263 女性の買い物と赤子の効果




 翌朝、貴族街と大商人街の通りへ下着を買いに出かけた。これはエミナにお願いする。

 代わりの店番としてスタン爺さんが入ったために、赤子三人はロトスが見ている。

 シウは何をするかと言えば、エミナの付き添いだ。

 さすがに貴族街へ入るのにエミナだけでは難しい。ベリウス道具屋の証明は持っていても、女性一人というのはよろしくない。

 シウはお付き役として付いていくのだ。ついでにブランカも一緒だった。それらしく騎乗帯などを付けておけば、誰何されずに済む。

 案の定、大商人街へは全く問題なく入ることができたし、貴族街との境にある大通りでも警邏から目を付けられることはなかった。

 エミナにはついでに、高位貴族の女性に仕える人が着るような、それなりの仕立てだけど派手ではない落ち着いたドレスを数着買うよう頼んだ。エミナのサイズのものもだ。次に来る時、エミナが着て来られるように、である。

 今日は、お祝いの席で着ていた一張羅を着てきたエミナだが、少々若向けで派手なのだ。貴族からすれば町娘風であり商人から見れば派手すぎる。

 お古をリメイクしたそうだがエミナに合ってない気がしたので、新たに「お礼代わり」として贈ることにした。

 要らないよ子持ちだよーと言っていたエミナも、店に入るとテンションが高くなって、結局「本当に買ってもいいの?」とおずおず聞いてくるものだから笑ってしまった。

 お礼だから、どうぞと勧め、シウは店の表にある椅子に座って待つことにした。

 それはもう長い時間、待った。


 ついでなので買い物は全て済ませようと、大商人街から中央地区に入り、庶民向けだけれど少し良い服を売っているお店で一式を買う。

「エミナも欲しいのがあったら一緒に買ってね。ついでだから」

「え、でも、それはなぁ」

「他人の女性の服を買うのに、姉代わりのエミナに買わないのって変じゃない?」

「うわ。そういう言い方をされたらな~。シウってば、賢い! 優しい!」

 褒めている割には苦々しそうな顔をして、でも笑顔になるあたり嬉しいのだろうと思う。一生懸命、自分の服も選んでいた。

 なるべくサイズの合うものをと、ひっくり返して探すので店員さんも苦笑いだ。

 既製服でも新品となると高いので、ここは中古を選んでいる。

 中古と言っても大商人街から流れてきているから質は良い。特に、お仕着せなどの総入れ替えがあると掘り出し物も出てくるそうだ。

 エミナと店員は一心不乱で掘り出し物とやらを探していた。


 他に必要そうなものは全部揃えてもらい、雑貨屋を回ってから帰宅した頃にはもう昼だった。

 ドッと疲れた気がする。

 エミナは何故かツヤツヤしていた。不思議だ。

 他人のものでも買い物は楽しいらしい。

 話を聞いたアキエラが「いいなぁ~」と本気で羨ましがっていた。



 昼ご飯の後、ロトスとフェレスたちをコルディス湖へ転移で送った。

 疲れただろうし、フェレスとブランカは特に狭い場所で過ごしていたので辛かろう。

 遊んでおいでと送り出した。

 赤子はリードを付けて、離れ家の二階へと上がった。

 階段を這いずりながらも上がれるようになった三人組は、きゃっきゃと楽しそうだ。

 声に気づいたアントレーネが部屋の戸を開ける。彼女は部屋の中に向かって声を掛けた。

「あたしの子供たちを入れてもいいですか?」

「ええ、もちろん」

 シウも一緒に入ると、ヒルデガルドが目を丸くしていた。ガリファロによじ登られていたからかもしれない。

「……あの、もしかして、シウとの間の?」

「いや、違います。この子たちがお腹にいる時に、あたしはシウ様に買ってもらったんだ、です」

「買って、もらう?」

 ヒルデガルドの目が見開いて、シウとアントレーネを交互に見た。

 シウは苦笑して、肩を竦めた。

「レーネは奴隷なんだけど、そういうの、最初に教えていた方が良かったかな?」

「……いえ。いいえ。奴隷かどうかで、人を判断したり、しないわ」

「そう」

 やはり、彼女は変わったのだと思う。

 あからさまな、ひどい差別をする人ではなかったが、身分の差については常に念頭にあったはずだ。

 シウを貶めるためだろうが、流民だと蔑むような発言もあった。

 唇を噛んでいるのは、シウ同様に、かつての発言を思い出したからだろうか。

「お腹に子供がいるのに、売られたの?」

「あたしは戦争捕虜でね。仲間に裏切られて捕虜交換の名簿に名前を乗せてもらえなかった。敵国に捕まった士官がどうなるかは分かるでしょう? 拷問の訓練は受けていたけど、予想した以上にゲスが多くてね。女だから相応の覚悟もあったんだけどさ。で、そのまま獣人族が欲しかったらしい奴隷商があたしを買い取って、遠くラトリシアまで運ばれたってわけさ。あ、いや、わけです」

「……ごめんなさい。ああ、なんてこと、わたし――」

「いや、あたしはもう気にしてない、です。シウ様に出会えたからね。子供たちにも思うところはないんだ。です。お姫様も気にしないでほしい」

 ヒルデガルドは暫く黙って、それから口を開いた。

「……でしたら、あなたも、普通に話して。話しやすい言葉で。それから、わたしはもう『お姫様』ではないの。名前を、そう名前を呼んで。ああ、でも名前は」

 情緒不安定なのだろう。ヒルデガルドは顔を覆ってしまった。

「わたしの名前はもう、ないの。名乗れない。父上が、名乗ってはならぬと――」

「じゃあ、新しい名前は?」

 シウが口を出した。

 すると、ヒルデガルドが手の間からシウを見ようとして、そして、そろりと手を下ろした。

 赤子たちはきゃっきゃと走り回っていたのに、ヒルデガルドが泣いたからか動きを止めて見ている。

 皆が彼女に注目していた。

「……名前、新しい名前?」

「そう。新しく名前を付けて、新しい人生を歩いたらいいんだよ。そうしよう。お姫様って記号でもなく、お嬢様でもない、平民として生きる名前だ。どういうのがいい?」

「どういう……」

 呆然とした彼女に、アントレーネが身を寄せた。囁くように告げる。

「シウ様に付けてもらうといい。あたしの子供たちもそうしてもらった」

「あなたの、子供たち……」

「そう。あそこでベッドに上がろうとしているのがガリファロ。カーネーションって花の名前らしいよ。そんな可愛い名前が付けられるような性格じゃないんだけどね。走り回って元気いっぱいさ。でも、あたしには可愛い」

「ええ、可愛い。……ねえ、他の子の名前も教えて」

 もちろん、とにっこり笑ってアントレーネが続けた。

「さっきから椅子を運ぼうとしているのがカティフェス。キンセンカだって。一人遊びが好きでね、妙なことを一生懸命やっている。でも、他のきょうだいが泣いていたら駆け寄ってくる優しさを持っているんだ」

「そうなの」

「で、ベッドの下に潜り込んでいたのがマルガリタ。女の子で、ヒナギクって意味があるんだって。お転婆でね。でも頭が良くてお喋りも一番早かった。シウ様のことを、マンマって呼ぶものだから、ご飯じゃないよって何度も教えたものさ」

「まあ」

 ヒルデガルドが笑った。

「シウ様が、一番美味しいものを食べさせてくれるからかもしれないね。みんなシウ様のことが大好きだ。子供たちだけじゃない。あたしも、フェレスたちだってそうなんだ」

「まるで、父親のようね」

「そうさ。シウ様はあたしの主だけど、父であり、この一族の長でもあるんだよ。尊敬しているし、支えたい。仕えたいと思う初めての人なんだ。……決して、引きずり下ろしたい人じゃない」

 ヒルデガルドがハッとした。

「それが本物の騎士だ。シウ様はあたしのことを、騎士でありながら家族にもしてくれた。分かるかな? それは決して、ただ言うことを聞くだけの人形じゃないんだ。信頼して任せてくれる。頼ってくれたり、意見を言っても聞いてくれたりする対等な家族なんだよ」

「わたくし……」

「ね、新しい名前を付けてもらいましょう。それで、新しい人生を始めたらいい。そこから先どうするかは、ゆっくり考えて決めたらいいんじゃないかな」

 シウの名付けのセンスが悪いことを、どうやらアントレーネは知らないようだ。

 困った。

 シウは必死で脳内の辞書を片っ端からめくっていた。

 良い話をしているが無視だ。

 案の定、ヒルデガルドは乗り気になってしまった。

 キラキラした目でシウを見てくるのだ。

 シウは「ああ」とか「うう」とか言いながら、考えますと答えて部屋を出たのだった。



 子供たちはヒルデガルドを明るくさせたようだ。

 まだ体力のない彼女には疲れるだけだと思うが、笑顔になるのなら少しぐらいはと思って部屋に置いていくと……。

 おやつを持って部屋に戻ったら、よじ登りに成功したらしい赤子三人がベッドを占領していた。

「あ、ごめんなさい。隣に連れて行くよ」

「いいえ、ここで。寝顔を見ていたいの。ダメかしら?」

「……じゃあ、どうぞ。あ、耳は触っちゃダメだからね」

「もちろん分かっているわ。わたくし、そこまで物知らずじゃありません」

 そう、なのか。

 シウは気を取り直して、おやつをテーブルに置いた。テーブルはベッド脇に移動させていたので、少々お行儀は悪いがベッドに座ってもらうことにした。

 でないと、布団の上に寝転んでいる赤子たちが起きてしまうだろう。


 ヒルデガルドはおやつなんて久しぶりと、頬を緩めていた。

 一度にたくさん食べさせたら、細った胃には悪いので少量ずつ食べさせているが、何よりも「食べたい」と思えることが大事だ。

 今までは、食べたくても口にすることはできなかったらしい。

 そりゃあ周りが我慢しているのに自分だけ食べるほど、鈍感な性格ではない。

 そうしたことの積み重ねも彼女を追い込んだのだろう。

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