231 精霊の偵察とお願いと紛糾




 聞いてもらいたいのは、この精霊が誰かの頼み、ないし魔法によって「偵察」に来たかどうかだ。

 ロトスが辛抱強く会話を試みたが、あまり上手くはいかない。

 どうしようかなと思案していたらクロがトトトと床を飛ぶように歩いてきて、シウの服の裾を摘んで引っ張った。

「どうしたの?」

「きゅぃ。きゅぃきゅぃ」

 お話、クロできるよ、と言い出した。

「え、すごい!」

「マジか!」

「きゅぃ……」

 たぶん、と控え目にだが、しっかりと答える。

 フェレスもブランカも視えているのは知っていたが、彼等は精霊を虫扱いしていた。

 クロは精霊だとは知らなかったらしいが、何か変なモノと思っていたとか。

 話ができる相手なら頑張ると、立候補してくれた。

 というのも、以前、お話をしたことがあるらしい。

(え、いつ。どこで。誰と。事案発生か?)

 妙なことを言い出すロトスを止めて、シウはクロに頼んでみた。

 クロは空間壁の箱に近付いて、きゅぃきゅぃ鳴いて話しかける。

 暫くするとクロの問いかけが変わった。

 そうなの、どうして?

 などと会話になってきているのだ。

 おお、すごい! と感動していたら、ロトスも念話で言葉にならない言葉を発し始めたので、頭を叩いて止めた。

(……最近シウのツッコミが鋭すぎて怖い)

(はいはい)

(あと、対応が雑い。ひどいと思います!)

(うん、そうだね。後でね)

(……しくしく)

 一人劇場を無視していたら、いじけるフリは止めてフェレスたちのところへ突進していた。どうやら飽きたようだ。もふもふの刑に処すと叫んで走り回る。何故かキルクルスも巻き込まれていて、申し訳ない気分になってきた。


 結局、クロの会話から察するに、精霊はやはり誰かに命じられて調査に来たらしい。

 ただし、精霊は明確に意志のある生き物ではない。

 かつていたという実体化した人型の大精霊ならともかく、そのあたりに漂う自然の末に生まれた「命」には、意識とか力というものがあまり理解できないようだ。

 クロとの意思の疎通も、言葉というよりも命が持つ本能のようなものをクロが勝手に変換して「こうだとおもうの」と伝えてくれる。

 以前も、ふらふら漂う精霊に「どうしたの? まいご?」と尋ねて「あそんでるんだよ」というようなことを言われたことがあるらしい。楽しそうな気持ちが流れてきて、良かったねと告げたら、大きなものに変わってパアッと飛んでいってしまったらしい。

 変なのと思ったらしいが、その後に鉱石を見付けてすっかり忘れていたようだ。

「きゅぃきゅぃ。きゅぃきゅぃきゅぃ」

 そして、目の前の小さな精霊は、調べてこいと言われたような気がするけれど遊びたくなったので止めた、と言っているらしい。

「遊びたいんだ?」

「きゅぃきゅぃ」

「楽しそうだから? あー、クロや、フェレスにブランカがいるからかな?」

「きゅぃ……きゅぃきゅぃきゅぃ」

「珍しいのがいるから? 僕やロトスがいるからかな。まあいっか。あ、でもとりあえずお願いしておいて。ここでのことは内緒ね、って」

「きゅぃ!」

 分かった、と答えるや箱の中に一生懸命話しかけていた。

 なんだか可愛くて、ついにやけてしまったシウである。





 翌朝、食事を摂ってからまた屋敷に移動すると、人が増えていた。

 と言っても近くで覗いている人が増えたという意味で、目の前にいるわけではない。

 厳しい視線はなく、興味津々といった様子だ。

 どうやら昨日提供した食事のおかげもあるようだった。少しだけ感覚転移して会話を聞いてみたら、そんなことを言っていた。

 今日も料理をすることになるかもね、とロトスが言うので、そうかもねと返事をして屋敷に入った。


 屋敷内ではすぐ別行動となった。

 フェレスたちをクレプスクルムに任せて、シウは昨日と同じ部屋に向かう。今日はキルクルスも一緒だ。オリーゴロクスの住民としての意見を述べてもらうためである。

 キルクルスは次期長候補なので、こうしたことも覚えていく必要があると了解してくれた。

 ゲハイムニスドルフの意識のすり合わせを行うための「打ち合わせ」はきっと苦手だろうが、何事も経験だ。

 でもたぶん――ロトスにも指摘されたのだが――シウが一番面倒くさがりなので、顔に出さないよう努力するつもりでいる。

 ロトスは自分もそういう面があるからと、シウの悪癖にもよく気付く。

 特に、簡略化するのが好きなシウの偏った頑固さは、危険だと笑っていた。

 言われてみて自覚したところがあるので、最近は我慢している方だ。

 キルクルスともども、我慢の時だねと言っている。


 実際、広間では若手を中心に喧々囂々の会議が延々と続いた。

 シウが最初に、オリーゴロクスでやったことを説明して、もし同じようにする気があるなら今だと指導もするよ、と伝えたのだが。

「すぐに決められる問題ではないだろうが」

「それより、魔法袋を持っているなら貸してくれればいいことだ」

「オリーゴロクスにも物資援助をしているなら、こちらにも同等にすべきだ。いや、むしろ、こちらの方が大変なのだから――」

 などと言い出した。もちろん、そんな意見だけではない。

「それはわたしたちの事情じゃない! 何勝手なことを言ってるの?」

「レベルの低い奴は黙ってろ!」

「意見を言う場よ。レベルが高いからって偉そうに言わないで!」

「そうだ、お前は少し自己中心的だ。経験もないくせに、年上の者に対して失礼だぞ」

「年上だろうがろくな案を出さないじゃないか。それに、俺は年下のアイツに言ってるんだ。あんなガキに、村のことへ偉そうに口出しされて平気な顔をしているお前らの方がおかしいんだ」

 とまあ、紛糾している。

 別に、押し付けたわけではないのになあ、とロトスと顔を見合わせて苦笑する。

 キルクルスも様子を眺めているが、唖然としていた。

 ゲハイムニスドルフとのやり取りは経験していても、実際の会議がどうなっていたのかは知らなかったようだ。

「どうりで。これなら、すぐに返事が来ないのも分かる気がする」

 と小声でぼやいていた。

 とにかく、いろいろ待たされるのだそうだ。使者役も大変である。

 持ちつ持たれつとは言うが、竜人族の方がよく働いているように見えるのだが、そのあたりは気にならないようで。竜人族らしいことだ。


 会議では昨日面談した村長らも三人出ているが、意見は口にしなかった。

 中堅どころと、若手の――青年団に所属しているらしい――代表数人が主にやり合っている。

 オリーゴロクスの様子は、去年アエテルヌスたちが滞在していたために詳細は伝えられていたが、今回見聞きしたことも追加で報告された。

 たとえば畑が順調に育って、多くの作物が採れたこと。

 保管庫が充実しており、冬を楽に凌いだばかりか夏も肉の処理に困らなかったことなどなど。

 そして、温泉だ。

 体を楽にしてくれるばかりか清潔になると聞いて、アエテルヌスはとても感動したらしい。

「風呂だぞ、風呂」

「そんな外の世界みたいな話をするな。俺たちはこの村で今までやってきた」

「大体、風呂なんぞは金持ちしか入らないそうじゃないか。水だって勿体無い」

「いやだから、沸かすんじゃない。湧いて出て来るんだよ」

「泉に入れというのか?」

「だから、お湯だって言ってるだろ。熱い水だよ」

 アエテルヌスは、ああもう! と癇癪を起こしかけていた。

 竜人族もそうだったが、風呂の文化がなければ理解はできない。

 もっとも、竜人族はがさつなところがあったし、人族よりは肌も強いのでそれで良かっただろうが、人族に近いハイエルフの子孫はもう少し気をつけた方がいい。

 鑑定していると、皮膚病にかかっている人が割といる。あと、若手で叫んでいる二人は見るからに不潔だ。体を拭いてもいないような気がする。

 ハイエルフの子孫であるからか、見目の良い人が多いだけに、なんというか残念である。

 この村自体も埃っぽいし、時期だからかどうか空気も乾燥している。肌の弱い種族にとっては良くない傾向だ。

 水はふんだんとはいかないまでもコンコンと湧き出ている様子なので、単純に水浴びが嫌いな人が多かったのかもしれない。そういう人が主流になると、綺麗好きは生きづらいだろうなと、紛糾の様子を眺めて思った。

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