233 外の世界、油の木、狩り自慢
外へはアエテルヌスなど、狩りや荷運びなどをやる男たちがメインで行くことになった。
他には若手が出るのだが、偉そうなことを言っていた青年団長のバルバルスは外へは行かないようだ。
先祖返りということもあって、外へ出ることを極端に恐れている。
ゲハイムニスドルフの人たちは、アポストルス一派に捕まったらどうなるかをしっかり理解しており、血の濃い者ほど外へは出ない。
十数年に一度は大掛かりな外への旅があるので、その時ばかりは出るようだ。シウからすれば、こんな状態で大丈夫なのだろうかと不安に思うのだが。
ハーブを育てたいらしい女の子パリドゥスも一緒に行くと言っていたが、彼女の親はとても心配そうだった。
両親共にレベル一ということで、娘がレベル三もあることから心配なのだ。
大事に守られすぎて、行くと決めたのに壁を出る直前まで彼女は迷っていた。
付き合うつもりはなかったのでシウたちはさっさと出たのだが、少しして慌てて追いかけてきた。
グラキリスもレベルは低い方なので一緒についてきた。
他は全員がレベル一という者ばかりだ。
以前アウレアのために、アポストルスの追術魔法対策として《鋲打機》を作ったことがある。それを貸そうかとも思ったのだが、彼等とて対策はしているだろう。これまでも外に出てきたのだ。だから、様子を見ることにした。
壁を出る際に何やら祈りような仕草を見せていたので、「あれかな?」と思いながら先へ進んだ。
森へ入るとフェレスたちを偵察と称して走らせた。
キルクルスもクレプスクルムも付いていくので、一緒に狩りをするつもりだろう。
シウとロトスは森の様子を観察しながら、植生を調べたり、足りないものを脳内にメモしていった。
「使えそうなハーブが、幾つかあるね」
「本当ですか! 育てられそうかな」
「同じ地域だから大丈夫だよ。これ、枯れてるけど、越冬のためだからね。根ごと持って帰ろう。こっちは種を取ってね」
「はい」
下草は随分と刈られていた。山羊の餌にしているのだろう。
シウの探し物は「油の木」だったが、近場にはなかった。
「うーん」
「どうかしましたか」
アエテルヌスが心配そうな顔で問うので、シウは笑った。
「油の木があればと思って」
「あ、ああ……」
すると近くで話を聞いていたアンプルスという男が、慌てたように手を振った。
「あんな危ないもの、全部切り倒しているよ」
「そっかあ。竜人族と一緒だね」
「彼等にもそうしろと教えてあげたからね」
アエテルヌスが言う。
(ドヤ顔だぞ、こいつ)
ロトスがまたツッコミ念話をするので、シウはつい笑ってしまった。
アエテルヌスは自分が笑われたと思ったのだろう、気後れしたような表情を見せる。そういうつもりはなかったので、手を振った。
「火災になったら怖いから、対応策として間違ってはないんです」
「そう、ですか?」
「ただ、家畜や魔獣から得られる油は、臭みがあるし少量でしょう?」
「ええ、まあ」
「仕入れるには、重さがあって無理だろうし」
「いつも後回しですよ。今日の昼だって、あんなに油を使っててびっくりしました」
油料理を摂らないこともあって、肌がガサガサなのかなと、シウは彼等を眺めて思った。空気が乾燥しているだけではないのだ。
油は摂取しすぎも良くないが、なければないで体に不調をもたらしたりする。
油の木から採れるものは少々独特の味や匂いはあるものの、栄養は十分だ。少なくとも獣から得る油よりはずっと匂いも良い。
「油もほどほどに使った方が、体には良いんです」
「そうなんですか」
「油の木も、燃え広がると危険ですが、適切に育てたら問題ないですよ」
「育て……? え、育てるんですか?」
「はい。簡単です。壁の中で育てるのが怖ければ、森で育てたらいいんですよ。竜人族は面倒がって、適当に狩りへ行って採取してるみたいだけど」
その場で絞るだけの力と体力があるからできることだ。
「周辺に堀を作って、水を貯めておけば良いだけだし。区画ごとに分けていれば、自然発火しても被害は広がらないです。周りを囲んで、作業小屋も作っておけば現地で油の採取もできる。さして難しいことじゃないですよ」
「そ、そうなのか」
樹液が油の代わりになるので搾り取るのが大変だが、それも絞り機を作ればいいだけのことだ。
もっと簡単にするなら、メープルのように傷を付けて流れ落ちるのを待ってもいい。ただ、この場合は自然発火の可能性が高くなる。
やはり、一本倒して、そこから搾り取るのが良い。
幸い、油の木は生育が大変早く、植樹も簡単だ。
育つ地域は限られているので、むしろ油の木があったことが僥倖だとシウなどは思う。
「そちらも計画を立てましょうか?」
「で、できれば」
「はい。じゃあ、森のどの辺りで開拓を進めるのか決めないとですね。これは持ち帰りかな」
大体どの辺りにすればいいのかは、シウが幾つか提案してみる。風の流れや、地形を見てのことだが、この地に長く住む人ならではの意見もあるだろう。
提案した中から選ぶ形が良い。
壁の周辺をぐるりと確認したが、パリドゥスは最後は疲れ切っていた。
森歩きに慣れておらず、体力もなさそうだ。
固有の封印魔法を持っていないため、そうした体力作りはやっていないらしい。グラキリスは封印魔法がレベル三あることと、男性であるため鍛えていると言った。
「……そう言えば、グラキリスさんは男性、なんですね」
「ああ、はい。そうです。レベルが低いのでね。そう、先祖返りは曖昧なことも多いですな」
とはいえ、先祖返りに両性が多いとはいえ、レベルが低くても生まれることはあると言う。つまり、ハイエルフに元々そうした因子があるようだった。
「バルバルスは珍しく、完全な男性体なのですよ。だからか、気性がとても荒くて」
「あー、なるほど」
女性の性も混ざっていれば、おとなしやかな部分もあったのだろう。
「わたしにもやんちゃな時代はあったと思いますが……自分のことは見えないものですから、偉そうなことは言えませんね」
長老補佐をやるだけあって、冷静な人だ。
シウもひっそりと笑って頷いた。
「自分のことなんて分からないものです。客観的に見られる人間なんてそうはいません。ましてや悪い部分など、指摘されない限りは気付かないものです」
グラキリスが片方の眉を上げて、シウを見下ろした。そしてにこりと笑った。
「……若くして苦労したからでしょうか。年齢通りの方ではありませんな。あなたのその聡明さを、少し分けてもらいたいものです」
自分にという意味ではなく、バルバルスにだろう。
シウは肩を竦めただけで返事はしなかった。
ロトスが後ろでニヤニヤしているのが分かったからだし、シウのはそんな偉いものでもなんでもないからだ。
先ほどの台詞は、全てロトスに気付かされた結果なのだから。
門前で待っているとフェレスたちが戻ってきた。
キルクルスを含めて、全員が輝く笑顔だ。
そう、希少獣でも笑顔になる。希少獣だからこそかもしれない。人間と共に生活するためか表情を真似るのだ。
物理的に無理なクロなどは、羽を広げて喜びのダンスを踊ったりして。もっとも、恥ずかしがり屋なので滅多に見せてくれない。あと、求婚のダンスとの違いが分からないので、シウはいつも黙って笑顔で見ている。
さて、みんなが楽しかったらしい森での遊び、もとい狩りの成果は大猟だったようである。
魔法袋にも入れたらしいが、それを取り出すという真似はしなかったフェレスとブランカだ。クロが指示したのかもしれないが。
幾つかは現地で――キルクルスとクレプスクルムが――解体し、油紙に包んで持って帰ってきた。フェレスとブランカの背にも載せられている。
「良い狩り場があった。岩猪は食いでもあるしな!」
「わたしはヒュブリーデケングルを狩ってきたわ。生産魔法持ちに教えると言っていたでしょう? ちょうど良いと思って」
「にゃにゃ!」
「ぎゃぅぎゃぅ」
「きゅぃ」
各自、何故かシウに報告してくれる。フェレスたちはともかく、何故キルクルスとクレプスクルムまで、と思ったが黙っておく。
後ろではグラキリスやアエテルヌスたちが呆気に取られていたし。
「すごい……」
「あんな短時間であの量か」
「さすがオリーゴロクスの者たちだな」
「騎獣たちも狩りをしたと言ってなかったか?」
「すごいな。うちにいた前のは、狩れなかったよな?」
「ああ。――あ、バカ、それは内緒だぞ」
こそこそ話しているが、シウには聞こえている。
ロトスも高性能の聖獣だから聞こえていたらしく、シウに近付いてきて、耳打ちしてきた。念話でいいのに。
「どこにもバカはいるよな。聞こえてるっつうの」
「はいはい」
「あと、調教魔法なさげなのに騎獣の言葉が分かるんだな」
そこはハイエルフの種族特性かもしれない。全員ではなさそうだし、数値では決められない部分なのだろう。
「鑑定した?」
「したした。まだシウみたいにフル鑑定できないけどさ。あのへんの人たちならうっすら見えるようになった」
「おー、すごいね」
褒めると、ロトスは真面目な顔になって「うむ」と頷いた。
どうやら頑張って、毎回鑑定していたようだ。レベルが上がってきたと言っていたが、ようやく人物鑑定もできるようになったらしい。
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