144 挨拶回りと気になる噂
木の日はギルドへの挨拶回りに費やした。戻ってきたという報告と、休んでいた間の情報を得るためだ。
その間、フェレスたちを爺様の家に転移で連れて行っているのでアントレーネをお目付け役にして遊んでもらっている。遊びといっても、ほぼ訓練になるだろう。
ククールスとは週末に合同で仕事を受けようと話しているので、今頃は懐かしい定宿でゆったりしているのかもしれない。
商人ギルドでは騎獣の介護用道具類の申請が通っており、幾つかの業者が興味を持っていると教えられた。
それから、養育院を作りたいと相談したので、その場所の選定や建物をどうするかについて話し合った。
シェイラは国へ奏上すべき案件だと言うのだが、シウは個人でも作ってみたいと考えていた。
なので資金も商人ギルドへ移動させている。
騎獣の介護や老後用の施設であることから、シュヴィークザームに魔石代金として貰った白金貨を使うつもりだ。他にも、先日シュタイバーンの王族から臨時金が入ったので、足りなければそこからも出す予定だった。
最終的に運営資金は寄付制度を設けるつもりでいる。
シウがいつまでも資金調達していたら、意味のない仕組みだからだ。
このことについては以前話をした、王の第三秘書官ともう一度詰めてみたいと思っているので、シュヴィークザームと会う日に都合がつかないか連絡するつもりだった。
薬師ギルドでも問題なく、静かに話は進んでいた。
大きな混乱はないらしく、一冬草の値段も徐々に下がっていっているようだ。
冒険者ギルドは最後になったが、そこで気になる情報を幾つか仕入れた。
シアン国の北東側海岸に、この時期としてはかなり珍しい氷山が数多く流れ着いている。そのせいで海流に乱れがあって、漁獲量が減り、シアンの食糧事情が大打撃を被っているそうだ。
元々、主食の自給自足ができない国でもあり、各国からの輸入に頼っている。それもお金のかかることだから極力最小限にしたいため、彼等は米や小麦しか仕入れないのだ。
そうなると自前で肉を用意しなければならないが、北方に位置する土地柄なので獣が少ない。魔獣もルプスなどの冬山に多いものが中心である。それらは食べられたものではなく、よって夏の間に獲れる魚が彼等の大事なタンパク源となるのだ。
その貴重な漁業シーズンに魚が獲れないとあっては、厳しい。
輸送の護衛として働く冒険者たちが、深刻な顔をして語っていた。
今年のシアンの冬は大変だぞと。
更に、現在アイスベルク遺跡に本格的な調査隊が逗留しているのだが、こちらでも問題が発生しているそうだ。
やたらと魔獣の襲撃が多く、現地でもおちおち休んでいられないらしい。
道案内兼周辺の護衛を頼んでいるノウェムのエルフたちとも段々と折り合いがつかなくなっており、誕生の月の終わりまで保つかどうかと言われているそうだ。
ただ、あまりに多い魔獣の様子から、スタンピードの発生前なのではという心配の声も上がっているとか。
専門家を寄越してほしいとか、宮廷魔術師の増援を頼みたいと連絡が入っている。
冒険者ギルドの掲示板にも、調査員および魔獣狩りの依頼として上級者欄に貼られていた。
この遺跡発掘調査隊には、勉強の意味もあって同じ古代遺跡研究科のクラスメイト、フロランも参加していた。
まだ顔を見ていないので、現地に残っているはずだ。夏休みはほぼ調査隊に同行すると言っていた。
科の以前の教授であるビルゴットが調査隊のメインメンバーなので、潜り込めたのだ。残念ながら現在の教授のアルベリクは参加できなかったらしく、夏休み明け、普通に授業を行っていた。ものすごく恨めしそうな授業内容であった。
その時もフロランが戻ってきたらアイスベルク発掘調査の報告をしてもらおうと、言っていたので、クラスメイトたちも楽しみにしていた。
しかし、現場で問題があるのなら、シウもフロランたちが心配なので見に行っても良いかなと思っている。
他には、ニーバリ領の件だ。
シュタイバーン国へ里帰りした時にシウも実際感じたことだが、かなりまずいことになっているらしかった。
上空の飛行禁止、冒険者への強制的な討伐依頼、少なくなる冒険者を留めておくために無理な契約を結ばせて奴隷落ちをさせるなどといった話が伝わってきている。
街への出入りに金貨一枚を要求したとかいう噂もあり、悪い噂が集まって悪循環になっている。
犯罪奴隷の買い入れも多く、奴隷市場は今てんやわんやらしい。
きな臭い匂いしかせず、シウは情報を教えてくれた冒険者たちに続報があったらまた教えてねと声を掛けて出てきた。
その足で闇ギルドへ顔を出してみると、偶然にもオークション担当長のコラディーノがいて、応接室へ呼ばれた。
中にはギルド長チェザルと、他数人が座っている。あれ、場違いかなと思ったが、彼等は気にするでもなくシウをソファに座らせた。
「今日はどうしたんだね」
「あ、ちょっときな臭い話を聞いたので、ここなら詳細を知っているかなと」
「うん?」
「ニーバリ領の奴隷――」
「ああ、それな」
みんな苦い顔だ。
闇ギルドでは奴隷市も開催するので、当然知っている情報らしかった。そして良く思っていないことも彼等の顔色からは明白だった。
「犯罪奴隷を買い叩いているな。中には借金奴隷まで混ぜている。こちらも厳しくしているが、際どいところでな。役所からも目をつけられるから勝手なことは止めてほしいんだが」
「ああ、そういう……」
「裏ギルドがこの件で盛り返している。こちらが出し渋っているもんだから、ここぞと張り切ってやがる。人攫いも頻発しているから、お前さんも気をつけて、って、お前さんに限って誘拐されることはねえか」
なんだかものすごくバカにした笑いで言われてしまった。
どう返せば良いんだろうと思っていたら、話はそのまま続けられた。
「ルシエラ王都でもスラム街のようになってる場所は危険だぞ。でもまあ、憲兵が見張ってるからまだマシだ。ただ、周辺で増えている。お前さんの知り合いにも声を掛けておけ。いいな?」
「分かった。ありがとう」
「どういたしまして。で、次の納品はどうする?」
「あ、それなんだけど」
グララケルタ本体の放出はもう終わりだ。残りは切り取ったものしかない。また狩りに行っても良いのだが、持っていても仕方ない解体済みの頬袋について相談してみた。
「まだ狩りに行ってないんだけど、と、その人が言っていて」
相変わらず、シウが間に入っているかのような発言をしたら、全員に生温い顔で見られてしまった。はいはい、と投げやりな返事も飛んできたが、シウは無視して続けた。
「えと、解体しちゃって頬袋のみの分もあるんだけど、それはやっぱり無理だよね?」
「……一度出してみてくれ」
と言うので、魔法袋から取り出した。
「なんだこりゃ」
「あ、やっぱりダメ?」
シウは余計なことをしてしまったなあと肩を落としたのだが、そうじゃないと腕を叩かれた。
「こんな綺麗な状態での処理、初めて見たぞ。なんだこれ。どうやったらこうなるんだ」
「生産魔法のレベルが五でもなかなか見ない仕上がりだな」
「そんなの、よく分かるね?」
「魔法袋なんてお宝の情報、俺たちが知らないとでも思うのかい。ましてやグララケルタの大量放出が続いてんだ。落札した業者との会合もあるさ。そうしたら、現場での作業だって、見られるってもんよ」
「あ、なるほど」
「こりゃあ、本体よりも高くつくな」
「え?」
シウがぽかんとしていると、コラディーノが笑う。
「出所不明だとしても、だ。こんだけ綺麗な処理を見たら、即、作りにかかれる。解体の手間もいらない。鞣してあるし縁取りも完璧だ。これで入札を渋るようじゃ、業者としちゃあ二流よ」
「つまり?」
「お前さんは安く売ろうとしているようだが、今度は高めで頼むわ。なるべく高騰しないよう努力はするがな」
「あ、はい」
「すでにグララケルタの状態が良いことは知れ渡っている。出所不明でも問題なかろうよ。俺たちには分かっていることだしな。なら、問題はない」
シウの白々しい演技はもう要らないということらしい。
お互いに苦笑しあって、話は終わった。
その日の夜、遊戯室にてルフィノたち護衛に情報を渡した。
カスパルも珍しく話を聞いていて、ニーバリ領のところでは顔を顰めていた。
里帰りの往路であったことは飛竜大会で共にいたため知っていたが、詳細を知って苦々しい気持ちになったようだ。
「帰りの便をオスカリウス家が用意してくれたわけだね」
カスパルたちもシウとは別便でオスカリウス家から送ってもらっていた。アマリアと一緒にどうぞと言われていただけだったから、仰々しいのもそれでだと思っていたらしい。
「そういや、遠回りのルートで、しかも相当神経を配っていたな」
ダンも事情が分かって、納得していた。
「しかし、勝手なことを。上空の飛行禁止など普通なら有り得ない」
領主は上空の支配権もあるので、戦争状態にある場合など事情によっては飛行禁止を発令できる。もちろん、国がそれを拒否したら関係ないが。
そうしたことをシウが言うと。
「ああ。だけど、それはよっぽどだと思うぜ」
「そうだな。ラトリシアもシュタイバーンとそれほど大きくは違わん。デルフなら領ごとの権限も大きいだろうが」
ルフィノがダンに被せて話す。
確かにデルフ国は領主の発言権が高い。国は領主たちを上手く操縦することに力を注ぎ、権謀術数に長けていなければならない。
反対に、シュタイバーンやラトリシアは王族が手綱を握っている。
と言っても貴族に手を焼いているのはどこも同じだろう。特に力のある領主たちとは互いに腹の探り合いだ。
「上空支配権を振りかざすなんてのは、やっちゃいけないもんだ」
「そうだな。貴族が持っている権利もそれは使わないからこその権利だ、って言われるし」
貴族としての特権は滅多に使わないからこそ、ここぞという時に力を発揮する。そういう意味だ。
もちろん、貴族が貴族としてあるためには常に特権がまとわりついているものだが、そうした「常」とは別のことを指している。
「なんにしても、ニーバリ領には気をつけておく必要があるね。あのルートを通れないのはシュタイバーン出身者としては痛いけれど、幸いこちらには便利なものがあるし」
そう言ってカスパルはシウを見て笑うのだった。
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