256 王子の本当の強さ
ジークヴァルドが王城の外門まで送ってくれるというので、シウは有り難く付き添いを受けた。
事前に頼んでいたらしく、宿舎の前の停留所に馬車が停まっている。
すると、待ち構えていたのだろう、宿舎に併設されている獣舎の方からディジオたちが出てきた。
ウルホが警戒する中、ディジオはニヤニヤと笑って近付いてくる。
「密談は済んだのか。たかが下民がここまで来るとはな。それを許す方もどうかと思うが……もっとも、そうした身分はもうなくなるのでしたかね?」
「貴様――」
相手の言い様に腹を立てたのはウルホだった。が、ジークヴァルドがすぐさま止める。
「ウルホ、下がっていろ」
ジークヴァルドに窘められて、ウルホは渋々後ろへ下がった。
「同じ騎士として、いや、騎士の先輩として教えてあげましょう」
ディジオはジークヴァルドに上から目線で話しかけている。怒らせようとしているのかな、とシウなどは思ったが、ジークヴァルドはどこまでも冷静だった。
なんだ? という顔で軽く頷いた。
ジークヴァルドは騎士学校にも通っていたし、そうした空気が好きなのだろうが庶民のような言葉づかいをする。
でも、持って生まれたもの、王族として育ってきたものは身に染み付いているようだ。
仕草はどこまでも優雅で、上品だった。
だからか、ディジオは少し鼻白んでいた。
「……っ、どう、唆されたのかは知りませんがね。鳥型に乗るなど、恐れを知らぬ行いだ。同じ騎獣隊の騎士だからこそ、教えてやりますよ。そうした行いは許されないのだとね。今なら、物知らず、ただの無知だったということで済みます」
驚いた。
無知はどちらだ。
過去、ポエニクスにもアスプロアークイラにも乗った者はいるというのに。
確かにポエニクスに乗るというのは――恐れ多いというよりは相手の性格上――難しいだろうが。
ジークヴァルドも騎獣管理塔へよく行くから、研究者とも話をするはずだ。そうしたことは知識として理解している。
だから、目を細め、どこか憐れむようにディジオを見ていた。
「……それで?」
「それで? だから、言ったとおりのことですよ。無様な姿を見られたくないでしょう? そいつは口だけは達者だ。上手いこと言いくるめられているのでしょうが、気をつけた方がいい」
「なるほど」
「分かっていただけたようで何より。ブロスフェルト師団の者も注意はできなかったのでしょうな。やはり、コルヴィッツ師団に今からでも――」
「エリクソン殿」
話している最中に止められたせいか、ディジオは一瞬だけ不快な目をした。しかしすぐに、どこか媚び諂うような、妙な笑みでジークヴァルドを見た。
「なんでしょう?」
「アスプロアークイラへ乗ることに関して、決めたのはわたしだ。研究員たちと話し合ったが、決めたのはもちろん騎乗者となるわたしだ。そして、本日はシウ=アクィラ殿をお招きして、ご指南いただいた。いわば、大事な客人だ」
「は――」
「それ以前に、シウ殿は、我が国にとって大恩ある御方だ。知らなかったのならば『物知らず』『ただの無知』だったということで済ませよう。改めて、わたしが教えてやる。シウ殿は、一三四五年風薫る月に起こった王都北東の魔獣スタンピード事件の、功労者だ。発生を知らせてくれたばかりか、初動を間違えずに抑えてくれた、恩人である」
「……いや、それは」
「貴族の中には、魔獣を発生させた張本人だと言い出す愚か者もいたというが、後に調査で判明した結果はそれらを全て否定した。彼の初動対応なくして、王都の無事はなかった。ましてや、あれほど早く解決に導けたのは、狂化した魔獣たちの間引きを手伝い、強力な魔道具を与えてくれたからだ。これらもまた、後ほど、詳細に調査報告された。担当したのはブロスフェルト師団だったが、コルヴィッツ師団にも詳細は知らされていたはずだが?」
「それは――」
「あの事件のきっかけは、貴族のバカ共にあらぬ嫌疑をかけられて家族を殺された者たちが、集まって起こしたものだった。禁忌の魔道具『魔獣呼子』を使って、自らの身体を餌にしてまで貴族への仕返しを狙った。……予想外のことが重なったおかげで、彼等が想像した以上の結果に陥りかけたがな。それら全てを抑えてくれたのがシウ殿だ」
立て板に水のごとく話すジークアヴァルドの様子に、ディジオはもはや、反論する気持ちがなくなったようだ。後ろでニヤニヤ笑っていた騎士仲間たちも、顔色が悪い。
「……当然、国として、シウ殿には報奨を与えた。その中には、授爵の話もあったのだ」
「え?」
「そ、そんなまさか」
「そうなのか?」
騎士たちは顔を見合わせている。
「断ったのはシウ殿だ。今なら、何故断ったのか、わたしにも分かる気がするよ」
「殿下――」
「事件のきっかけは護衛たちの暴走だった。復讐のための行いだった。では、その原因はなんだ? 貴族の、貴族として許されないふるまいのせいだ。犯人らの行ったことは決して許されることではない。だが、彼等をそこまで追い込んだのは、誰だ? 幾人かの貴族だけが原因だったのか? 彼等が傲慢になる素地が、あったからではないのか? 無知であろうとも、貴族に生まれた者は、分かっていなくてはいけないことがある。『貴族たるもの、その身分に相応しい振る舞いをしなければならぬ』。これは、傲慢にふるまえ、という意味ではない。騎士学校でも習ったはずだ。そうではなかったか?」
最後の言葉を強く、言う。
ジークヴァルドに促されたと思ったのだろう、ディジオは俯きながら、ぼそぼそと応えた。
「『その身分に応じた、社会的責任と義務を果たすこと。卑怯なふるまいをよしとせず、品位をもって示すこと。正しい行いをよしとし、蔑むことは人ならず。弱き者を助ける者であれ』です」
「今一度、それを復唱してほしい。己の心の中でな」
「……はい」
「シウ殿にこそ、授爵は相応しいと、陛下は仰っていた。その意味を考えてくれるか」
「わかり、ました」
「その後で、どうかわたしに同じ騎獣隊の一員として、いや、先輩として教えを」
「え?」
「教えを請いたい」
「殿下」
ジークヴァルドは肩を竦めて笑った。
「わたしには、そう呼んでもらえる身分がもうないのでは?」
「あ、いえ――」
「冗談だ。どうか、ジークヴァルドと」
「……はっ。ジークヴァルド殿下!」
青くなっていた騎士たちを含め、ディジオも、困ったような気恥ずかしそうな顔をしてジークヴァルドに返事をしていた。
こうやって諍いを収めるのかと、シウはジークヴァルドの手腕に感心した。
シウでは相手を怒らせるだけだった。
ジークヴァルドの言葉は、それ自体はきついものだが、口調はとても柔らかかった。穏やかに諭すように。
そう、ゆったりとした独特の韻があった。
これが王族の力なのだ。
頼りなさそうに見えても、庶民のような口調を真似ていても。
彼は確かに、貴族の上に立つ王族なのだった。
馬車の中でシウがすごいねさすがだねと褒め称えていたら、照れたらしいジークヴァルドに叩かれてしまった。
そうして笑いあっていると、門に到着した。
「ここでいいのか? 外馬車を呼ぶぞ?」
「ううん、ここで。夜風に当たるのも気持ちいいよ」
「気を付けてな」
「うん。またね」
「次は、カロスともども負けない。ブランカ、勝負しような?」
「ぎゃぅ!」
する、と機嫌よく答えて、ブランカは尻尾をゆーらゆらと振った。
彼女はさっき、シウが何やら言われているのを黙って見ていた。それほど敵意があるわけではなかったこともあるが、彼女もまた成長している。
クロも、冷静に状況を判断しているようだった。
カロスはブランカの上で動揺しているようだったから、まだまだだ。
クロが大丈夫だよと慰めていた。
貴族街を抜けて歩きながら、そう言えばと思い出す。
魔獣スタンピードが起こったあの場所は、現在、整備されて稼働を待つ状態だ。
今年の中頃、あるいは終わりまでには本格稼働となる。
その為、急ピッチで街が造られているところだ。
迷宮内はすでに軍が入って、間引いているらしい。訓練を兼ねているため、街には常駐する場所も取っている。
街の中心地は出来上がり、様々なギルドが動いていた。商人や、出入りする業者、宿屋、食事処なども。
地下迷宮開きはもう少し先だが、街自体はもう活動している。
シウも招かれているので、行く予定だ。
運営など、権利は全てシュタイバーン国へ渡しているが、使用料のような形で毎年口座に振り込まれていた。
街が本格的に開けば、更に増えるという。
別に要らないのになぁと思うが、それをどこかに投資してもいいかと考え直した。
特に、希少獣たちの養育院をこれからも作っていくのなら、寄付だけでは運営できなくなるかもしれない。養育院用の口座に振り替えてもいいかなと考えているうちに、ベリウス道具屋へ帰り着いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます