286 恋愛と結婚と飛行訓練
木の日は冒険者ギルドへ行った。
ロトスに受付へ行ってもらったが、彼の言うとおり何故かカナリアからクラルに交代されていた。
ユリアナの方はルランドに変わっており、タイミングなのだろうが面白い。
シウが笑っていると、アントレーネが首を傾げるので昨日のことを話した。
「ああ、女運が悪いってことかい。そりゃあいい。あの子はちょっと色気付くのが早いよ。……でもまあ考えたら可哀想かね」
「可哀想?」
「そうさ。ほら、あの子は特殊だから」
「ああ……」
聖獣である彼は、普通の恋愛ができないのではないか。アントレーネもまた心配しているようだ。だからこそ、あれこれ口出しして止めているのかもしれない。彼女なりの、気持ちなのだ。
「まあ、いつかきっと良い相手に巡り会えるよ」
「……そうだね、そうだといいよ」
「レーネにも良い人ができるといいね」
「へっ?」
「何、その顔」
シウが笑うと、アントレーネは間抜けな顔を引き締めた。でもすぐ困ったような、微妙な表情になる。
「いや、あたしは」
「レーネだって、良い人がいたら恋愛して結婚していいんだからね」
「いやあ……」
「別に急かしてるのでも命令してるのでもないよ。ただ、良い相手に巡り合えたらいいねって話」
シウの言葉を何度か咀嚼して、彼女は神妙に頷いた。
「そう、だね。分かった。良い相手がいたら、結婚ってのも考えてみるよ。その代わり、あたしの立場ってものを理解してもらわなきゃいけないから、シウ様の周囲で見付けるのが良いかね」
「いや、だからね?」
無理するなと言えば、分かってるさと胸を叩く。本当かなあと思いつつ半眼になって睨むと、彼女は眉尻を下げて不安そうに口を開いた。
「……あたしも良い歳だし、そろそろ相手を一人に絞るのもアリだと思ってたんだよ。分かってるんだ。ま、なるようにしかならない。次は良いなと思ったら先に聞いてみるよ」
「なんて?」
「結婚する気があるなら寝てやるよ、ってさ」
「……ああ、うん、まあいいんじゃないかな」
アントレーネの過去のお付き合いについて深く聞くつもりはなかったが、本当に「その時の気分」だったらしい。その時、好きだったのだから誠実ではあったのだろう。
人によって恋愛観は違うものだ。
シウがアントレーネの恋愛観について考えていると、ロトスがやって来た。
「受付終わったー。ククールス拾って、行こうぜー」
やる気のなさそうな声にシウは笑って突っ込む。
「クラルも良い人なのに、そういう態度は悪いよ」
「良いヤツなのと、女であるかどうかは別物なの」
「そりゃそうだ、ははは!」
何故かアントレーネに受けて、彼女は楽しそうに笑って外へ出ていった。
ロトスとシウは顔を見合わせて意味もなく苦笑し合った。
ククールスを宿の前で拾うと、いつものようにシアーナ街道へ向かう。
「上空からの監視も頼まれたんだけど、受けて良かったんだよな?」
「うん。騎獣持ちの義務だからね」
監視依頼は金額は低いが、持てるものの義務のようなもので依頼を受けるついでにやる。
ロトスも念のためにと聞いただけだ。
シウたちはシアーナ街道へ到着すると、各自で訓練がてらの狩りを行った。
途中、フェレスとブランカを思い切り飛ばせるためにシウだけ抜ける。
クロは皆との連絡係として置いてきた。
「吹雪いてようが全力で飛ぶこと。分かった?」
「にゃっ!」
「ぎゃぅ!」
返事をした二頭には騎乗帯と共に人型の重しを載せている。シウは飛行板に乗って競争だ。もちろん、全力で魔法を使う。
「あそこの山頂にある、ギザギザ岩までだよ。ヨーイ、ドン!」
「にゃにゃっ」
「ぎ!? ぎゃぅっ」
シウも一歩遅れて、追いかける。
往路は木々の上空、邪魔するものは雪だけという状況で飛んでいった。歪な形の岩は、フェレスたちが「ぎざぎざしてるー」と呼んでいたので名付けたものだ。そこヘ最初に到着したのはフェレスだった。次いでシウ、それからブランカだ。
ブランカはふんふんと荒い鼻息で、それから悔しそうに雪へ突っ込んで転がった。
「よし。じゃあ、今度はクロたちのところまで。ただし、木々の間を通るよ。飛んでも良いけど地面からこれぐらいまで」
と、シウの膝辺りを示してみた。二頭ともシウの膝をじいっと見つめて頷く。
「これ以上高くなったら失格。負けだからね?」
「にゃ」
「ぎゃぅっ!」
シウが飛行板に足を載せ、体勢を低く整えた。
するとフェレスとブランカも、弾丸スタートを切る前の緊張感に一気に入る。
「行くよ、ヨーイ、ドン!」
二頭とも鳴きもせずにスタートを切る。シウもその後を追って飛んだ。これはシウにとっても至難の業だ。地面は平らではない。その地面をすれすれに、しかも立木や岩、倒木を縫うように通り抜けなければならない。高低差のあるところもあって、地面と並行して飛ぶのは大変だ。
むしろ、フェレスとブランカは四足で地面を蹴れる分、有利だった。
さてどうするのだろうと後ろから追いかけるように飛んで、観察してみた。
フェレスは、膝より上に飛んではいけないという言葉の意味をしっかり理解し、器用に岩場や倒木に足をおいて臨機応変に進んでいた。雪が積もる地面へは決して足を置いていない。風属性魔法を自然と使って方向転換するフェレスだが、木々が多い山中では使っていない。無駄に魔力を使わず、山中にあるものを極力使って方向転換している。
どうやれば一番早いコースに乗れるのか。彼は天性の勘のようなものを持っているようだ。前へ前へと視線は向かっているが、時に地形の関係上まっすぐ進めない場合は、少しだけ遠回りすることも覚えている。
以前はただまっすぐしか見えていなかったのに、考えるようになっていた。
どうやったら早く辿り着くのか。山中での遊びと訓練から自然と身についたようだ。
反対にブランカは、まだまだだ。
地面から膝のあたりの高さで飛ぶことに最初はこだわっていた。そのため、くぼみに入ると余分な力を要することになる。
彼女は必死に風属性魔法で地面から遠ざかり、高すぎて慌てて戻るというような無駄な時間を過ごしていた。
しかし、途中からフェレスに引き離されたことで、足場を作れば良いと気付いたらしい。ただ、選び方が下手だった。
雪の上に足をついた時には、それは悪手だろうと、見ていて後ろから笑ったものだ。
それでもめげずに追いつこうと頑張るのがブランカの良いところだった。
負けない、追いつくんだ、というガッツでもって決して諦めない。
だんだんとどうすれば良いのか、頭というよりは本能で理解してきて、フェレスの真似をするようになった。
今まで山中では縦横無尽にただ飛んでいただけの彼女も、こうした「縛り」のあるレース形式は初めてだ。徐々に考えて飛ぶようになっている。
シウはそこで並走しながらアドバイスを入れた。
「少し右よりに飛んで、あの岩場に足を付けたら反動で進めるよ」
「ぎゃぅっ」
言われた通りに、指示した先へ向かう。するとまっすぐ行くよりも楽に飛べると気付いたようだ。
「フェレスの後を追うように真似て飛んでごらん。遠回りに見えても楽だし、早く飛べるよ」
「ぎゃぅ!」
わかった、と返事をしてすぐさま速度を上げた。膝より高い位置になったものの、フェレスに追いつくためだ。シウは目をつむってあげた。
最終的にはやはりフェレスが早かったものの、どうやら少し手を抜いて待っていたことが分かり、シウは彼を偉いなあと思う。
勝負事には夢中になるところもあったのに、ブランカを育てようとしたり、あるいは彼女に力で負けても気にしなくなった。
組んず解れつやっていると、どうしても体格の大きいブランカには負けてしまう。それに対して最初は落ち込んだり拗ねていることもあったが、今では力の抜き加減を覚えたり躱したりしていた。
勝手に山中へ遊びに行かせることも多かったが、今度は縛りのあるルールを設けたレースも取り入れてみよう。
特に今回のような、低空飛行はかなり大変だ。
シウも何度かヒヤッとした。
いつもは無意識に危険回避をして飛んでいたことが、自分でも分かった。
そんなことを合流したククールスたちに話すと、彼等も「それはいい」と手を挙げた。
「競争しようぜ、競争」
「いいね。人間は飛行板で勝負だよ」
「てか、二人共張り切りすぎだってば。なんでこの二人こんなに飛行板好きなの」
ぼやくロトスに、シウは笑った。
「ロトスはどうする?」
「うにゃー。俺も聖獣の時の訓練で取り入れるー。……あと、飛行板もやる」
「なんだ、結局やるんだ」
「だって、負けたら悔しいじゃん」
というわけで、全員でどんな縛りがいいのか話し合い、午後は各自で練習を行ったのだった。
夕方、ククールスが冒険者ギルドで、
「飛行板のレースあったら面白いよなー」
と語ったものだから、その場にいた冒険者たちがざわめいてしまった。
冒険者仕様の飛行板しか使えない者からはブーイングが出たものの、速度があまり出ない通常の飛行板でのレースだ。大したことにはならないよ、とククールスに言い訳されて諦めていたようだ。
後日、飛行板のレースがひそかにブームになっていくのだが、それは冒険者の間でのことだった。
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