要らない情報を与えた人がいるようだ。シウは呆れた視線を彼女に向け、それからグラディウスの腕を軽く叩いた。
「なんとかやってるよ。でも心配してくれて、ありがと」
「……うむ。まあ、そうか。良かった」
「何、偉そうに言ってんだよ、グラディウス。ギルドで聞いただろ?」
「そうそう」
キアヒの言葉にキルヒが頷いて、話を継いだ。
「もう五級なんだってね。近々四級へ昇格するって話もあるそうだし。何よりも、シウの功績を聞いて俺たち驚いたんだから」
身を乗り出して言うので、冷静な彼らしくなく興奮しているのが分かる。だからだろう、ラエティティアは皆を落ち着かせようと椅子を示した。
「ね、まずは座りましょうよ。それに注文しないと、彼が困っているわ」
と、直立不動で待っている執事の男性を指差したのだった。
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