142 強壮剤とその後の話
ジークヴァルドは暫く放心していたけれど、そのうち姿勢を正してポツリと零した。
「俺が、協力してやればいいことだよな」
「優しいお兄様がいて、王女殿下は幸せでしょうね」
「おいやめろよ。そんな風に言われたら肩が凝る」
苦笑するので、シウも合わせて笑った。
話題を変えるため、シウはハンスのことを説明することにした。
「今日、ハンス殿下をマッサージしていて思ったんだけど」
「あ、ああ、どうした? 何か問題でも?」
身を乗り出してきたので、慌てて手を振る。
「違うよ。ほら、お子様のことで」
「ああ、そっちか。びっくりした。で、何か分かったのか?」
鑑定したとは言えないので、マッサージしていて気付いたという体にしてみたのだが、ジークヴァルドは疑うこともなく話を聞いてくれた。
「では、やはりお体に不具合があるというわけではないのか?」
「きちんと触診や医療行為をしたわけではないから断言はできないけどね」
「そうか。でもだったら何故……妃方が悪いのだろうか。もしや、毒か?」
そこまで王族が不穏なわけでもあるまいに、と思ったが、
「え、そういう話あるの?」
と聞いてしまった。
ジークヴァルドは一瞬考え込んで、それから、ないなと首を横に振った。彼は想像力が豊かなようだ。
「でもじゃあ、何故ハンス兄上にお子ができないのだろう」
「単純にお疲れなんじゃないかなと思うけど」
「え?」
「人間、ストレスが溜まったら体にも不調を来すんだよ。自律神経が乱れたり――」
「ってなんだ?」
「あー、ええと。そうだ、体は心に引っ張られやすいってことだよ」
「ううん?」
ジークヴァルドは脳筋っぽいところがあるので、シウは考え考え、説明を続けた。
「今日は学校サボりたいなあと思ったことは?」
「あるな」
「頭が痛かったら休めるだろうなと思って、頭痛いぞー痛いはず、よし痛い、と思ったことは?」
「あ、あるな!」
「それだよ」
「えっ?」
「だからそれ。病は気から。しんどいと思ったらしんどくなるものなの。逆に、気力だけで生き残る英雄の話も、たくさんあったと思うけど?」
「ああ! それなら分かる! 英雄スピタシアだ。あの最後は本当に感動したよ。治癒士が来るまで悪魔の屍の上で立ち続けた男だ。治癒士の台詞がまた良いんだよな。『本当なら死んでいたほどの傷ですよ! それをあなたは立ったまま待っていたのですか!』ってな」
その後に、生き残った仲間の一人がこう言うのだ。
横になっていたらコイツはきっと死んでいただろう、と。
「そうか。病は気から、か。なるほどなあ」
「とにかく、心が疲れると体にも不調があってね。特に男性は勃起不全とか起こりやすいの。分かる?」
「ぼっ? なんだそれ、専門用語か」
「騎士学校って体の仕組み習うよね?」
シウは呆れながら、ジークヴァルドに軽く説明して、それからさっさと解消するための方法を伝授した。
「プレッシャー、精神的に圧力をかけるのも良くないんだ。それこそ、お妃様との閨事でも、義務感からやってたらお互いにしんどいだけだよ。もっと気楽に考えないと」
「……ていうか、シウの口からそういうの聞きたくなかったわ、俺」
「僕に最初に話を持ってきたのジークだよね?」
「うっ、まあ、そうなんだけど」
「マッサージで体をほぐして、お風呂に入ってリラックスして、のんびりと体調を元に戻す。これが一番。その後、お妃様方と楽しく過ごすこと。あと、落ち着いてきたら強壮剤だね」
「強壮剤、ああ、アレか。……強壮剤? シウ、お前その歳でなんでそんなこと――」
「僕は冒険者なんです。それぐらいのこと知らなくては採取仕事も魔獣狩りもできないの」
「あ、うん、そうか」
シウに畳み掛けられて、ジークヴァルドはたじたじとなっていた。
彼の従者も部屋の端で笑みを噛み殺していた。
シウは精油などを幾つか取り出して渡した。
「こっちは女性がリラックスしてもらうのにどうかと思って持ってきたものだよ。藍玉花のオイルなんだ。マッサージに使ったりすると催淫効果があるけど、少量なら気持ちが良い程度でリラックスできるんだよ」
「さ、催淫効果――」
「使用方法は王宮の薬草師さんが知ってると思うから。あとは、強壮剤ね」
「シウ、お前すごいな?」
「え、そう?」
ごくごく一般的な男性機能回復の薬を取り出す。飲みやすいように一回ごとに分けた瓶を用意した。密封しているので三年は保つはずだ。
「普通は苦味のある薬湯で毎回煎じて飲むものなんだけど、こういうのは急に欲しくなるものだって薬師ギルドの人が話してたから」
「あ、うん」
「飲み干しやすいように蜂蜜も入ってるんだよ。ちゃんと効能の邪魔をしないことは確認済みだからね」
「……お前が飲んで確認したのか?」
鑑定したからなのだがそれは言えない。なので、シウは適当に頷いた。
ジークヴァルドがドン引きしていたが、シウは気付かずに次を取り出す。
「念のため、良い奴も用意してみた。一応聞いておくけどハンス殿下はお体丈夫だよね? 虚弱体質の人に強壮剤はダメだからさ」
「あ、うん、たぶん。問題ないと思う」
「じゃあ、大丈夫か。こっち、効能が高いんだ。オーガの睾丸使ってるから」
「……え?」
「あれ、もしかして材料のこと知らなかったのかなあ。困ったな。あのね、普通の強壮剤はオークの睾丸使うんだよ。僕の作った方はハイオークだから効き目は良いと思う。で、強力な方はオーガのものを使うんだ。こっちもオーガはインペリウムオーガのものだから、超高性能だよ。安心して」
「あっ、あの、すみません! ご歓談中にすみませんっ、あの!」
従者が慌てて走り寄ってきて、ジークヴァルドに耳打ちした。
「それをお受け取りになってはいけません。とても貴重で、一国の王が求めて手に入れるような代物です。まずは陛下にご確認なさいませんと……」
「えっ」
「え?」
ジークヴァルドもシウも、互いにびっくりして顔を見合わせた。
「「えっ?」」
また互いに声を上げる。
従者はシウにも聞こえてしまったのかと、慌てて頭を下げ、また元の席に戻ってしまった。
シウは暫くの間、ジークヴァルドと顔を見合わせてしまうことになった。
その後、バタバタしたものの、強力な強壮剤は持ち帰ることになった。
残りは置いてきたが、それさえ高価なのだと知ってジークヴァルドは簡単にシウへ声を掛けたことを後悔しているようだった。
シウもそこまで売価が高いとは思わなかった。
主に藍玉花の精油などが高かったようだが、一般強壮剤の方もハイオーク仕様なので普通よりは高いのだそうだ。
こちらは雪積草という少し珍しい薬草が必要なため、高くなっているらしい。ハイオーク自体はそれほど討伐するのに難しくないからだ。
そして、インペリウムオーガに関しては言わずもがなで、これを含んだ強壮剤など有り得ないことらしい。
インペリウムオーガは売るつもりもなくずっと空間庫に仕舞っていたので、ここぞとばかりに薬として作ってしまったが、やりすぎたようだ。
でも、元々はロワル王都の近くで起こったアルウェウスのスタンピードにて討伐したものである。関係のあるシュタイバーン王族に渡しても問題ない気もするのだが。
とりあえず、現在渡している分の相場を調べて、後ほどまた入金してくれるそうだ。
シウは遅くなって眠ってしまった赤子たちをブランカに乗せ、馬車にて帰っていった。
後日、王宮より、とても回りくどい内容の手紙が届いた。
この度は大変お骨折りいただき誠にありがとう、というような出だしで、最終的にシウが理解したのは、超強力な強壮剤もできたら三本買い受けたいという要望だった。
また、先だって渡した通常の強壮剤――ハイオーク仕様の方――も追加で欲しいとのことであった。
持っていきましょうかと手紙を送れば、とんでもない受け取りに参りますとの返事が来て、ものすごく仰々しい馬車と、護衛の騎士がベリウス道具屋の前に止まってしまった。
彼等は豪華なアイテムボックスにそれらを入れると、内訳書類と共に金子を直接シウに渡してくれた。
見るまでもなく大金なのは分かって、いやこんなに要らないですと断ったのに、これでも十分買い叩いてるんだという国王陛下の秘書官の耳打ちにより、素直にもらうことにした。
実際、インペリウムオーガなど滅多に出てこない魔獣であり、強力強壮剤には他に虹石という貴重な材料も使われている。プロフィシバもふんだんに使用されるため、高価になってしまうのは分かるのだが、それにしてもと思う。
全部で白金貨が五百枚もあったので、シウは自分がものすごい押し売りをしたような気になってしまった。
ただ、ククールスに話したら、いやそんなもんだろうと返ってきてなんとか受け入れることにした。
更に後日、正妃が懐妊し続けざまに妾妃も懐妊したと聞いた頃、シウのギルド口座に追加で振込があった。
こちらは白金貨二百枚分だった。
え、なんで、と思ったものの、オスカリウス家経由で「決してお断りになりませんように」と釘を差されたので、こちらも有難く受け取ることにした。
たぶん、口止めも含まれているのかなと思ったので、シウは誰にも言わなかった。
けれど、別の噂と共にシウの名前はじわじわと広がっていくことになる。
例えば、シウがキリクとアマリアを引き寄せたように。
あるいは、別の誰かの恋物語にもひっそりと名前が出て――。
その年の暮れ、シュタイバーン国ではおめでたい話が幾つも発表された。
王太子の妻たちに子供ができたこと。
そして第二子の王女殿下が婚約したこと。
更に、第五子の王女殿下が一般試験を受けてシーカー魔法学院に留学が決まったことなどだ。
これを名誉として持ち上げたのは第一級宮廷魔術師のベルヘルト=アスムス男爵だった。彼の大仰とも取れる褒め言葉を受け、王城で行われた大晩餐会では誰も「王族の女性が魔法学院へ入る」ことを貶したりはしなかった。
やがて追随して褒める者が出始め、更にはオスカリウス辺境伯が学院を卒業したばかりの奥方を連れて陛下に申し出た。
「我が妻の卒業した学院は、世界最高峰の魔法学院です。そこへ一般試験で入られるなど、王女殿下は素晴らしい才能をお持ちだ。今後生まれるであろう我が子にも、そうした才能があればと願うばかりです。どうかその知恵を王族の一員として我が国へ還元していただきたい」
国王は娘を褒められて喜び、頬を上気させた王女に対して愛情あふれる視線を向けたとか。
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