189 発情抑制薬と避妊薬




 光の日は、納品や申請などのため各ギルドを巡った。

 薬師ギルドでは少し相談してみた。

「獣人族の、発情を抑制する薬?」

「はい。この知識で合っていますか?」

「どれどれ」

 生き字引と呼ばれるドワーフのお婆さんが受付前まで出てきて、シウの提出した紙を見る。

「ふむふむ。そうだね、神経に作用するネルウスと、菌殺しの赤茸で不安定にさせる効果。それからオーガの角と紅石花の削り粉の水出し薬を飲ませると。確かに効能を考えるなら、これで良いだろう」

「本当ですか。良かったあ」

 禁書庫ではないが、シーカー大図書館にあった古代の薬草大辞典にあったもので、若干不安だったのだ。古代と言っても、微妙な時代のものだったため信じきれない。しかし、他にレシピはなかった。せめて古代帝国の信用できる人の辞典だったら良かったのだが。

 アントレーネも、地元の魔女から処方してもらっていたと言い、その内容については教わっていないそうだ。魔女は弟子にしかレシピを伝えないらしい。

「たとえば、菌殺しは中級の赤茸じゃなくて白粒茸でもいいんでしょうか?」

「いや、そこまでやってしまうとやりすぎだ。次の発情が来ぬかもしれん。妊娠を望むならお勧めせんね」

「なるほど」

「しかし、普通はオーガの角は使わぬよ。高価すぎる。南部の獣人族どもなら、確か眠り茸を使うのじゃなかったかね」

「えー」

 眠り茸は、その名の通りヘルバ水で煮出して飲むと睡眠薬になる。普通は刻んだものを摂取して精神安定剤として使う。

「紅石花も高い。効能を考えると、あんたのこれが大元の正しいレシピだったのかね」

「そうなんですね」

 どこで見たのか聞かれたから、シーカーの大図書館だとシウは素直に答えた。

 するとドワーフの老婆は何度も頷き、黒いローブを持ってきて、シーカーへ行こうと言う。

「わしも見てみたい」

 いかにも魔女風の格好をするので、シウは笑いながら頭を横に振った。

「外部の人は入れません。それに今日は光の日でお休みですよ」

 少なくとも、研究生など以外はシーカーも休みだ。

 老婆はとても残念がって、肩を落としていた。


 ただ、彼女はシーカーで薬草学を教える教授と知り合いだそうだから、掛け合ってみると言っていた。

 現代に則したレシピも大事だが、それを学び覚えるためにも大元の由来を知ることも大事なのだと力説して。

 シウもそれには同意だ。

 とりあえず、一度出来上がったら鑑定してみて使えるかどうか確認してやろうと言うので、シウも約束して別れた。

 あと、オーガの角と紅石花を持っているなら、ギルドに卸してくれと頼まれてしまった。

 なかなか手に入らないレアなものらしい。


 オーガの角など大量にあるし、紅石花もイオタ山脈やコルディス湖近くでよく見かけるものだ。

 大量に提出してもなんなので、小量ずつ卸すことにした。

 それでも驚かれてしまった。


 このオーガの角は、以前、アルウェウスにて魔獣スタンピードが起こった際に狩ったものだ。

 爺様も小屋にかなりの量を保存していたが、シウの在庫のほとんどはスタンピードによる。

 これらは体内の調整を行う効果があり、古代帝国時代のレシピには割と頻繁に利用されていた。

 紅石花は、石のように硬いと言われる手のひらサイズの赤く輝く花のことで、血脈に沿って体内を安定させ、常に元へ戻ろうとする力があった。体内を正常に保たせる効果のあるものだが、魔力過多症には絶対禁止である。無理矢理に正常へ戻そうとする力と、魔力が多くて安定しない体が反発し合うからだそうだ。

 魔力過多症には、同じ体内を安定させる効能のある金青花が向いている。こちらは気脈に沿って安定させるのだ。気脈は魔力の通り道ということだろうか。

 効能が似ているだけに間違いやすく、度々事故が起こっているらしい。

 世間話的に話していたら、金青花も持っているなら出してくれと言われて、そちらも提出した。




 発情抑制薬については、アントレーネから相談があった。

 避妊薬は人族のものが使えるが、「発情期」というのは獣人族にしかないため、不安になったようだ。

 出産後なのですぐにどうなるとは思っていないそうだが、今後のことを考えて用意しておきたいと言われた。

 彼女が望むならとシウも引き受けたのだが、体に悪いのならば反対だ。

 幸いにして老婆も、問題はないだろうと言っていた。

 夕方にもう一度寄ってみて、作ったレシピを見てもらったが太鼓判を押してもらえた。


 帰宅してアントレーネに薬を渡したら、冒険者ギルドの口座から引き落としてほしいと言われてしまった。

「あのねえ。……僕は家族からお金なんてもらいません」

「いや、でも、あたしは騎士として仕える――」

「だったら【福利厚生】です」

「あ、シウ、シウ」

 ロトスが口を挟んできた。うん? と顔を向けると、

(日本語になってる)

 と告げられた。

(あれ、そうだっけ?)

(うん。ナチュラルすぎて怖いわ)

「あー、えっと、従業員の生活を見るのも主の務めです」

(きりっ)

 ロトスが決め顔で念話をぶつけてきたので、一応そちらを睨んでから、アントレーネに真面目に向き直った。

「レーネにかかる費用は全て僕が持ちます。もちろん、ロトスのものもね。それが、拾ってきた者の務めなんだよ。大体、フェレスが玩具を買ってもらって、お金を払うって言ったことある?」

 ないよね? と見上げてみると。

「フェレスは働いているから――」

 言いかけた彼女を睨んだら、ようやく噤んでくれた。

「いい加減にしないと、僕も怒るよ?」

「あっ、シウが怒った! 怒った! やーい、レーネが怒られたー!!」

「ロトス?」

「やっべ、逃げるぞ、ブランカ!」

 きっと冗談にしてアントレーネのしょんぼりした顔を戻したかったのだろう。

 とは、思うが、ロトスはきゃーっと騒がしく走っていってしまった。

 意味も分からずブランカも走っていき、赤子三人も後を追う。

 それを見て、アントレーネも笑っていたが、シウは頭に手をやった。

 もう青年姿のロトスが子供のように騒いでいるのだ。大人に見える者が先頭を切って走っている姿は、ちょっと頭痛がしてもしようがないと思う。


 その後、アントレーネにも個人の時間は必要なのだし、ブラード家の護衛たちもお休みの時には発散しているということだから自由にしてねと伝えた。

 またギルドの口座にあるものは完全に個人用として使うことを厳命した。

 それを貯めて、最終的に奴隷の身分を無くすのもよし。

 別に気にならないのなら、ずっとシウが養うとも伝えた。

 彼女はシウの騎士になったのだから当然のことだし、奴隷の身分のままでも本人が良ければそれでいい。

 好きにしていいけれど、個人の時間も大切なのだということはしっかり伝えたつもりだ。

 アントレーネも最近は慣れてきて、遊戯室へも行くようになったから、護衛たちの自由さも知っている。

 苦笑しながら、最終的には了承していた。



 アントレーネとの話が終わる頃、ロトスがサビーネに連れられて戻ってきた。

 ブランカと共に俯いているので、どうやら怒られたらしい。

 赤子が騒いでいいのは、彼等がまだ物知らぬ小さい生き物だからだ。

 もうすぐ成人となるロトスと、成獣になったブランカが、廊下を走り回っていいわけがない。

 こってり絞られて、落ち込んでいた。

 さすがに屋敷の表側まで行くことはなかったので、そこはサビーネも褒めていた。

 シウとしては分かっていて騒いでいる分、たちが悪いと思うのだが、彼女は飴と鞭の使い方を知っている。

「ガリファロちゃん、カティフェスちゃん、マルガリタちゃんのお手本となるように、お屋敷では過ごしてくださいませ。よろしいですか?」

「はい」

「ぎゃぅ」

「よろしい。でしたら、こちら側の廊下までは遊ぶことを許可しましょう」

「えっ!」

「その代わり、ご自分たちでお掃除なさいませ。良いですか? 埃のひとつも落ちておりましたら、このサビーネが許しません」

「はぁい」

「ぎゃぅぅん」

 結局、お掃除が完璧にできる自信のないふたりは、廊下を走らないという至極当然のことをサビーネに約束していたのだった。

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