163 コボルトの大繁殖と討伐依頼




 午後の後半へと差し掛かる頃、隊商が街道を通っていくのが見えた。

 彼等は一度馬車を止め、全員が降りて頭を下げていた。

 ヴィンセントは苦笑していたが、これならば彼も礼を受け取ったことになるので良いやり方だったと思う。

 シウも手を振って彼等を見送った。


 夕方になると飛行が大変となるので、角牛を飛竜用の荷運び籠にどんどんと積み込んでいったが、ここでようやくシュヴィークザームが活躍した。

 彼はむふーと鼻を膨らませて、角牛たちを宥めすかして移動させている。

 褒めそやすのはジュストや、騎獣隊の面々だ。さすが聖獣の王だと言うので、途中吹き出しそうになってしまった。

 そしてヴィンセントには、

「あれが拗ねるから、笑ってくれるなよ」

 と、注意されたのだった。


 なんとか暗くなる前に、飛竜は出発した。

 シウも一緒に乗ったが、行軍演習で最初に到着していた一般兵たちはこのまま野営してから戻るそうだ。

 これも訓練の一貫らしい。

 朝には不審そうに見られていたシウだが、帰りは「お疲れさん」と声を掛けてもらえたので、何某か彼等の基準値は超えたようだった。



 戻りの飛竜の上で、ヴィンセントがジュストにギルドへの依頼を出すよう、告げていた。クセルセス街道近くの森にいるコボルトの群れを討伐するという内容だ。

 元々、魔獣の討伐は国からの支援があってこそだ。

 いや、むしろ国が討伐してもらわねば困る立場でもあるので、ギルドとは持ちつ持たれつなところがある。

 今回のように領土内に魔獣が蔓延っているのなら、その対策費を出すのも国である。

 襲われていた隊商をすぐさま助けたのも、これを見逃せば後々国へ返ってくるからだ。商人の行き来がなくなれば国は孤立してしまうだろう。

 そう、ニーバリ領のように。

 あそこは今、正に孤立していた。

 国がそうなっては、もうどうしようもない。

「本来なら兵士の訓練にもなるから、国軍より出したいところだがな。今はニーバリ領のことがあるので、迂闊に動けない。時期的には行軍演習にちょうど良かったのだが」

「本当に残念です」

「ですが、今回第三大隊を出せたので良い演習となりましたよ」

「そうだな。エングホルムも良い動きをしていた。あれは第一小隊だったな?」

「はい。第二から第四まではもう少し南へ配置させたようですから」

 彼等の会話を聞くともなしに聞いていると、シュヴィークザームが話しかけてきた。

「シウも角牛狩りをしておったのだろう? どれぐらい狩ったのだ」

「……数百頭かな」

「は!?」

「内緒ね? 内緒にして」

 えへへと笑って誤魔化したが、シュヴィークザームはきゅっと鼻に皺を寄せた。

「負けたではないか」

 どうやら今回の狩りで数を比べたかったようだ。

 しかし、桁が違う。

 それに数百と言ったが本当はもっと上だ。

 なにしろシウはエルシア大河まで転移して、そこから順に間引いていったのだから。

 ちょっとどうかと思うほどには狩っている。

 ちなみにバイソン並だと思っていたが、角牛の体重は雄で三トン以上もある。部位を選んで贅沢に食べたとしても半分が消費部分だ。内臓も上手く処理すればもう少し数値は上がるだろう。

 狩りすぎだと自分でも思うが、ある程度間引いておかないと農作物を食べ尽くされてしまう。

 農家にとっては頭の痛いことだし、国としても困る。

 今は豊作とはいえ、食べられて良いわけではない。作った労力というものもある。

 作付けを減らしている農家にとっては死活問題にもなって、痛し痒しなのだった。




 さて。このコボルトの討伐依頼は結局、シウとエサイフたちのパーティーが請け負うことになった。

 現在、多くの上級冒険者がアイスベルクへ行き来している。また本部からの依頼としてニーバリ領へ偵察がてら周辺魔獣を狩る依頼を受けた者も多い。

 ククールスのようにシアン国への物資輸送護衛で抜けている者などがいて、ようするに上級者が少ないのだ。

 コボルトの討伐自体はそれほど難しくないのだが、数が多いことと、もっと問題なのはクセルセス街道までが遠いということだ。

 そこへ行くまでの足が必要で、馬車を借りて行くほどの旨味もない。

 結局、騎獣持ちの上級者で空いているのはエサイフ達しかいなかった。

 あと、建前上シウはまだ未成年なので見習いだが、実質上級者扱いされているので決定した。


 土の日の朝、まだ暗いうちに出発したのだが、到着は夕方になりそうだ。

 それでも馬車を借りていくよりはずっと早い。

 エサイフたちのパーティーは騎獣が二頭、馬の中でも丈夫で大きな黒馬が人数分揃っている。しかも飛行板も持っていた。もちろん市販の方で、冒険者仕様のものではない。つまり、風属性魔法持ちであり、魔力が相当高いということだ。

 リーダーのエサイフが二級冒険者で、他は全員三級という上級冒険者だった。

 相当な手練れであり、ギルド本部でも憧れの眼差しで見られていた。


 彼等の前にロトスを連れて行くのは少し不安だったので、置いてきた。

 足手まといと言われる可能性も、またロトスの本性を見抜かれることを恐れてのことでもあった。

 彼等なら、古代聖遺物と呼ばれるような特殊な魔道具を持っている可能性もあるので、それを心配したのだ。

 古代の遺跡からはとんでもない魔道具も発掘されるので、気をつけておくに越したことはない。


 アントレーネは相手が上級冒険者でも萎縮するということはなかった。

 キリクに対しては緊張していたのにと思ったが、英雄と呼ばれるかどうかの違いだろうか。

 シウたちはフェレスとブランカに乗ってゆったりと進んだ。

 ブランカも成獣になりたてだが、他の騎獣と比べれば能力は高い。フェレスと比較するから遅いのであって、そうでなければ早い方なのだ。

「そっちのニクスレオパルドスは不満そうだな」

 フェンリルに乗っていたスガルという拳闘士職の男が笑う。

「こいつが、さっき遅いって文句を言われたそうだ」

「わ、すみません。ブランカ、そういうこと言っちゃダメでしょ」

「ぎゃぅぅ」

「あ、いや、いいんだ。こいつも怒っちゃいない。ただ悪いと思ってな」

「いえ。そうだとしてもダメです。ブランカ、みんなはね、ちゃんとペース配分を分かって温存してるんだよ。それに個体によって体力や能力は違うものなの。それは教えたよね?」

 ブランカが慢心しないよう――そのうちフェレスを追い越すことは分かっていたので、兄をバカにしないという意味でも――個体差があることは常々説明していた。

 ただまあ、その時はわかったーと答えるものだからついつい真に受けていたが。

 右から左へスルーだったのだなあと思うと残念だ。

 アントレーネも、ブランカに言い聞かせていた。

「ブランカ、あんたがそんなことを言ったらね、まわりまわってシウ様に迷惑がかかるんだよ? 今回は良い人だったから忠告で済んだ。けどね、世の中には悪い奴だっているのさ。あんたの軽口を逆手に取って、シウ様を貶めることだってあるんだよ?」

「ぎゃっ!?」

「それが嫌なら、あんたはもっと賢くならなきゃならない」

「ぎゃぅぅぅ」

「じゃあ、分かったんだね?」

「ぎゃぅ!」

「そうか。じゃあ、後でフェンリルにごめんなさいをするんだ。いいね?」

「ぎゃぅ!」

 よしよしとブランカの背を撫でている。

 アントレーネがいてくれて良かった。シウの至らないところをフォローしてくれるし、客観的に話もしてくれる。

 調教魔法は持っていないアントレーネだが、なんとなく通じているのも素晴らしい。

 獣人族というのは羨ましい種族だし、その中でもアントレーネと出会えたのはシウにとって僥倖だった。


 昼休憩では角牛を狩って、その場でバーベキューにした。

 たまたま見えるところにいたので、さっと狩ってしまったのだ。

 いつもの癖で、ついつい気軽にやったが、エサイフには師匠が変だと弟子もそうなるのかねと笑われてしまった。

 ヴァスタ爺様は仲間からはよっぽど「変わり者」扱いされていたようだ。


 そして、夕方にはクセルセス街道近くの森へ到着した。

 森へ入ってしまうと危険も多いため、野営は草原で行う。

 幸いにして街道近くには野営用の整地した場所も多く、水を引いたり井戸を掘ったりしていることから、水場にも困らない。

 見通しの良い場所で、シウたちはテントを張った。

「結界を張ろうと思いますが、いいですか?」

「ああ、頼む。魔道具、ではないよな」

「自前でやります。固定するので何かあっても大丈夫です」

「そうか。さすがシーカーの生徒だな」

 そう言うとエサイフとスガル、パイサという斥候担当の三人が周辺の探索に出かけた。残ったナサとリゴの後方支援組――彼等は魔法使いだ――と一緒に、野営の準備をする。

 アントレーネは黒馬たちの世話を買って出てくれた。

 フェレスたちは草原で見回りだ。クロも一緒になって飛んでいった。

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