185 五香花とラゴプスと野生騎獣と鉱石




 晩餐の間には、クラリアとルキアノ、それからシウとアントレーネだけが入った。

 ククールスたちは客人の連れという形で、別室に用意してもらっている。その方が本人たちも気楽だし、また執事の取り計らいでフェレスら希少獣も同席を許されていた。

 本来なら屋敷内へ入ることすら許されないのだから、大変な譲歩である。


 食事の終わり、食後の軽いデザートとしてワインとチーズが出てきた。

「わあ、本当に良い香りですね」

「んん、でも結構きついよ。シウ様、大丈夫かい?」

「大丈夫大丈夫」

 酔えない体質なので、構わない。

 なにしろ今生ではお酒を飲めるようになったのが、嬉しい。結局、成人してからちょっぴり飲めればそれでいいと思っていたが、なんのかんのと度々飲んでいる。

 悪い大人の見本の酒飲みたちを見てきたせいで、飲むまいと決めたこともあったが、まあ飲んでしまえばこんなものである。

 この世界では飲酒の年齢制限はない。さすがに一桁年齢だといけないが、この世界の十二、三歳は体が出来上がっている。シウが成人するまではとこだわっていたのは、前世の記憶のせいだ。周囲の大人も、子供舌の子に飲ませたくないから阻止することはあるが、おおむね飲酒には寛容だった。

 ちなみにシウが以前より度々周囲に止められていたのは、すべて見た目年齢が低いせいである。どれだけ幼く見られていたのか、分かるというものだ。

「それにしても良い香りですね」

「そうでしょう? 華やかで芳醇な花の蜜のようだと言われるのですよ。確かに、小量でも酔ってしまうほどきついと言われますが、深みがあって素晴らしいわ」

「本当に。まるで五香花の精油のようです」

「……まあ、五香花をご存知なの」

 驚くクラリアに、シウは頷いた。

「群生地を見付けたので、自分でも精製しました。花茶としても、浄化用にも」

 もちろん、精油にもしたが。

「素敵。わたくし、朝の五香花の香りが好きよ」

 というのは、夜の五香花が催淫効果のある精油となるため、意図して答えたのだろう。

 まずい話題を提供してしまったようだ。

 シウはすぐさま、話を変えようとした。

 が、部屋に男が入ってきた。てっきり屋敷の者だろうと思っていたが、その姿を見て伯爵だと気付く。

 シウが立ち上がると、彼は手でそれを止め、そのまま椅子へ座るよう促してきた。


 執事が知らせたらしく、わざわざ挨拶に来たようだった。

 本宅へ寄ってから急いで来たのか、外出着のままだ。

「ルヴォシュ=ウムラウフ伯爵だ。娘たちと、当家の者をお助けいただいて誠に感謝する。また、こうして足をお運びいただけたことを有難く思う」

「お嬢様方が少しずつお元気になられているのを拝見して、僕もお助けして良かったと思いました」

 余計なことをして、とアントレーネに怒鳴ったらしいクラリアが居心地悪げに目を伏せていた。彼女へ当てこすったわけではないので、シウはまた自分の言葉の選択を反省することになった。しかし、その間もなくルヴォシュが話し始める。

「……あなたには一度、お会いしたかったのだ。我が娘を助けていただいたばかりか、心も取り戻してくれたと聞く。本当に感謝しているのだよ」

「いえ。それは、アントレーネ、彼女がしたことです」

 アントレーネを指し示すと、彼女は首を横に振った。

 クラリアから、シウたちの関係を聞いていたらしいルヴォシュは微笑んだ。

「あなたが娘らを見付けたと、聞いている。そして女性である自らの騎士を付けて面倒を見てくれたのだと。……近くのガリア街ではなく王都へ連れて行ってくれた理由まで、わたしは知っているのだよ」

 神官は何もかもを包み隠さず彼に伝えたようだ。

 シウが曖昧に頷くと、彼も同じような仕草を見せた。クラリアには言っていないのだろう。

 もしかしたら、奴隷落ちにさせられていたかもしれないなんて話は、聞かない方がいい。ガリア街の担当者はいい加減だったので、心を失っている少女たちを適当に扱ったかもしれないのだ。あるいは、保護していたことを盾にして伯爵に費用を請求していたか。

 悪い予想しかできないような、そんな補佐官だった。

「立て込んでいて、とてもルシエラ王都へ行ける状況ではなかった。失礼をして大変申し訳なかったね」

「いえ、神殿経由で十分なお礼は頂いております。お気になさらないでください」

 そこでようやく、事件の時の話が終わった。


 話が落ち着くと、彼は五香花の話題を持ち出した。

「先ほど、つい聞こえてしまったのだが――」

 そう言って、五香花について訊ねられる。

「そうです、群生地を発見したんです。今までは少しずつ見付けて採取していたのでなかなか精油を作ることが叶わなかったんですけど」

「と言うと、精油をお持ちなのかな」

「持ってますよ」

 欲しいのだろうなあと思って、持っていると答えたのだが、良識が邪魔をするのか口籠ってしまった。

 しかし、やはり興味には勝てなかったようだ。

 彼は顔を上げ、シウに済まなさそうな顔をして口を開いた。

「……実は、五香花の精油は我が国では大変貴重なものとして扱われているのだ」

 それ、どこの国でもですよ、と思ったが黙っておく。

「特に王家では必需品なのだが、最近、あちこちにあった秘密の場所の群生地が軒並み、食べられてしまってね」

「食べられる?」

「そうだよ。知らなかったかい? 五香花はラゴプスの大好物なんだ」

 ラゴプスとはライチョウ型の魔獣のことだ。魔獣ではないライチョウもいるため、見分けるのがややこしいことで有名だった。しかもどちらも花が好物である。

 魔獣の方が大きいのと、風撃魔法を持っていることで見分けるそうだ。

「知りませんでした。ラゴプスもまだ見たことがないんです」

「確かにシアンに多い魔獣だ。実はそのラゴプスが異常繁殖していて、各地の群生地がやられてしまっていてね」

「そうなんですか。では、僕の作ったもので良ければ融通しますよ」

 ルヴォシュはとても喜んでいたが、それよりシウは、ラゴプスが異常繁殖しているという話の方が気になった。

「その地域はアイスベルク方面になりますか?」

 だとしたら、水晶竜の影響かと思ったのだが。

 しかし彼はいいやと首を横に振った。

「あちらの問題も聞いているが、今回の件とは別だろうと思うよ。ラゴプスはシアン国の各地にいるしね。国の対策本部からも話があったのだが、たぶん、騎獣の減少が関係あるのかもしれない」

「騎獣の減少……?」

 首を傾げると、彼はシアン国の騎獣に関する話をしてくれた。

「シアン国では卵石を見付けることが稀でね。冬場は用事がなければ誰も外に出ないし、夏場は冬の分まで働くため、見付けても見なかったふりをするのだよ。もちろん、国として買い取るので、見付けたら持ってくるようにと発布しているのだが」

 それでも面倒を嫌がる庶民は見ないふりをするようだ。

 そのため、主のない希少獣が生まれてしまう。

 ほとんどは悲しい現実が待っているが、稀に生き残る。生き残れるのは大型の騎獣以上がほとんどだ。幼獣の間をなんとか隠れて過ごし、あるいは親だったものや他の生き物に守られながら成獣となる。

 彼等は野良騎獣として各地を転々とし、魔獣を倒して生きるらしい。これまで五香花の群生地が守られていたのも彼等のおかげだ。

 ところが最近、その姿を見なくなっているという。

「人間の近くに産み落としたというのに、保護すべき人間が見捨てたせいで彼等は苦労する。その彼等に頼った生き方をしていたツケが、ここに現れてしまったのかもしれないね」

 悲しい話に、シウも眉がへにょりと下がるのを感じた。



 その後ルヴォシュに、タール街へはそもそも魔石の購入に来たのだと話したら、信用のおけるしっかりした商家を紹介してくれることになった。

 このまま屋敷に滞在して、明日にでも呼びつけるというから慌てて断る。

 今の庶民的な宿を気に入っているし、お風呂屋も楽しかったからだ。

 とりあえず明日も来て、五香花をしかるべき商家に鑑定してもらった上で、買い取りをしてもらうことにした。


 別室のククールスとロトスたちを迎えに行ったら、既にククールスが出来上がっていた。

「ぎゃぅぎゃぅぎゃぅー」

 おさけくさーい、とブランカは楽しそうに尻尾でぱしぱしククールスを叩いており、クロは酔っ払っているのか分からないが右へ左へ飛び跳ねて踊っている。

 何か楽しいことでもあったのだろうか。

「カオスだろ?」

 ロトスは飲まなかったようだ。白い目で、ククールスを見ていた。


 お土産としてワイン樽を五つ、チーズの塊も五つもらって、シウたちは宿へ帰った。




 悪い大人の見本は宿へ置いていき、シウたちは紹介状を持って石屋を訪れた。

 ルヴォシュ=ウムラウフ伯爵の紹介状はものすごい威力を発揮し、大変丁寧に接してもらった。

 もちろん、出し惜しみすることなく、すぐさま良質の魔石を用意してくれる。

「これは見事ですね」

「分かりますか? さすがでございますね。街長様のご紹介があるわけです」

 よいしょを忘れない店主の言葉は半ば無視して、シウは大きくて純度の高い魔石を幾つも購入した。魔道具に使いやすい小さめのものも次々と選んでいく。

 鑑定ができるので、より良いものを選べた。店主も、シウがどうやら鑑定ができると気付いたらしく、どんどんエスカレートして良いものを持ってきていた。


 他にも、鉱石など各種扱っているというので見せてもらう。良質のハントハーベン石も多くあった。

「そういや、お客様はラトリシアから来なすったんですよね? あっちじゃやっぱり、これのことを精霊に操られた石とか、転ばされたって名前のまま呼んでるんですかい?」

「あ、言いますね。貴族の方が笑い話として使うらしいですよ」

「はははっ。そうですかい。おかしなもんだ。転んだ原因の石とは別の、転ばない石にそんな名を付けるんですからな。でもおかげで、我が国の石が有名になったというわけです」

 ハントハーベン石の多くがシアン国から算出されるため、原因を生み出してくれた人に感謝していると店主は笑った。昔は違う名だったらしいが輸出がほぼラトリシア国のみということで、今では国内でも「操る」という意味のハントハーベン石と呼んでいるそうだ。

 ちなみに、この石はシアン国では滑らない頑丈な石として大昔は忌避されていた。扱いに困るからだ。頑丈すぎて加工が難しく、滑らないことから魔獣などの足がかりになるので外壁にも使えない。だからシアン国では役に立たないという意味の「ヴェールトロース」と呼んでいたそうだ。

 由来もそうだが、来歴もまた面白い話であった。

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