アイスベルクの異常
143 宿題と試験と夏合宿の報告
夏休み終盤は矢のように過ぎた。
シウたち、というよりはシウのみが忙しかったが、ククールスたちもギルドの依頼を受けたりロワル王都を楽しんでいたようだ。
ルシエラ王都へ戻るのはオスカリウス家から便を出してもらえた。
行きに面倒な出来事があったため、家令のリベルトが心配し、シリルと相談して竜騎士を貸し出してくれたのだ。
送ってくれたのは顔見知りのシハロという竜騎士で、行きはシウと交代で飛ばし、ルシエラ王都の観光をしてからゆっくり帰っていいと言われているらしく、今回のラトリシア行きを大変喜んでいた。
もちろんブラード家で歓待したのだが、シハロは毎晩遊び回っていたので「オスカリウス家の騎士はこういう人ばかり」と完全に認定されたようだった。
カスパルには、地下の転移室を使わなかったのかと大層驚かれたが、シウもそうした方が良かったかなと思ったものだ。
ただ、今回は飛竜大会で顔が売れてしまったし、どこで辻褄が合わなくなるか分からない。
念のため、気をつけてみたのだった。
さて、ブラード家別宅へ帰ってくると日常が戻ってきた。
ロトスとアントレーネには辛い出来事もあった。
二人はメイド長のサビーネより宿題を出されていたので、その仕上がりを見るための試験を受けていた。
「……あまりできておりませんね?」
「ううっ」
「さ、サビーネ殿、その――」
大量の汗を掻きながら、二人はサビーネに扱かれていた。
ただ、字は少しマシになったようだ。
「お上手に書けておりますね。特にアントレーネ殿は紙を破らなくなったので素晴らしい」
えっ、そこ褒めるところ? とシウなどは思ったが、口には出さなかった。
「マナーはおふたりともなかなか上達しております。晩餐会にも出られたとか。良いご経験になりましたでしょう?」
「う、は、はい」
「ああ。じゃなかった、はい、そうですね。子供たちも晩餐会には出ておりましたが、ご機嫌でした!」
「まあ」
アントレーネの発言に、サビーネは笑顔になった。彼女も赤子三人が大好きなので話題に出るとにこやかになるのだ。
アントレーネはそれを狙ったのかどうか。
とにかく、サビーネの厳しい試験は一通り終わったようだった。
二人はぐったりして、部屋に戻っていた。
ククールスはいつもの定宿へ逃げるように帰っていったので、暫く二人は恨めしそうに愚痴を零していた。
ところで、シウはとうとうロトスに身長を追い抜かれてしまった。
人年齢で十五歳頃になるのだから当然だろう。むしろ今まで抜かれなかったのが不思議なくらいだ。もしかしたら見えていなかっただけかもしれないが。
人は見たくないものは見ないで済む生き物だ。
シウもまた、気付かないように自分で言い聞かせていたのかもしれない。
ちなみに指摘したのはリュカだった。
リュカにも追い越されていたが、彼に悪気などない。
「うわあ、大きくなったね! すごい! 僕もこの夏でかなり大きくなったでしょう?」
「お、おう、そうだな。骨太っぽいし、まだまだ伸びそう」
ロトスは人懐っこいリュカに一瞬怯んでいたものの、すぐニヤニヤと笑いだした。
「そのうち、シウのこと抱き上げられるようになったりして」
「うん!」
「え、マジで抱き上げるのか?」
「いざっていう時には、僕が守るの!」
「あ、そうなんだ」
「リュカ、それはあたしの役目だよ」
「えっ、そうなの?」
「そうさ。なにしろあたしはシウ様の騎士だからね!」
鼻息荒くアントレーネが自慢げに言うので、リュカはぽかんとしていた。そこへまた収拾のつかない事態を引き起こす存在が割り込んだ。
「にゃっ! にゃにゃにゃっ」
だめ、それはふぇれのやくめだもん、とぐいぐい頭で文字通り割り込んでくる。すると、ブランカも参戦するーとばかりに飛んできた。
「ぎゃぅぎゃぅっぎゃぅぎゃぅ!」
シウをのせてはこぶのはぶーたんなの! と、前足をダンと床に叩きつけて宣言だ。
その後ろで、クロがしょんぼりしている。どうやってもシウを乗せることはできないので、悲しいようだ。
本当に収拾がつかない。
シウはクロを抱き上げて、そっとその場を離れたのだった。
学校が始まり、久しぶりに会うクラスメイトたちは夏休みの間に何があったかを互いに話し合っていた。
シウはプルウィアから夏休みにあった合同合宿について延々聞かされた。
「それでね、ニルソンがまたそこでやらかしたのよ。騎士学校の教官もカンカン。新兵教練学校の教師たちはもう諦めててね。またかって顔。サハルネ先生は最初から戦う気はないし。わたしたち本当に恥ずかしかったわ」
「何か言われたの?」
「……シーカーって言っても、大したことないんだなって」
「わあ」
「戦略指揮科が全部あんなのだって思われたのが腹立たしいわ。本当に悔しい」
「個人で話し合うことはなかったの? 騎士見習いの生徒や、新兵の人たちもシーカーの生徒全員がおかしいって思ったわけじゃないよね?」
「まあ、それはね。でも、なんだか偉そうな感じで、わたしは好きになれなかったわ」
はあ、と溜息を吐いて、彼女は肘をついて手に顎を置く。
「クレールには紳士的に接していたのだけど、わたしを見ると変な目で見るし」
「ああ……」
「何よ、その分かった風な返事は」
拗ねた様子で唇を尖らせるので、シウは笑った。
「プルウィアが美人すぎて緊張したんじゃない?」
「……わたしがエルフだからでしょ。なんだか嫌な視線だったもの」
「まあ、年頃の男子だと好色な視線は隠せないだろうね。でも女性からすれば気分悪いよね。あんまり気にしちゃダメだよ」
「え、ええ……」
プルウィアは居心地悪そうにもぞもぞしてから、姿勢を戻した。
「どうしたの?」
「シウ、わたしのこと、その、美人だって思ってるの?」
「美人だよね? あれ? 僕、センスがないらしいから間違っていたらごめんね」
「……それはそれで気に入らない言い分だわね」
「うん?」
「いえ、いいの。ええ。いいわよ。分かったわ」
肩を竦めて、両の手を上に向けて大袈裟な呆れた仕草を見せる。
ボディランゲージの大きなアメリカ人のようだ。シウは内心で笑う。慣れた気になっていたが、たまに異世界生活でふと違和感を覚えたりするのだ。
今もプルウィアの様子が面白かった。
ただ、彼女はどうして笑うのとまた拗ねる。ぷうっと唇を尖らせるので、シウは笑顔でなんでもないよと手を振った。
翌日にも昼休みにクレールから話を聞いたのだが、戦略指揮科の夏合宿は散々だったようだ。
「シュタイバーンに里帰りすれば良かったかもって、チラッと過ぎったよ」
「そう言えば帰らなかったんだね」
「日数的にね。それにせっかくサハルネ先生の授業を受けて初めての合宿だったから」
「ああ、断り難いよね」
「プルウィアさんもいたから、できるだけサハルネ組は出席しておこうって話にもなってね」
「みんな優しいね」
「あら、そういうことだったの? 知らなかったわ」
聞こえてしまったらしい彼女から、驚きの声が上がっていた。
クレールは困ったような顔で笑った。
「ニルソンに目を付けられているからね、君」
「やだ、目の敵にされてるのかしら」
「まあ、そうとも言うかな」
言葉を濁しているので、もしかしたらセクハラ的な意味合いもあるのかなとシウは勝手に推察した。事実、クレールは曖昧ながらも、そうしたことを口にした。
「彼、女性に対してちょっとね」
「そうなんだね」
小声で話すと、クレールは苦笑した。
「ただ、勉強にもなったよ」
「そうなの?」
ディーノたちもこちらへ視線を向けた。食べることに集中していたが、しっかり話を聞いていたようだ。
「ああ。こちらの騎士学校の教育課程も知れたしね。新兵教練学校の兵の仕上がり具合とか、なかなか興味深かったよ」
「さすが戦略指揮科!」
「ディーノ、茶化さないの」
「ほーい」
従者のコルネリオに注意されて、ディーノは軽い返事で答えていた。
クレールは気にせず、シウに続ける。
「この国は騎獣を前面には出さない代わりに、魔法使いを積極的に登用しているんだ。なかなか厳しいよ。魔法使いの層は厚いかもしれないけれど、働いている人間は大変そうだね」
「魔法使いって体力がないから、行軍には付いていけそうにないよね」
「そうなんだ。もう少し騎獣が多く軍に割かれていたら違うのに」
「ラトリシア国は騎獣も個人所有にして、あまり軍では使わないもんね」
国が一括してまとめてはいるが、あとは王族や貴族の所有になる。
国軍でも、シュタイバーン国だと各師団に騎獣隊があるのだが、ラトリシア国では全体でひとつの騎獣隊があるのみだ。その地位もあまり高くない。練度もそれなりということだろう。
飛竜隊も同様で、この国では魔法による戦い方が主体となるのだ。その頂点に立つのが宮廷魔術師たちだった。
彼等がなかなか出張ってくれないのは有名で、かつてシアーナ街道で問題が起こった時も腰が重く、大型魔獣が発生した時でさえのらくらとしていたものだ。
いざという時の備えがそれなのだから、クレールが「厳しい」だの「大変」だと言うのも当然のことだった。
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